脊髄小脳変性症

「最近、まっすぐ歩いているつもりなのに、なぜか足元がふらつく」「コップを持とうとすると、手が震えてしまう」。そんな原因のわからない体の変化に、不安を感じていませんか。もしかしたらそれは、体の動きを司る神経がゆっくりと変化していく「脊髄小脳変性症」のサインかもしれません。

この病気は決して珍しいものではなく、日本全国で3万人以上の方が向き合っている国の指定難病です。まだ根本的な治療法は確立されていませんが、血液検査で病状を把握する研究が進むなど、診断や治療は着実に進歩しています。

この記事では、脊髄小脳変性症の正しい知識と、現在行われている治療法、そして希望となる最新の研究動向までを分かりやすく解説します。ご自身の体の変化を理解し、向き合うための一歩としてお役立てください。

脊髄小脳変性症の概要

私たちの体の動きをコントロールしている司令塔が「小脳」です。 そして、脳からの命令を全身に伝える大切な道が「脊髄」です。 この小脳や脊髄の神経が、ゆっくりと変化していく病気をまとめて「脊髄小脳変性症」と呼びます。

この病気は決して珍しいものではなく、日本全国で3万人以上の方がこの病気と向き合っています。 主な特徴としては、以下のような症状が現れます。

  • 運動失調 体のバランスをうまく取れなくなる状態です。 ・まっすぐ歩こうとしても、ふらついてしまう ・コップを持とうとすると、手が震えてしまう ・はっきり話したいのに、言葉がもつれてしまう

このような症状は、風邪のようにウイルスが原因で起こるわけではありません。 神経の細胞そのものが変化することで起こり、多くの場合、症状はとてもゆっくりと進んでいきます。

最近の研究では、病気の進行度をより詳しく知る方法がわかってきました。 血液検査などで体の状態を教えてくれる「しるし(バイオマーカー)」を見つける研究です。 特に「神経フィラメント軽鎖(NfL)」は、神経の状態を知るための大事な手がかりになると期待されています。 一つの情報だけでなく、いくつかの「しるし」を合わせて見ることで、より正確に体の状態を把握できると考えられています。

この病気は国の指定難病になっており、医療費の助成など公的なサポートを受けながら治療を進めることができます。

脊髄小脳変性症の種類

脊髄小脳変性症は一つの病気ではなく、原因によっていくつかの種類に分けられる、病気のグループ名です。 ご自身の状態を正しく理解するために、どのような種類があるのかを知ることが大切になります。

脊髄小脳変性症は、大きく次の2つに分類されます。

分類

説明

遺伝性

親から子へ、病気の原因となる体の設計図(遺伝子)が受けつがれるタイプです。脊髄小脳変性症全体の約3分の1を占めるといわれています。

非遺伝性(孤発性)

遺伝とは関係なく、血縁者の中に同じ病気の方がいなくても発症するタイプです。多系統萎縮症などがこれに含まれます。

遺伝するタイプは、原因となる遺伝子のちがいによって、さらに細かく「病型」として分類されています。 日本で比較的多くみられるのは、以下のような種類です。

  • SCA3(マチャド・ジョセフ病)
  • SCA6
  • SCA31
  • 歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)

特にSCA3(マチャド・ジョセフ病)は、遺伝性の中でも世界で最も多いタイプです。 この病型では、「アタキシン3」という、ある特定のたんぱく質が脳の中に異常にたまってしまうことが特徴です。

最近の研究では、この異常にたまった「アタキシン3」自体が、病気の状態を知るための大事な「しるし(バイオマーカー)」になることがわかっています。 前の章でお話ししたNfLなど、他の「しるし」と合わせて総合的に評価することで、より正確な状態の把握に役立つと期待されています。

脊髄小脳変性症の原因

脊髄小脳変性症がなぜ起こるのか、その原因は大きく2つに分けられます。 親から子へ体の特徴が受け継がれる「遺伝性」と、そうでない「非遺伝性(孤発性)」です。 脊髄小脳変性症と向き合う方のうち、約3分の1が遺伝によるものといわれています。

遺伝が関係するタイプでは、多くの場合で原因となる遺伝子が特定されています。 私たちの体の設計図である「遺伝子」の一部に変化が起きることが、病気につながります。 例えば、遺伝性の中で日本人に多い「マシャド・ジョセフ病(SCA3)」がその一つです。 この病気では、遺伝子の一部が、コピーミスのように異常に長く繰り返されてしまいます。 その間違った設計図をもとに「アタキシン3」という特殊なたんぱく質が作られます。 このたんぱく質が神経の細胞の中に少しずつたまり、正常な働きを邪魔してしまうのです。

一方で、非遺伝性のタイプは、遺伝とは関係なく、一人ひとりに偶然発症します。 こちらは、まだはっきりとした原因がわかっていないケースも少なくありません。 世界中の研究者が、原因を明らかにするために日々研究を進めています。

病気の原因をさらに詳しく探るため、体の状態を教えてくれる「しるし(バイオマーカー)」に注目が集まっています。 神経の細胞が傷つくと血液中に出てくる「神経フィラメント軽鎖(NfL)」もその一つです。 最近の研究では、一つの「しるし」だけでなく、複数の情報を組み合わせることが大切だと考えられています。 原因となるたんぱく質やNfLなどを総合的に見ることで、より正確な体の状態を把握できるのです。 こうしたアプローチは、新しい治療薬の開発にもつながると期待されています。

脊髄小脳変性症の症状

脊髄小脳変性症の症状は、主に体の動きを調整する小脳や、脳からの命令を伝える神経に変化が起こることで現れます。 中心となるのは、体のバランスをうまく取れなくなる「運動失調」という状態です。

