鼻疽
海外渡航後や動物との接触後に、原因不明の発熱や体調不良に悩んでいませんか。「鼻疽(びそ)」は適切な治療がなければ致死率90%以上に達するとされる深刻な人獣共通感染症です。日本国内での発生報告はありませんが、海外の一部地域では依然として感染リスクがあります。
この記事では、鼻疽の原因や感染経路、特徴的な症状、診断・治療法までを詳しく解説します。海外の流行地域へ渡航する際に知っておくべき注意点も、あわせて紹介します。
読み進めることで鼻疽への正しい知識が身につき、必要な予防策や万が一の際の適切な行動がわかります。ご自身の健康を守り、漠然とした不安を解消するための一助となるはずです。
鼻疽の概要
鼻疽(びそ)は、鼻疽菌(Burkholderia mallei)によって引き起こされる、人と動物の双方に感染する人獣共通感染症です。
適切な治療を受けなければ致死率は90%以上に達するとされ、古くから知られる一方で、有効なワクチンや現場での治療法が確立していない「新興感染症」としての一面も持っています。※
主に馬やロバなどのウマ科動物に感染しますが、ヒトにも感染し、重篤な症状を引き起こす可能性があります。
このため、日本国内では以下の法律に基づき厳重な管理体制が敷かれています。
・感染症法
4類感染症に指定されており、診断した医師には直ちに保健所へ届け出る義務があります。
・家畜伝染病予防法
法定伝染病に指定されています。
現在、日本国内での発生報告はありません。しかし、中近東、アジア、アフリカ、中南米などの一部地域では依然として発生が確認されており、これらの流行地域へ渡航する際は感染のリスクを認識しておくことが大切です。
鼻疽の種類
鼻疽は、感染が起きた体の部位や、病気が進行するスピードによっていくつかのタイプに分けられます。
どのタイプであっても、原因となる鼻疽菌(Burkholderia mallei)は高い伝染性と致死性を持ち、生物テロに利用される危険性も指摘されるほど深刻な人獣共通感染症である点は共通しています。※
感染が起きた体の部位によって、主に次の3つのタイプに分けられます。
・肺鼻疽(はいびそ)
菌が肺に感染することで起こります。肺炎や胸膜炎のほか、肺の中に膿の袋ができてしまう肺膿瘍(はいのうよう)などを引き起こすこともあります。
・鼻腔鼻疽(びくうびそ)
鼻やのどの粘膜に感染するタイプです。粘膜がただれて潰瘍(かいよう)ができたり、膿を含んだ鼻水が出たりします。
・皮疽(ひそ)
皮膚の傷口などから菌が侵入して感染します。皮膚にしこり(結節)や膿がたまった袋(膿瘍)、潰瘍などがみられます。
上記の分類とは別に、病気の進行スピードによっても「急性型」と「慢性型」に分けられます。
・急性型
症状が急激に悪化するタイプです。感染から数日で重い症状があらわれ、敗血症(血液中に菌が入り込み全身に広がる状態)に至ることも少なくありません。
・慢性型
数カ月から数年にわたり、症状が長期間続くタイプです。良くなったり悪くなったりを繰り返すことも特徴とされています。
鼻疽の原因
鼻疽は、鼻疽菌(Burkholderia mallei)という細菌への感染が原因です。この菌は、主に馬やロバなどの動物から人に感染する「人獣共通感染症」を引き起こします。
鼻疽菌が特に危険視される理由は、その性質にあります。非常に高い病原性を持ち、環境の変化にも強く、有効なワクチンや特効薬もまだ存在しません。※
このため、その高い伝染性と致死率から生物テロに利用される脅威もあると指摘されています。※
鼻疽菌は、主に感染動物を介して、次のような経路で人に感染すると考えられています。
・接触感染
感染した動物の鼻水や膿(うみ)などの分泌物が、皮膚の傷口や目・鼻の粘膜に触れることで感染します。
・経口感染
菌で汚染された水や食肉を口にすることで感染します。
・経気道感染
菌を含んだしぶき(エアロゾル)やほこりを吸い込むことで感染する可能性もあります。
なお、ヒトからヒトへの感染は極めてまれですが、感染した方の体液や膿などに濃厚接触した場合には、感染する可能性が報告されています。
鼻疽の症状
鼻疽の症状は、菌が体内のどこから侵入したかによって異なりますが、風邪のような初期症状から始まり、急速に重篤化する危険性をはらんでいます。
感染してから症状が出るまでの期間(潜伏期間)は、通常1~14日とされていますが、人によっては数年に及ぶケースも報告されています。
