急性散在性脳脊髄炎
かぜが治ったはずなのに、ひどい頭痛やふらつきが続く…。その症状、もしかしたら単なる体調不良ではなく、免疫システムが自分の脳や脊髄を誤って攻撃してしまう「急性散在性脳脊髄炎(ADEM)」のサインかもしれません。
ADEMは、ウイルス感染やワクチン接種の数週間後をきっかけに発症することが多く、年間10万人に0.8人と非常にまれな病気です。しかし、一度発症すると意識障害や手足の麻痺といった重い症状に急激につながる可能性があり、早期の対応が何よりも重要となります。
この記事では、急性散在性脳脊髄炎の詳しい原因や多彩な症状、そして最新の治療法について専門的な情報を分かりやすく解説します。ご自身や大切なご家族を守るため、この病気についての正しい知識を深めていきましょう。
急性散在性脳脊髄炎の概要
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)は、脳や脊髄に炎症が起こる病気です。 脳や脊髄は、体中に命令を送るための大切な神経が集まる場所です。
この病気では、神経を保護するカバー(ミエリン)が壊れてしまいます。 電線を覆うビニールが剝がれると電気がうまく伝わらないように、 神経のカバーが壊れると、脳からの命令がうまく伝わらなくなります。
本来、体をウイルスなどから守る「免疫」という仕組みがあります。 ADEMは、この免疫が何かのきっかけで勘違いを起こすことが原因です。 自分の体の一部である神経を、敵と間違えて攻撃してしまうのです。
この病気の主な特徴は、以下のとおりです。
- 発症のきっかけ ウイルス感染やワクチン接種の、 数日から数週間後に起こることが多いとされています。
- 発症のしかた 頭痛や発熱など、かぜに似た症状から始まることが多く、 神経の症状は数時間から数日で急に出てくるのが特徴です。
- 経過と頻度 多くは一度きりの発症で回復に向かいます。 日本の調査では、年間10万人に0.8人ほどが発症する珍しい病気です。
重症になると、けいれんや意識がもうろうとすることもあります。 そのため、早めに専門の医療機関で診断を受け、 適切な治療を始めることがとても大切です。
急性散在性脳脊髄炎の種類
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)は、何がきっかけで発症したかによって、 いくつかの種類に分けられます。 なぜ病気が始まったかを知ることは、診断やその後の治療方針を考える上で、 とても大切な手がかりになります。
- 感染がきっかけになるタイプ (感染後ADEM) ウイルスや細菌に感染した後に、体の免疫が勘違いして発症します。 かぜなどの症状が出てから、2日から15日ほどで急に神経の症状が出ます。 原因となりうる感染症には、以下のようなものがあります。 ・ウイルス:インフルエンザ、はしか、おたふくかぜ など ・細 菌:マイコプラズマ、レンサ球菌 など
- 予防接種がきっかけになるタイプ (予防接種後ADEM) 各種ワクチンを接種した後に発症するタイプです。 こちらも接種後2日から15日ほどで症状が現れることがあります。 日本脳炎やインフルエンザワクチンなどとの関連が報告されています。
- きっかけがはっきりしないタイプ (特発性ADEM) 「特発性(とくはつせい)」とは、原因が特定できないという意味です。 ウイルス感染やワクチン接種といった、 はっきりしたきっかけが見当たらない場合に、この診断名がつきます。
- 特に症状が重いタイプ (急性出血性白質脳症) ADEMの中でも非常にまれで、症状の進行がとても速い特別なタイプです。 脳の中で出血を伴うのが特徴で、特に注意深く治療を進める必要があります。
急性散在性脳脊髄炎の原因
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)は、体を守る「免疫」という仕組みが、 何かのきっかけで自分の体を誤って攻撃することで起こります。 これは自己免疫疾患と呼ばれる状態の一種です。
本来、免疫はウイルスや細菌などの外敵から体を守るためのものです。 しかしADEMでは、この免疫が脳や脊髄の神経を敵と勘違いし、 攻撃を仕掛けてしまうことで、炎症や神経のダメージが起こります。
なぜこのような免疫の勘違いが起こるのか、 その詳細なメカニズムはまだ研究の途中です。 現在では、主に2つの考え方が提唱されています。
- 病原体との見間違い (分子相同性:ぶんしそうどうせい) 体に入ってきたウイルスなどの一部が、 自分の神経細胞の成分と、とてもよく似ている場合があります。 すると免疫は、ウイルスを攻撃するつもりで、 形が似ている神経まで敵と見なして攻撃してしまいます。
- 隠れていた成分への攻撃 脳は「血液脳関門」という特別なバリアで厳重に守られています。 しかし感染症などによってこのバリアが一時的に弱まることがあります。 その結果、普段は免疫に触れない脳の成分が外に漏れ出し、 免疫がそれを異物と認識して攻撃を始めてしまうのです。
この免疫の誤作動を引き起こすきっかけとして、 以下のような感染症やワクチン接種が報告されています。 一般的に、これらのきっかけから2日から15日ほどで発症します。
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原因の種類 |
具体的な例 |
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ウイルス感染症 |
インフルエンザ、麻疹(はしか)、風疹、流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)、EBウイルスなど |
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細菌感染症など |
マイコプラズマ、クラミジア、レンサ球菌など |
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ワクチン接種 |
