進行性球麻痺

最近、言葉がもつれたり、食事中にむせやすくなったりといった変化を感じていませんか?「年のせいだろう」と見過ごしがちなそのサイン、実は「進行性球麻痺」という病気の始まりかもしれません。

この病気は、主に40歳を過ぎた頃から発症することが多く、話す、飲み込むといった日常的な動作を支える神経が少しずつ働きにくくなるものです。病気はゆっくりと進行するため、初期の変化に気づくことが非常に重要となります。

この記事では、進行性球麻痺の具体的な症状から原因、そしてどのような治療やケアがあるのかを詳しく解説します。ご自身や大切なご家族の健康を守るため、まずは病気について正しく知ることから始めましょう。

進行性球麻痺の概要

進行性球麻痺(しんこうせいきゅうまひ)とは、話す、食べ物を飲み込むときに使う、のどや舌の筋肉を動かす神経が少しずつうまく働かなくなる病気です。

この病気は、「運動ニューロン病」という病気のグループのひとつです。運動ニューロンとは、脳からの「動きなさい」という命令を筋肉に伝えるための大切な神経細胞を指します。

運動ニューロン病は、脳や脊髄からの命令が筋肉に伝わりにくくなることで、さまざまな症状があらわれます。この病気のグループは、最初に症状が出る体の場所によって、いくつかの種類に分けられます。

運動ニューロン病の主な種類

種類

主な特徴

筋萎縮性側索硬化症(ALS)

手足やのど、呼吸の筋肉などがやせて力がなくなる

進行性球麻痺(PBP)

話す、飲み込むといった機能の障害が最初にみられる

進行性筋萎縮症(PMA)

手足の筋肉のやせ、力が入らないといった症状が中心

原発性側索硬化症(PLS)

体の動かしにくさ、手足のつっぱりが主な症状

進行性球麻痺は、主に中年期以降、40歳を過ぎてから発症することが多いとされています。原因がはっきりとはわからない場合がほとんどですが、まれに遺伝が関係することもあります。

「進行性」という名前のとおり、症状はゆっくりと進んでいきます。そのため、病気と向き合いながら、生活の質をできるだけ保っていくことが大切になります。

進行性球麻痺の種類

進行性球麻痺は、運動ニューロン病という大きな病気のグループの一つです。このグループは、症状が体のどこから始まるかによって、主に4つの種類に分けられます。

どの神経が最初に影響を受けるかで、あらわれる症状が変わってくるのです。

症状が始まる場所による分類

  • 進行性球麻痺(PBP)
  • 話しにくい、飲み込みにくいといった、のどや舌の症状から始まります。
  • 筋萎縮性側索硬化症(ALS)
  • 手足の力が弱くなる、筋肉がやせるなど、全身に症状があらわれやすいです。
  • 進行性筋萎縮症(PMA)
  • 主に手足の筋肉がやせて、力が入らなくなる症状が中心となります。
  • 原発性側索硬化症(PLS)
  • 体を動かしにくくなる、手足がこわばってつっぱる症状が主になります。

これらの名前は、いわば病気の「スタート地点」を示しているものです。例えば、進行性球麻痺でのどの症状から始まっても、病気が進むにつれて手足の力が弱くなるなど、他の症状があらわれることが少なくありません。

また、病気が始まった場所による分け方とは別に、遺伝が関係するかどうかで分類することもあります。遺伝とは関係なく発症する「散発性(さんぱつせい)」と、遺伝が原因となるまれな「家族性(かぞくせい)」です。ほとんどの場合は散発性にあたります。

進行性球麻痺の原因

進行性球麻痺がなぜ起こるのか、残念ながらその原因はまだはっきりとわかっていません。しかし、脳からの「動きなさい」という命令を筋肉に伝える「運動ニューロン」という神経細胞が傷つくことで発症すると考えられています。

特に、話したり飲み込んだりする動きを担う、脳の奥深くにある「延髄(えんずい)」という部分の神経が主に障害されます。延髄は、生命を維持するための重要な司令塔のような役割を持っています。

なぜ大切な運動ニューロンが傷ついてしまうのかについては、まだ研究の途中です。今のところ、発症のタイプは大きく2つに分けられています。

  • 孤発性(こはつせい)
  • 遺伝とは関係なく、特別な原因が見当たらないタイプです。進行性球麻痺を含む運動ニューロン病のほとんど(90%以上)がこのタイプにあたります。中年期以降に発症することが多く、平均では58~63歳くらいで発症すると報告されています。
  • 家族性(かぞくせい)
  • 親から子へ受け継がれる体の設計図(遺伝子)の変化が原因となる、まれなタイプです。患者さん全体の中では数パーセント程度とされています。

現在では、一つの原因ではなく、遺伝的な要因や生活習慣など、多くの可能性が複雑にからみあって発症するのではないか、と考えられています。発症の仕組みを明らかにするため、世界中でさまざまな研究が続けられています。

進行性球麻痺の症状

進行性球麻痺は、私たちが普段、何気なく行っている「話す」「食べる」という動作に、少しずつ変化があらわれる病気です。

脳からの「動きなさい」という命令が、のどや舌の筋肉にうまく伝わらなくなるために、様々な症状が起こります。ご自身やご家族に当てはまるものがないか、確認してみましょう。

