脳腫瘍
私たちの体にとって、脳はすべての活動を司る大切な司令塔です。もし、この司令塔に「できもの」ができてしまったら?それが「脳腫瘍」です。ひどい頭痛や吐き気、手足の動きにくさやしびれ、けいれんなど、日常生活を脅かす様々な症状を引き起こすこの病気は、診断や治療が難しいというイメージがあるかもしれません。
しかし、近年、脳腫瘍の診断・治療は目覚ましい進歩を遂げています。特に、体に負担の少ない「リキッドバイオプシー」とAIによる「機械学習」を組み合わせた新しい検査法の開発が進み、早期発見や一人ひとりに合った治療への期待が高まっています。
この記事では、脳腫瘍の概要から種類、原因、症状、そして最新の診断・治療法まで、皆様の疑問や不安を解消できるよう詳しく解説します。
脳腫瘍の概要
私たちの体の中で、脳はとても大切な司令塔です。考えること、感じることはもちろん、体を動かしたり、心臓を動かしたり、息をしたりと、生きるためのすべてをコントロールしています。この大切な脳に「できもの」ができてしまう病気を「脳腫瘍」と呼びます。
脳腫瘍ができてしまうと、その場所や大きさによっては、脳の働きが邪魔されてしまいます。例えば、ひどい頭痛が続いたり、体がうまく動かせなくなったり、めまいがしたり、手足がしびれたりすることもあります。
これまで脳腫瘍かどうかを調べるには、MRIという機械で頭の写真を撮ったり、手術をして「できもの」の一部を詳しく調べたりする方法が一般的でした。しかし、これらの検査は、体への負担が全くないわけではありません。
そこで、もっと体にやさしく、早く脳腫瘍を見つける方法はないかと、世界中の研究者や医師たちが一生懸命に研究を進めています。その一つが、「リキッドバイオプシー」という新しい検査と、「機械学習(AI)」というコンピューターの技術を組み合わせる方法です。
リキッドバイオプシーとは、血液などから病気のヒントを探す検査のことです。この検査は、脳腫瘍の診断にはまだ十分に活用されておらず、特に脳や脊髄のがんには一般的な方法ではありません。しかし、このリキッドバイオプシーと、たくさんの情報を学習して病気の特徴を見つける機械学習を組み合わせることで、診断の課題を解決しようと研究が進んでいます。
実際に、脳腫瘍の分野における機械学習とリキッドバイオプシーの活用に関する研究は、まだ始まったばかりですが、ここ数年でとても速く進歩していることが分かっています。将来、この新しい方法が実用化されれば、体に負担をかけることなく、早く正確に脳腫瘍を見つけたり、病気の様子をこまかくチェックしたり、一人ひとりに合った治療計画を立てたりできるようになると期待されています。
脳腫瘍の種類
私たちの脳にできる「できもの」である脳腫瘍は、その性質によって大きく2つの種類に分けられます。一つは「良性の腫瘍」、もう一つは「悪性の腫瘍」です。良性の腫瘍は、比較的ゆっくりと大きくなる特徴があり、体のほかの場所に広がることはほとんどありません。これに対し、悪性の腫瘍は成長が早く、周りの脳の組織に広がったり、治療がより難しくなったりする場合があります。
私たちは、脳腫瘍と診断された患者さんの病状を詳しく知るため、腫瘍がどこから発生したのか、どのような細胞からできているのかを細かく調べます。例えば、脳の神経細胞を支える大切な役割を持つ「グリア細胞」という細胞から発生する腫瘍は、「神経膠腫(しんけいこうしゅ)」と呼ばれます。
この神経膠腫の中には、特に悪性度が高い「神経膠芽腫(しんけいこうがしゅ)」という種類もあります。最近の研究では、この神経膠芽腫に対しても、新しい治療薬の可能性を探る動きが見られます。具体的には、植物からとれる「グッグルステロン」という成分が注目されています。この成分が、さまざまな種類のがん細胞だけでなく、神経膠芽腫の細胞の増殖を抑えたり、細胞が自分で死んでいく「アポトーシス」という現象を促したりする可能性があることが示唆されています。複数の研究をまとめた「メタアナリシス」と呼ばれる報告では、グッグルステロンが24時間以上の時間でアポトーシス効果を持つことが確認されており、今後の詳しい研究が期待されています。