運動失調でみられる主な症状は、次のとおりです。

  • 歩行時のふらつき まっすぐ歩こうとしても、足元がおぼつかなくなり、よろけてしまうことがあります。転びやすくなるため、生活の中で注意が必要です。
  • 手の震え(振戦) お箸を使ったり、字を書いたりする細かい作業が難しくなります。コップを持とうとすると、手が震えてしまうこともあります。
  • ろれつが回らない(構音障害) 話したいのに口や舌が思い通りに動かず、言葉がはっきりしなくなります。ゆっくりとした、途切れ途切れの話し方になるのが特徴です。

これらの症状は、急に現れるのではなく、とてもゆっくりと進んでいきます。 多くの場合、物事を考えたり、記憶したりする力は保たれるため、周りの人とのコミュニケーションは十分に可能です。

また、脊髄小脳変性症は、原因によっていくつかの種類に分かれており、種類によって症状の現れ方が少し異なります。

主な病型

症状の主な特徴

マシャド・ジョセフ病(SCA3)

目が大きく見開いたように見える「びっくり眼」や、顔の筋肉がぴくつくことがあります。発症した年齢によって症状が異なります。

SCA6

ほとんどが小脳の症状による運動失調で、進行がとてもゆっくりなのが特徴です。

歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)

お子さんで発症するとてんかん、大人で発症すると意思とは無関係に体が動く舞踏運動などがみられます。

最近の研究では、症状がどのくらい進んでいるかを知るための研究が進んでいます。 特にマシャド・ジョセフ病(SCA3)では、血液検査で体の状態を知る「しるし(バイオマーカー)」を調べる試みが行われています。 神経の状態を反映する「神経フィラメント軽鎖(NfL)」などを調べることで、体の変化を客観的に捉えようとしているのです。 一つの情報だけでなく、複数の「しるし」を組み合わせることで、より正確な状態の把握に役立つと期待されています。

脊髄小脳変性症の検査・診断

脊髄小脳変性症の診断は、一つの検査だけで決まるものではありません。 問診や診察、画像検査など、いくつかの情報をパズルのように組み合わせ、慎重に判断していきます。

診断の基本的な流れは、以下のとおりです。

  1. 問診と診察 まず、患者さんから詳しいお話をお伺いします。 いつからどんな症状があるか、ご家族に同じような方がいるかなどを確認し、体のバランスや手足の動きを丁寧に診察します。
  2. 画像検査 頭のMRI検査で、脳、特に小脳や脳幹の形に変化がないかを調べます。 神経の細胞が少しずつ減って組織が小さくなる「萎縮」の有無を確認し、脳梗塞など他の病気の可能性がないかも見極めます。
  3. 遺伝子検査 症状や画像検査だけでは確定が難しい場合、血液を用いて体の設計図である遺伝子を調べます。 この検査により、どの種類の脊髄小脳変性症なのかを正確に診断することが可能になります。

さらに最近の研究では、診断をより確かなものにするための試みが進んでいます。 血液などに含まれる特定の物質を「体の状態を教えてくれる”しるし”(バイオマーカー)」として活用する研究です。 特に、マシャド・ジョセフ病(SCA3)では、以下の2つが注目されています。

  • 神経フィラメント軽鎖(NfL) 神経の細胞が傷つくと血液中に出てくる物質です。 病気の勢いや進行度を客観的に知る手がかりになります。
  • polyQ-ATXN3 病気の直接的な原因となる異常なたんぱく質です。

一つの情報だけでなく、これらの複数の”しるし”を総合的に評価することで、より正確に体の状態を把握できるようになると期待されています。

脊髄小脳変性症の治療

現在のところ、病気の進行を完全に止め、元に戻す治療法はまだありません。 そのため、今ある症状を和らげ、生活の質をできるだけ高く保つことが目標です。 治療は「お薬による症状の緩和」と「リハビリ」が中心となります。

症状を和らげる治療(対症療法)

患者さんがお困りの症状に合わせて、お薬を使い症状の軽減を目指します。 体の状態や症状の種類を見極め、一人ひとりに合ったお薬を選択します。

症状

治療法の一例

ふらつき、ろれつが回らない

(運動失調)

脳の神経の働きを助けるお薬(TRH製剤やタルチレリン水和物)が使われます。

めまい

症状に応じて、抗めまい薬などが処方されることがあります。

足のつっぱり

(痙縮)

筋肉の緊張を和らげるお薬(筋弛緩薬)などが使われます。

リハビリテーション

お薬での治療と並行して、体の機能を保つためのリハビリも非常に重要です。 バランス訓練や筋力トレーニングを行い、転倒しにくい体づくりを目指します。 最近では、ロボットスーツを使った歩行訓練が保険適用になるなど、新しい方法も出てきています。

新しい治療法への期待

世界中で、病気の進行を止める新しいお薬の研究開発が進められています。 その鍵となるのが、体の状態を教えてくれる「しるし(バイオマーカー)」です。 特に、以下の2つが治療薬開発の重要な手がかりになると注目されています。

  • 神経フィラメント軽鎖(NfL) 神経細胞が傷ついた時に血液中に出てくる物質です。 病気の勢いを客観的に知るための”しるし”になります。
  • polyQ-ATXN3 SCA3(マシャド・ジョセフ病)の原因となる異常なたんぱく質です。

最新の研究では、一つの”しるし”だけでなく、複数の情報を組み合わせることが大切だとわかってきました。 これらの情報を総合的に評価することで、より正確に体の状態を把握し、新しい治療薬の開発につなげようとしています。