ゴーハム病

国内の患者数は推定わずか100人、そしてその約8割が20歳までに発症する――。「リンパ管腫症」という、極めてまれな難病をご存知でしょうか。原因不明の痛みや息切れ、皮膚からのリンパ漏など、症状は全身に及び、国の指定難病にもなっています。

この病気は、本来体を守るはずのリンパ管が異常に増殖し、骨や臓器にまで影響を及ぼすものです。確立された治療法がないという現実に、ご本人やご家族は大きな不安を感じているかもしれません。

しかし、近年では治療に大きな光が見え始めています。ある治療薬によって、患者さんの92%で症状が改善したという希望の報告もあるのです。この記事では、リンパ管腫症の謎に包まれた原因から、希望となりうる最新の治療法までを詳しく解説します。

リンパ管腫症の概要

リンパ管腫症は、体内の不要な水分や老廃物を運ぶ「リンパ管」が、異常に増えたり広がったりする、とてもまれな病気です。このリンパ管の異常は、体のさまざまな場所に影響を及ぼす可能性があります。

この病気には、主に次のような特徴が知られています。

  • 患者さんの数が少ない 日本国内での患者さんはおよそ100人程度と推定されています。 診断が難しいため、まだ把握されていない患者さんもいると考えられます。
  • 若い人に多い 生まれてから20歳くらいまでの、子どもや若い世代に多く見られます。 ある調査では、患者さんの約8割が20歳までに発症すると報告されました。
  • 国の指定難病である 治療が難しく、生活への影響も大きいことから、国の指定難病(277番)になっています。 この制度により、医療費の助成を受けられる場合があります。

原因は、胎児期にリンパ管が作られる過程での遺伝的な発達異常と考えられています。近年の研究では、PIK3CAという遺伝子の変化が関係していることがわかってきました。この変化が、細胞の増殖などを調整するPI3K/AKT/mTORという経路を過剰に働かせてしまうのです。

現在、この病気に対する世界的に確立された治療の指針(ガイドライン)はありません。そのため、一人ひとりの症状や状態に合わせて、慎重に治療法が選択されます。

リンパ管腫症の種類

リンパ管腫症は、異常なリンパ管の集まり方によって種類が分かれます。 主に、リンパ管が作る「ふくろ(嚢胞:のうほう)」の大きさで分類します。 この分類は、今後の治療法を考えるうえで非常に重要になります。

種類

特徴

微小嚢胞性(びしょうのうほうせい)

直径1cmより小さい、たくさんのふくろが集まるタイプです。

見た目は細かい水ぶくれのようです。

巨視的嚢胞性(きょしのうほうせい)

直径1cm以上の大きなふくろが、1つか少数できるタイプです。

大きなこぶのように見えることもあります。

混合型

小さなふくろと大きなふくろが、混ざってできるタイプです。

特に、細かいふくろが集まる微小嚢胞性のタイプは注意が必要です。 リンパ液がもれ出たり、出血や痛みを伴ったりすることが多いからです。

しかし近年、このタイプに「シロリムス」というお薬が使われ始めています。 過去の研究をまとめた報告では、この薬で治療した患者さんの92%で症状が明らかに改善したとされています。

具体的には、リンパ液のもれ、出血、痛みなどが良くなる効果が期待できます。 早い方では、治療を始めて2週間ほどで効果が見られることもあります。

また、リンパ管腫症と似た病気に以下のものがあります。

  • リンパ管腫 体の決まった一部分だけに、リンパ管の異常が見られる病気です。
  • ゴーハム病 リンパ管が異常に増えることで、骨が溶けてしまう非常にまれな病気です。

ご自身の症状がどのタイプか、どんな治療が合っているかを知るためには、専門の医師による正確な診断がとても大切です。

リンパ管腫症の原因

リンパ管腫症がなぜ起こるのか、その原因はまだ全てわかっていません。 しかし、近年の研究で、体の設計図である「遺伝子」の変化が、深く関係していることが明らかになってきました。

私たちの体の中では、細胞が増えたり成長したりするのを、細かく調整する仕組みが働いています。 リンパ管腫症の患者さんの多くで、この仕組みに関わる遺伝子に、後天的な変化が起きていることがわかっています。

  • 関与が指摘される遺伝子
  • PIK3CA遺伝子
  • 体の中で起こること
  • この遺伝子に変化が起きると、「PI3K/AKT/mTOR」という命令系統が過剰に働いてしまいます。

この命令系統は、いわば細胞の成長をコントロールする「スイッチ」のようなものです。 遺伝子の変化によって、このスイッチが常にオンの状態になり、リンパ管の細胞が異常に増え続けてしまうのです。

この発見は、治療法の開発にもつながっています。 暴走した命令系統の働きを抑えるお薬(mTOR阻害薬など)が、治療の選択肢として期待されています。

なお、この遺伝子の変化は、親から子へ受け継がれる「遺伝性」のものではありません。 多くの場合、体が作られていく過程で、偶然に起こるものと考えられています。 そのため、ご家族に同じ病気の方がいなくても発症することがあります。