また、特に小さなお子さんに多く見られる脳腫瘍の種類として、「星細胞腫(せいさいぼうしゅ)」などがあります。小さなお子さんの場合、一度にすべての腫瘍を取り除くのが難しいと判断されたときには、「段階的手術」という方法が検討されることがあります。これは、手術を何回かに分けて行うことで、お子さんの体への負担をできるだけ減らし、安全に治療を進めるための大切な工夫です。最近の包括的な研究(系統的レビュー)では、この段階的手術が、小児の星細胞腫や神経膠腫の切除において多く用いられていることが報告されています。手術の間隔は、お子さんの場合で5日から10日程度が目安とされています。
このように、脳腫瘍は非常に多くの種類があり、それぞれで性質や治療の進め方も大きく異なります。患者さん一人ひとりの状況に合わせた、最適な治療を見つけることが、私たち医師の使命です。
脳腫瘍の原因
私たちの脳に「できもの」ができてしまう脳腫瘍。その原因は、まだ全てがはっきりとわかっているわけではありません。しかし、世界中の研究によっていくつか関係していることが考えられています。
健康な体では、細胞が増えたり、古くなった細胞が役目を終えたりして、いつも良いバランスを保っています。この大切なバランスが何らかの理由で崩れてしまい、脳の細胞が異常に増え続けてしまうと、脳腫瘍になることがあるのです。
例えば、以下のようなことが原因の一つになる場合があります。
・生まれつき持っている体の特徴
・遺伝子と呼ばれる設計図に、脳腫瘍ができやすい情報があるケースです。
・過去に受けた特別な医療
・頭部に放射線を浴びる治療などを受けた経験がある場合です。
・特定の病気を持っていること
・体が病気になりやすい、特定の遺伝性の病気があるケースです。
しかし、ほとんどの場合、これといったはっきりとした原因が見つからないことが多く、不安に感じる方もいるでしょう。私たちは、この謎を解き明かすために日々研究を続けています。
最近では、植物からとれる特別な成分が、脳腫瘍にどのような影響を与えるかという研究も注目されています。伝統医学で使われる「グッグルステロン」という成分は、実は膵臓がんや肝臓がん、乳がんなど、多くの種類のがん細胞に対して良い働きがあることがわかってきました。
具体的には、がん細胞が自ら弱っていく「アポトーシス」という現象を起こしたり、がん細胞が増えるのを抑えたりする働きが確認されています。特に、脳腫瘍の中でも「神経膠芽腫(しんけいこうがしゅ)」という種類のがん細胞に対しても、このような良い影響があることが研究で示されています。
たくさんの研究をまとめて分析した結果、グッグルステロンが24時間以上経つと、がん細胞が弱っていく効果がはっきりと確認されました。このような研究は、脳腫瘍がなぜできるのかという原因を直接突き止めるものではありません。
しかし、将来、患者さんに寄り添った新しい治療方法を見つけるための大切な一歩となります。私たちは、病気のメカニズムを理解し、より良い治療法を開発するために、これからも努力を続けます。
脳腫瘍の症状
私たちの脳は、体のあらゆる動きや心の働きをコントロールする大切な司令塔です。この脳に「できもの」ができてしまうと、その場所や大きさによって、さまざまな困った症状が現れることがあります。
例えば、普段の生活の中で次のような「いつもと違うサイン」が見られたら、注意が必要です。
・ずっと続く頭痛
・いつもの頭痛とは違い、だんだんひどくなることがあります。
・吐き気やおう吐
・特に朝方に起こりやすい場合もあります。
・手足の動きにくさやしびれ
・体の片側にだけ症状が出ることもあります。
・見え方や聞こえ方の変化
