遅発性内リンパ水腫

突然、ぐるぐる目が回るような強いめまいに襲われた経験はありませんか。その原因が、もしかしたら子どもの頃など、ずっと昔に経験した「難聴」にあるかもしれません。立っていられないほどのめまいが、なぜ何年も経った今になって現れるのでしょうか。

これは「遅発性内リンパ水腫」という、耳の奥が水ぶくれになることで発症する病気のサインかもしれません。国内の患者数は約4,000〜5,000人とされ、国の指定難病にも登録されています。驚くべきことに、患者さんの約半数は9歳以下で難聴を経験しているという特徴があります。

この記事では、過去の難聴と現在のめまいをつなぐ、この知られざる病気の正体について、原因から最新の検査・治療法まで詳しく解説します。長年続くめまいの謎を解き明かすための、大切な情報が見つかるかもしれません。

遅発性内リンパ水腫の概要

過去に片耳や両耳の聞こえがとても悪くなった後で、 何年も経ってからめまいを繰り返す病気があります。 ぐるぐると目が回るような、強いめまいが特徴です。

原因は、耳の奥深くにある「内耳」にあります。 内耳には音を感じ取る「蝸牛(かぎゅう)」と、 体のバランスを保つ「前庭(ぜんてい)」があります。

この内耳が水ぶくれの状態(内リンパ水腫)になることで、 さまざまな症状を引き起こすと考えられています。 水ぶくれが起きる場所によって、症状も異なります。

  • 蝸牛(かぎゅう)の水ぶくれ 聞こえに関わる部分のため、耳鳴りや耳の詰まり感が出ます。
  • 前庭(ぜんてい)の水ぶくれ 体のバランスに関わるため、めまいやふらつきが起こります。

この病気には、以下のような特徴があります。

  • 特徴1:過去の難聴が前提 子どもの頃など、ずっと前に高度な難聴になっています。 患者さんの約半数は、9歳以下で難聴を経験しています。
  • 特徴2:難聴は変動しない めまいを繰り返しても、もとの聞こえ方が悪化したり、 良くなったりすることはありません。
  • 特徴3:国の指定難病 日本では約4,000〜5,000人の患者さんがいるとされ、 国の指定難病に登録されています。

残念ながら、根本的な治療法はまだありません。 そのため、症状を和らげる治療が中心となります。 重症化すると生活に支障が出るため、注意が必要です。

遅発性内リンパ水腫の種類

遅発性内リンパ水腫は、症状があらわれる耳によって、 主に2つのタイプに分けられます。

これは、もともと聞こえにくかった耳に症状が出るか、 それとも聞こえが良かった方の耳に症状が出るかの違いです。

同側型(どうそくがた)

以前から高度な聞こえにくさがあった耳と同じ側に、 めまいなどの症状があらわれるタイプです。

主な症状は、ぐるぐると目が回るようなめまい発作です。 これは、バランスを保つ「前庭」に水ぶくれができて起こります。 もともとの聞こえの機能はすでに落ちているため、 めまいによって聞こえ方が変化することは基本的にありません。

対側型(たいそくがた)

聞こえにくかった耳とは反対側の、 これまで聞こえが良かった方の耳に症状が出るタイプです。 聞こえに関わる「蝸牛」が水ぶくれになることで、 以下のような聞こえの症状があらわれます。

  • 聞こえ方が良くなったり悪くなったり変動する
  • 耳鳴りがする
  • 耳が詰まった感じがする

さらに、バランスを保つ「前庭」にも水ぶくれが広がると、 めまい発作を伴うこともあります。

種類

症状があらわれる耳

主な症状

同側型

もともと聞こえにくかった耳

・めまい発作

対側型

もともと聞こえが良かった耳

・聴力の変動

・耳鳴り

・耳の詰まった感じ

・めまい発作(伴わない場合もある)

この病気は、過去の難聴が原因で後から発症するため、 「続発性」の内リンパ水腫というグループに分類されます。

また、内耳の水ぶくれが長く続くと、 逆にしぼんでしまう「虚脱(きょだつ)」という状態に、 変化することもあります。 このような内耳の詳しい状態は、造影剤を使ったMRI検査で、 確認できる場合があります。

遅発性内リンパ水腫の原因

この病気がなぜ起こるのか、その詳しい原因はまだ不明です。 しかし、過去に起きた「高度な感音難聴」が、 長い時間をかけて影響していると考えられています。

難聴になってから数年から数十年後に、耳の奥に変化が起きます。 具体的には、「内耳」を満たす内リンパ液という液体が増え、 水ぶくれのような状態(内リンパ水腫)になるのです。 この水ぶくれがバランスを保つ部分を圧迫し、めまいを起こします。

きっかけとなる難聴の原因には、以下のようなものがあります。 しかし、患者さんの約6割は原因がはっきりしていません。

  • 突発性難聴
  • ムンプス難聴
  • おたふくかぜが原因で起こる難聴です。
  • ウイルスによる内耳の炎症
  • 頭のけが

最近の研究では、もう一つの原因が注目されています。 それは「血液迷路関門」という仕組みの機能が弱まることです。 血液迷路関門は、内耳を悪いものから守るバリアのような役目をします。 血液中の不要な物質が、内耳に入らないように防いでいるのです。 この大切なバリア機能が壊れると、内リンパ液のバランスが崩れ、 水ぶくれ(内リンパ水腫)を引き起こすと考えられています。