リンパ管腫症の症状

リンパ管腫症の症状は、異常なリンパ管が体のどこにできるかで大きく異なります。 全身のさまざまな場所に影響を及ぼすため、症状はまさに十人十色です。 ここでは、病気ができる場所ごとに、どのようなサインが現れるかを見ていきましょう。

【病気ができる場所別の主な症状】

  • 胸(肺や心臓のまわり)
  • 胸の中にリンパ液などがたまる(胸水・乳び胸)ことで、肺が圧迫されます。
  • その結果、息切れやせき、呼吸時のゼーゼー音(喘鳴)が出やすくなります。
  • 重症になると心臓の動きを妨げ、呼吸が苦しくなることもあります。
  • 骨
  • 病気ができた部分に痛みを感じることがあります。
  • 骨がもろくなり、弱い力で骨折してしまう「病的骨折」が起こり得ます。
  • 背骨に影響が出ると、体が横に曲がってしまう(側彎)こともあります。
  • お腹
  • お腹に水がたまる(腹水)ことで、お腹がパンと張る感じがします。
  • 吐き気や食欲の低下といった症状につながることもあります。
  • お腹の中にある脾臓(ひぞう)などの臓器に影響が及ぶことも知られています。
  • 皮膚やその下の組織
  • リンパ液が皮膚からにじみ出てくる(リンパ漏)。
  • あざができやすく、出血しやすくなる。
  • 痛みを伴う厚みのある水ぶくれ(水疱)ができる。
  • 皮膚の色が部分的に変わる。

特に皮膚に現れるリンパ漏や出血、痛みなどの症状は、生活の質に大きく関わります。 症状はゆっくりと進行したり、痛みがなかったりすることもあるため注意が必要です。 気になるサインがあれば、ご自身で判断せず専門の医療機関に相談することが非常に大切です。

リンパ管腫症の検査・診断

リンパ管腫症の診断は、一つの検査だけで決まることはありません。 あらわれた症状や複数の検査結果をパズルのように組み合わせ、 似た病気ではないか、慎重に確かめながら判断していきます。

診断のためには、まず画像検査で体の中の状態を詳しく調べます。 病気の場所や広がり、周りの大切な臓器への影響を確認します。

  • 主な画像検査
  • 超音波(エコー)検査 体の表面から超音波をあて、病気の場所や大きさを調べます。 患者さんの体への負担が少ないのが特徴です。
  • CT検査・MRI検査 体の断面を細かく撮影し、病気がどのくらい広がっているか、 周りの臓器との関係などを立体的に把握するために用います。
  • X線(レントゲン)検査 主に骨に病気が及んでいないかを確認するために使います。 骨がもろくなっていないかなどを評価します。

これらの画像検査とあわせて、より確実な診断のために 「病理組織診断」という検査が行われることがあります。 これは、病気の一部分を少しだけ取ってきて(生検といいます)、 顕微鏡で詳しく観察し、確定診断につなげるための検査です。

特に、細かいふくろが集まる「微小嚢胞性」というタイプは、 診断が非常に難しい場合があることが知られています。 そのため、最終的な診断は、以下の情報を専門の医師が すべてあわせて総合的に判断します。

  1. 臨床症状(患者さんが感じている症状や診察での所見)
  2. 画像所見(CTやMRIなどで確認された病変の状態)
  3. 病理組織学的所見(生検で得られた組織の状態)

このように多角的な視点から正確に診断することが、 その後の適切な治療方針を決めるための大切な第一歩となります。

リンパ管腫症の治療

リンパ管腫症の治療は、まだ世界で決まった方法がありません。 そのため、今ある症状を和らげるための治療が中心となります。 病気のある場所や症状の重さに合わせて治療法を考えます。

患者さん一人ひとりの状態をよく見ながら、専門の医師が いくつかの治療法を組み合わせて、慎重に治療を進めます。

【主な治療法】

  • 薬物療法 体の中から病気に働きかける、飲み薬などを使った治療です。 近年、この薬物療法が治療の大きな柱になっています。
  • 外科的治療 手術で病気の部分を切り取る方法です。 病気の場所が限られている場合に選ばれることがあります。
  • 硬化療法(こうかりょうほう) 病気の場所に直接お薬を注射します。 異常なリンパ管を固めて小さくする目的で行われます。
  • 放射線治療 病気の場所に放射線をあてて、進行を抑える治療です。 お子さんへの影響を考え、慎重に検討されます。
  • その他の対症療法 胸やお腹にたまった水を抜いたり、栄養を点滴したりします。 今あるつらい症状を直接和らげるための大切な治療です。

特に、薬物療法で使われる「シロリムス」というお薬は、 治療の第一の選択肢になることも少なくありません。 この薬は、病気の原因となる細胞の異常な働きを抑えます。

過去の研究結果をまとめた信頼性の高い報告があります。 それによると、この薬で治療した患者さんの92%で、 症状が明らかに改善したことが示されました。

具体的には、リンパ液のもれ、出血、痛みといった、 生活の質に大きく関わる症状の改善が期待できます。 早い方では、治療を始めて2週間ほどで効果が見られることもあります。

どの治療が一番合っているかは、あなたの病状によって異なります。 まずは専門の医師に相談し、一緒に治療方針を考えていきましょう。