・目がかすんだり、聞こえにくくなったりするのです。
・めまいやふらつき
・体がまっすぐ歩けなくなったり、バランスがとりにくくなったりします。
・けいれん
・意識を失ったり、体ががくんと震えたりすることもあります。
これらの症状は、脳のどこに腫瘍ができたかによって、現れ方が大きく異なります。症状が少しずつゆっくり進む場合もあれば、急に現れてびっくりすることもあります。
特に小さなお子さんの場合、大人とは少し違ったサインで異変に気づくことがあります。例えば、以前はできていたことができなくなったり、理由もなく機嫌が悪くなったりすることが挙げられます。また、頭の大きさが急に変わることで気づく場合もあります。
私たち医師が小児の脳腫瘍について詳しく調べた研究では、症状が出始めてから病気がわかって診断されるまでの期間は、お子さんによって本当に大きく違うことがわかりました。中には28日から760日以上も時間がかかるケースもあるのです。
この診断までの期間が長くても、必ずしも病気の予後が悪くなるわけではないと報告されています。なぜなら、腫瘍の成長スピードや、お子さんの年齢、そして腫瘍の性質など、さまざまな理由が関係しているからです。しかし、私たち医師は、どんな場合でもできるだけ早く病気を見つけ、適切な治療を始めることが大切だと考えています。
また、小児脳腫瘍の治療が終わった後も、一部のお子さんでは「考える力」や「覚える力」に影響が出ることがあります。これは「認知機能障害」と呼ばれます。特に、集中力が続かなくなったり、一つのことに注意を向け続けるのが難しくなったりする「注意機能」の障害は、治療から平均11.5年経ったお子さんの約52.3%で見られることが報告されています。
他にも、言葉を覚えたり話したりする能力や、目で見たものを認識する能力、記憶力などにも影響が出ることが、約40%のお子さんで確認されています。これらの症状は、学校での勉強や日常生活に影響を与えることがあります。もし、お子さんの様子で何か気になることがあれば、一人で悩まずに、ぜひ私たち医療機関にご相談ください。
早期に気づき、適切なサポートを受けることで、より良い生活を送るための一歩となります。
脳腫瘍の検査・診断
脳腫瘍の治療を始めるためには、まず、この「できもの」がどんな種類で、どこにあり、どのくらいの大きさなのかを正確に知ることがとても大切です。そのために、私たちはさまざまな検査を組み合わせて、詳しく診断を進めていきます。
私たちが主に使う検査は、脳の中を画像で確認する「MRI」や「CT」といった画像診断です。MRIは強力な磁石を使って脳の詳しい写真を撮る検査で、CTはエックス線を使って脳の断面を調べる検査です。これらは、まるで脳の地図を見るように、腫瘍の場所や形、大きさをはっきりと映し出します。
さらに、腫瘍の一部を少しだけ取り出して、顕微鏡で細かく調べる「生検(せいけん)」という検査を行うこともあります。この検査は、腫瘍が「良性(おとなしい性質)」なのか、「悪性(進行しやすい性質)」なのか、どんな細胞からできているのかを知るために、非常に重要な役割を果たします。
最近では、体への負担をできるだけ減らして病気を見つけるための、新しい技術の研究も進んでいます。その一つが「リキッドバイオプシー」という方法です。これは、血液などから脳腫瘍に関するヒントを探す検査です。まだ研究中の方法で、今は脳や脊髄のがんの診断には一般的ではありません。しかし、ここ数年で、この新しい技術はとても速く進歩しています。
私たち脳神経外科医は、このリキッドバイオプシーに、たくさんの情報を学習して病気の特徴を見つける「機械学習(AI)」というコンピューターの技術を組み合わせることで、将来、体に大きな負担をかけずに、早く正確に病気を見つけられるようになるかもしれません。病気の様子をこまかくチェックしたり、お一人お一人に合った治療の計画を立てるのにも役立つと期待されています。