遅発性内リンパ水腫の症状

遅発性内リンパ水腫の症状は、2つの段階に分けて現れます。 「聞こえの問題」が先に起こり、数年から数十年経ってから、 「めまいの発作」が始まるという、時間差があるのが特徴です。

第1段階:聞こえの問題

多くは子どもの頃などに、まず片耳の聞こえが悪くなります。 これは音を感じ取る神経の働きが悪くなる「感音難聴」です。 この聞こえにくい状態は、めまいが始まるまで長く続きます。

第2段階:めまいの発作

難聴になってから長い時間が過ぎた後、突然めまいが始まります。 めまいの発作は、10分程度で収まることもあれば、 ときには数時間続くこともあり、繰り返し起こるのが特徴です。 具体的には、以下のような症状があらわれます。

  • 回転性のめまい 自分や周りがぐるぐる回るように感じます。 立っていられないほどの強いめまいと、 吐き気やおう吐を伴うことが多くあります。
  • 耳の症状の悪化 めまいが起きているときに、聞こえの悪い方の耳で、 耳鳴りがひどくなったり、詰まった感じが強まったりします。
  • 特殊なきっかけで起こるめまい 内耳の機能が過敏になることで、 特定の状況でめまいが誘発されることがあります。
  • 位置性めまい 頭を特定の向きに変えたときに、クラっとします。
  • 音・圧誘発性めまい 大きな音を聞いたり、気圧が変わったりすると誘発されます。

めまい発作を何度も繰り返すと、バランス機能が弱まります。 すると、めまいがない時でもふらつく状態が続くようになり、 日常生活に大きな影響をおよぼす可能性があります。

遅発性内リンパ水腫の検査・診断

この病気の診断は、パズルを組み立てるように進められます。 詳しいお話を聞く「問診」と、いくつかの検査の結果を、 丁寧につなぎ合わせて、総合的に判断していきます。 主な検査には、次のようなものがあります。

検査の種類

目的

純音聴力検査

聞こえる力の程度や、難聴の種類を調べます。

平衡機能検査

体のバランスを保つ働き(平衡感覚)を調べます。

内耳造影MRI検査

耳の奥深くにある内耳の状態を、画像で直接確認します。

これらの検査で、脳の病気など他の原因がないかも確認します。

聞こえの力を調べる「純音聴力検査」

ヘッドホンから様々な高さの音を聞いて、聞こえたらボタンを押します。 この病気では、過去に高度な「感音難聴」になっているため、 どのくらい聞こえにくいかを正確に把握するために行います。

バランス感覚を調べる「平衡機能検査」

めまいの原因を探るため、体のバランスを保つ働きを調べます。 代表的な検査に「温度刺激検査」というものがあります。

耳にぬるま湯や冷たい水を少しだけ入れて、目の動きを見ます。 健康な耳なら、刺激で目が自然に揺れます(眼振といいます)。 しかし、機能が落ちている耳では、この反応が鈍くなります。 これで、めまいの原因が内耳にある可能性が高いとわかります。

耳の奥を直接見る「内耳造影MRI検査」

近年の研究の進歩で、診断にとても役立つようになった検査です。 腕の血管から「造影剤」というお薬を注射した後に、 MRIという機械で耳の奥の写真を撮ります。

この検査では、内耳が水ぶくれの状態(内リンパ水腫)に、 なっているかを画像で直接見ることができます。 さらに、内耳のリンパ液の流れも評価できるようになりました。 健康な耳に比べ、この病気の耳では造影剤の排泄が遅れることがあり、 リンパ液の流れが悪くなっていることが推測されます。

遅発性内リンパ水腫の治療

この病気を完全に治す方法は、残念ながらまだ見つかっていません。 そのため治療の目標は、つらいめまいの発作を上手に抑えることです。 日常生活への影響を、できるだけ少なくすることを目指します。

治療は、症状が出ている時期に合わせて大きく2つに分けられます。

めまいが強い時期の「守りの治療」

めまいや吐き気がひどいときは、まず体を休めることが一番大切です。 無理に動かず、安全な場所で安静にしてください。 症状を和らげるために、めまい止めや吐き気止めの薬を使います。

めまいが落ち着いている時期の「攻めの治療」

症状が落ち着いている時期には、次の発作を防ぐための治療をします。

  • 生活習慣の見直し ストレスや疲れ、睡眠不足は発作のきっかけになります。 これらを避けるよう、生活リズムを整えることが重要です。 軽い運動も、内耳の血流を良くする効果が期待できます。
  • お薬による治療 耳の奥にたまった余分な水分を外に出すお薬が中心です。 「利尿薬」という種類のお薬で、内耳の水ぶくれを減らします。

より専門的な治療法

これらの治療で発作を十分に抑えられない場合は、 さらに進んだ治療法を検討することがあります。

治療法

どんな治療?

中耳加圧療法

専用の機械で耳に優しい圧力をかけます。

内耳にたまった水の流れを良くする治療です。

お薬の注射

(ゲンタマイシン鼓室内注入)

鼓膜の奥に直接お薬を注射します。

めまいの原因となる部分の働きを抑えます。

手術

(内リンパ嚢開放術など)

内耳の圧力を下げるための手術です。

水がたまる袋を広げて、圧力を逃がします。

この病気と似たメニエール病という病気では、 お子さんへの治療について研究が進められています。 ある研究では、お薬や手術による治療の成功は、 91.7%の研究で報告されており、良好な結果が示されました。

しかし、どの治療法が一番良いかについては、まだ研究中です。 ご自身の状態に合う治療法を見つけるため、 担当の先生とよく相談することが何よりも大切です。