最初は発熱や頭痛、筋肉痛といった、インフルエンザにも似た症状から始まることが多いです。しかし、これはあくまで始まりに過ぎません。適切な治療が遅れると、細菌が血液に乗って全身をめぐる「敗血症」という危険な状態を引き起こし、命に関わる敗血症性ショックに至ることもあります。※
全身に現れる症状と並行して、菌が侵入した場所に応じた特徴的な症状が見られます。
・皮膚の症状
皮膚の傷口から菌が侵入すると、その場所に硬いしこり(結節)や、膿(うみ)がたまったおできのようなもの(膿瘍)ができます。進行すると皮膚がえぐれたような状態(潰瘍)になることも特徴です。
・肺の症状
菌を吸い込んで感染した場合は、肺が主な舞台となります。肺炎や胸膜炎のほか、肺の中に膿の袋ができてしまう肺膿瘍(はいのうよう)を引き起こす可能性があります。レントゲン検査では、肺に特徴的な結節性の病変(小さな塊のような影)がみられることもあります。※
・鼻や口の症状
鼻や口の粘膜から感染した場合は、膿を含んだ粘り気のある鼻水が出たり、粘膜の表面がただれて潰瘍ができたりします。
さらに病状が進行すると、感染は全身に広がり、肝臓や脾臓(ひぞう)といったさまざまな内臓に、多数の膿瘍が形成されることもあります。
鼻疽の検査・診断
鼻疽の診断は、初期症状が他の感染症と区別しにくいため、極めて慎重に進められます。※
診断の第一歩となる問診から、原因菌を特定する各種検査まで、複数の情報をパズルのように組み合わせて総合的に判断する必要があります。
診断の重要な手がかり:問診
現在、日本国内での発生報告はないため、診断においては海外での感染機会がなかったかを確認することが非常に重要です。
特に、以下の点について詳しくお伺いします。
・渡航歴:中近東、アジア、アフリカ、中南米など、鼻疽の流行地域への渡航があったか
・接触歴:馬やロバなどの動物と接触する機会があったか
これらの情報が、診断の方向性を決めるための大切な手がかりとなります。
確定診断のための各種検査
問診で鼻疽の可能性が考えられた場合、診断を確定するために次のような検査が行われます。
・病原体の検出
皮膚の膿(うみ)や痰、血液などを採取し、鼻疽菌そのものが存在するかを直接調べる検査です。採取した検体を特殊な環境で育てる「培養検査」によって菌を特定します。ただし、鼻疽菌は極めて感染力が強く、バイオテロへの悪用も懸念される危険な細菌です。このため、検査は国の定めた厳格な安全基準を満たした、ごく限られた専門機関でのみ実施されます。※
・画像検査
胸のX線検査やCT検査を用いて、感染が肺やその他の臓器に広がっていないかを確認します。特に肺に感染が及んでいる場合、レントゲン写真に特徴的な結節(小さな塊のような影)や、膿の袋(膿瘍)が映ることがあります。※
・血液検査(血清学的診断)
血液中に、鼻疽菌と戦うために体内で作られた「抗体」が存在するかを調べる検査です。抗体の有無は、体が鼻疽菌に反応していることを示す間接的な証拠といえます。
これらの検査結果に加え、患者さん自身の症状や体の免疫反応を詳しく分析し、総合的に評価することで最終的な診断が下されます。
鼻疽の治療
鼻疽の治療は、現時点で有効なワクチンが存在しないため、抗菌薬を用いた長期間の薬物療法が唯一の選択肢です。
診断がつき次第、一刻も早く治療を開始することが、命を救ううえで最も重要といえます。治療の目的は、体内に侵入した鼻疽菌を完全に除去し、再発を防ぐことにあります。
治療は大きく2つの段階に分かれ、患者さんの状態に合わせて慎重に進められます。
治療フェーズ | 目的 | 主な抗菌薬(例)
初期治療 | ・菌の増殖を抑える ・重篤な症状を食い止める | ・セフタジジム ・メロペネム
継続治療 | ・体内に潜伏する菌を根絶する ・再発を予防する | ・ST合剤 ・アモキシシリン/クラブラン酸
初期治療で症状が改善したあとも、鼻疽菌は体内に潜伏しやすいため、再発を防ぐ目的で数カ月にわたる継続治療が必要となるケースも少なくありません。
鼻疽は古くから知られる感染症ですが、いまだに現場で使えるワクチンや特効薬がないのが現状です。※ このように有効な治療法が限られていることは、公衆衛生上の大きな課題とされています。※
しかし、治療法開発に向けた研究が世界中で続けられています。将来的には、鼻疽菌だけでなく、性質が似ている他の細菌にも有効な、より広い範囲をカバーできるワクチンの開発が期待されています。※