また、診断だけでなく、病気の今後の経過を予測するのに役立つ新しいヒントも見つかっています。実は、頭の横にある「側頭筋(そくとうきん)」という筋肉の厚みが、脳腫瘍の患者さんの病気の進行具合や治療の効果を予測する大切な手がかりになることが分かってきました。この側頭筋の厚みは、筋肉が減る「サルコペニア」という状態のサインでもあります。
さまざまな研究をまとめた報告では、もしこの筋肉が薄いと、残念ながら病気の進行が早くなったり、治療の効果が続かなかったりする傾向があることが示されています。この側頭筋の厚みは、脳にできた最初の腫瘍だけでなく、他の場所から脳に転移したがんにも関係があることが分かっています。私たち医師は、この側頭筋の厚みを診察に取り入れることで、患者さん一人ひとりに合った、より良い治療計画を立てられると考えています。
もし、ご自身や大切なご家族に、気になるサインがあったら、ためらわずに私たち専門医にご相談ください。早く正確な診断を受けることが、治療への第一歩となります。
脳腫瘍の治療
脳腫瘍の治療は、一人ひとりの患者さんに合わせて、最適な方法を選んでいきます。私たちは、腫瘍の種類や大きさ、脳のどこにあるのか、そして患者さんの体全体の状態をじっくり考えて治療計画を立てています。
主な治療法には、大きく分けて三つあります。
一つは、腫瘍を直接取り除く「手術療法」です。
二つ目は、放射線という特殊な光線を使って腫瘍をたたく「放射線療法」。
三つ目は、薬を使って腫瘍細胞の成長を抑える「化学療法」です。
手術は、脳腫瘍を取り除くための大切な治療法です。腫瘍が大きすぎたり、脳の特に大切な場所にあったりする場合は、一度にすべてを取り除くことが難しいことがあります。そのようなときには、体をいたわりながら、手術を何回かに分けて行う「段階的手術」という方法を選ぶこともあります。
この段階的手術は、特に小さなお子さんの脳腫瘍、例えば「星細胞腫(せいさいぼうしゅ)」や「神経膠腫(しんけいこうしゅ)」といった種類の場合に多く検討されています。この治療法は、これまで多くの研究で詳しくまとめられてきた方法です。手術と手術の間の期間は、お子さんの場合は5日から10日くらい、大人の場合は18日から4ヶ月と、患者さんの年齢や状況によって違いがあります。
段階的な手術にも、体に負担がかかる合併症(ごうへいしょう)が起こる可能性はあります。しかし、これは一回の手術で全てを取り除く場合と、基本的には同じようなものだと理解されています。私たちは、患者さんの体の負担をできるだけ減らし、安全に治療を進めることを一番に考えています。
手術以外では、放射線療法や化学療法が大切です。これらの治療は、手術で取り除ききれなかった腫瘍細胞をなくしたり、病気の再発を防いだりするために行われることがあります。多くの場合、患者さんの状態に合わせてこれらの治療法を組み合わせて行い、より効果的な治療を目指します。
また、治療の効果や、その後の病気の様子を予測する大切なヒントも分かってきています。頭の横にある「側頭筋(そくとうきん)」という筋肉の厚みが、脳腫瘍の患者さんの病気の進行具合や、治療がうまくいき元気でいられる期間を予測する重要なサインになることが、研究で示されました。
この筋肉の厚さは、栄養状態や体の弱り具合(サルコペニアという筋肉が減ってしまう状態)を知る目安にもなります。もし側頭筋が薄いと、残念ながら病気の進行が早くなったり、治療の効果が続かなかったりする傾向があることが分かっています。この筋肉の厚みは、脳にできた最初の腫瘍だけでなく、他の場所から脳に転移したがんの場合でも、大切な予測のサインとなるのです。
私たち医師は、側頭筋の厚さも診察で確認し、患者さん一人ひとりに合った最適な治療計画を立てるようにしています。この評価は、今後の治療方針を決める上で、とても大切にされているアプローチです。