【話し方や声の変化】

  • 構音(こうおん)障害 言葉がもつれたようになり、はっきりと話しにくくなります。
  • 声質の変化 声がかすれたり、鼻に抜けるような声になったりします。

【食事や飲み込みの変化】

  • 嚥下(えんげ)障害 食べ物や飲み物が飲み込みにくく、食事に時間がかかります。
  • 誤嚥(ごえん) 食事中によくむせたり、食べたものが気管に入ったりします。

【顔や舌の動きの変化】

  • 舌の萎縮(いしゅく)と線維束性収縮(せんいそくせいしゅうしゅく) 舌がやせて細くなったように見え、表面がピクピクと動くことがあります。
  • 顔の筋肉の力 口をしっかり閉じられず、よだれが増えることがあります。

これらの症状は、脳から筋肉へ命令を伝える神経細胞(運動ニューロン)の働きが弱くなることで起こります。進行性球麻痺は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という病気の、最初の症状として現れることもあります。

病気が進むと、手足の力が弱くなるなど症状が全身に広がり、最終的には呼吸を助ける筋肉にも影響が及ぶ可能性があります。

また、感情のコントロールが難しくなり、悲しくないのに涙が出たり、おかしくないのに笑いが止まらなくなったりする「強哭強笑(きょうこくきょうしょう)」という症状が見られることもあります。

症状はゆっくりと進むため、ご自身では気づきにくいかもしれません。もし気になる変化があれば、早めに神経内科などの専門医に相談することが大切です。

進行性球麻痺の検査・診断

進行性球麻痺の診断は、一つの検査だけで決まるものではありません。丁寧にお話を聞き、診察を行い、必要な検査を組み合わせることで、診断を確定していきます。

似たような症状を起こす他の病気ではないことを、一つひとつ確認していく大切な作業です。

まずは詳しい問診と診察から

診断の第一歩は、患者さんやご家族から症状について詳しくお伺いすることです。次のような変化がなかったか、思い出せる範囲でお聞かせください。

  • 言葉がもつれて、はっきりと話しにくい
  • 声がかすれたり、鼻にかかったような声になったりする
  • 食べ物や飲み物が飲み込みにくくなった
  • 食事中によくむせるようになった
  • 舌をうまく動かせない感じがする

診察では、お口の中を拝見し、舌がやせていないか、表面がピクピクと小さく動いていないか(線維束性収縮)を確認します。また、のどの反射をみることも、飲み込みの機能を知る上で重要です。

神経の働きを調べる検査

進行性球麻痺は、脳から筋肉へ命令を伝える「運動ニューロン」という神経の病気です。この神経には、脳からの指令を出す「上位運動ニューロン」と、その指令を筋肉に直接伝える「下位運動ニューロン」の2種類があります。

診察では、この両方の神経に異常がないかを慎重に調べます。例えば、ハンマーで膝などを叩く腱反射の検査は、主に上位運動ニューロンの働きを見ています。

診断を確定するための精密検査

問診と診察で病気が疑われた場合、診断をより確かなものにするために、以下のような検査を行います。他の病気の可能性を消していくためにも、とても大切な検査です。

検査の種類

検査の目的

針筋電図検査

筋肉に細い針を刺し、筋肉を動かす神経(下位運動ニューロン)からの命令が正常に伝わっているかを電気的に調べます。

画像検査(MRIなど)

脳や首の断面図を撮影します。脳梗塞や脳腫瘍など、似た症状を引き起こす他の病気がないかを確認するために行います。

血液検査

全身の状態を把握するとともに、筋肉や神経に影響を与える他の病気がないかを調べるために行います。

これらの検査結果をすべて合わせて、総合的に診断を確定します。特に、同じ運動ニューロンの病気である筋萎縮性側索硬化症(ALS)などとの区別は非常に重要です。

進行性球麻痺の治療

現在のところ、進行性球麻痺を完全に治す治療法はまだ確立されていません。しかし、治療法がないからといって、何もできないわけではありません。

この病気の治療は、進行をゆるやかにし、今ある症状を和らげることが目的です。患者さんが自分らしく、少しでも快適に過ごせる時間を長く保つことを目指します。

薬を使った治療

病気の進行を少しでも遅らせる効果が期待されるお薬を使用することがあります。また、筋肉のつっぱりや痛み、不安な気持ちなど、患者さんがつらいと感じる症状を和らげるための薬も、状態に合わせて使います。

症状に合わせたリハビリテーションとケア

生活に直接影響する症状に対しては、専門家によるケアやリハビリが重要です。これらは生活の質を保つために、薬と同じくらい大切な治療といえます。

症状

具体的な治療やケア

話しにくさ(構音障害)

・言語聴覚士と一緒に、ゆっくりはっきり話す練習をします。

・絵や文字が書かれたボードを使い、指差しで気持ちを伝えます。

・タブレットなどの機械を使って、意思を伝える方法もあります。

飲み込みにくさ(嚥下障害)

・食べ物を細かく刻んだり、とろみをつけたりして、安全に食事ができるように工夫します。

・口から十分な栄養がとれない場合は、お腹に小さな通り道(胃ろう)を作り、直接栄養を補給する方法も考えます。

呼吸のしづらさ

・呼吸を助ける筋肉をきたえるリハビリを行います。

・息苦しさを感じる場合は、マスク型の人工呼吸器を使い、楽に呼吸ができるようにサポートします。

これらの治療は、医師だけでなく、看護師やリハビリの専門家(理学療法士、言語聴覚士)、栄養士、生活の相談に乗る専門家(医療ソーシャルワーカー)など、多くのスタッフがチームとなって、患者さんとご家族を支えていきます。