日本脳炎、インフルエンザ、狂犬病、麻疹(はしか)など |
ただし、先行する感染症やワクチン接種歴がはっきりしない、 「特発性」と呼ばれるケースも存在します。
急性散在性脳脊髄炎の症状
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)の症状は、突然現れるのが特徴です。 多くは、かぜなどの感染症やワクチン接種を経験した後、 2日から15日ほどで、数時間から数日のうちに急激に進行します。
はじめに、かぜとよく似た症状(前駆症状)が見られます。 そのため、この段階では病気に気づきにくいことも少なくありません。
- 発熱
- 38度以上の熱が出ることがあります。
- 頭痛
- ズキズキとしたり、頭が重く感じたりします。
- 体のだるさ
- 全身が重く、何もする気が起きないような倦怠感です。
- 筋肉の痛み
- 体の節々が痛むことがあります。
- 吐き気やおう吐
- 胃のむかつきや、実際に吐いてしまう症状です。
これらの初期症状に続いて、神経系のトラブルを示す症状が現れます。 脳や脊髄は体の司令塔であり、どの場所で炎症が起きるかによって、 現れる症状は一人ひとり異なり、非常に多彩です。
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炎症が起こる場所 |
主な症状の例 |
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大脳 |
・意識がぼんやりする、呼びかけへの反応が鈍い<br>・けいれん発作を起こす<br>・体の片側の手足が動かしにくい(片麻痺)<br>・言葉がうまく話せない、理解できない(失語) |
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脳幹 |
・ものが二重に見える(複視)<br>・視線が定まらない、目がうまく動かせない(眼球運動障害) |
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小脳 |
・体がふらつき、まっすぐ歩けない(運動失調)<br>・ろれつが回らず、話し方が不明瞭になる(構音障害) |
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脊髄 |
・両足や手足に力が入らない、動かせない<br>・しびれや、触られた感覚が鈍くなる<br>・尿意を感じにくい、おしっこが出せない(膀胱直腸障害) |
これらの症状は、一つだけ現れることもあれば、複数が同時に出ることもあります。 多くの場合、症状は一度きりで回復に向かいますが、 研究報告によると、1割ほどの方は3か月以上経ってから再発する可能性があります。
急性散在性脳脊髄炎の検査・診断
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)の診断は、一つの検査だけで決まるわけではありません。 医師は、患者さんのお話や体の状態、複数の検査結果をパズルのように組み合わせ、 慎重に診断を進めていきます。
診断のためには、主に次のような検査が行われます。
- 問診 どのような症状があるか、いつから始まったかなどを詳しくお聞きします。 数週間以内に、かぜなどの感染症にかかったか、 予防接種を受けたか、という情報は診断の重要な手がかりになります。
- MRI検査(脳と脊髄の画像を撮る検査) 磁気の力を使い、脳や脊髄の断面を撮影します。 ADEMでは、神経線維が集まる「白質(はくしつ)」を中心に、 輪郭がはっきりしない白い影が、脳のあちこちに散らばって見えるのが特徴です。
- 血液検査 体の中で強い炎症が起きていないかを確認します。 白血球の数や、炎症で増えるタンパク質(CRP)の値などを調べます。
- 髄液検査 脳や脊髄の炎症を直接調べるための、とても大切な検査です。 腰から細い針を刺し、脳と脊髄を満たしている「髄液」を少しだけ採取します。 ADEMでは、この髄液中の細胞の数やタンパク質の量が増えることが多く、 診断の有力な証拠となります。
似た病気との見分けが重要です
ADEMは、症状やMRIの画像が「多発性硬化症」などの他の病気と似ています。 しかし、治療法やその後の経過が大きく異なるため、 これらの病気と正確に見分けること(鑑別診断)が非常に重要です。
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項目 |
急性散在性脳脊髄炎(ADEM) |
多発性硬化症(MS) |
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発症 |
急に発症し、一度きりが多い |
症状を繰り返すことが多い |
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意識障害 |
見られることが多い |
比較的少ない |
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MRI所見 |
境界が不明瞭な病変が多発 |
境界が明瞭な病変が多発 |
これらの検査結果を総合的にみて、他の病気の可能性がないことを確認しながら、 専門の医師が最終的な診断を下します。
急性散在性脳脊髄炎の治療
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)の治療は、一刻も早く、 体内で起きている免疫の誤作動を止めることが目的です。 専門的な知識と安全管理が不可欠なため、入院して治療を進めます。
治療法はまだ完全に確立されていませんが、 まず中心となるのが「ステロイドパルス療法」です。
- ステロイドパルス療法 「ステロイド」は、体内の強い炎症を抑える働きを持つお薬です。 このお薬を、短期間に点滴で大量に投与する方法を、 「パルス(=衝撃)療法」と呼びます。 免疫の暴走を強力に食い止めるため、多くの場合は、 この治療が最初に選択されます。
このステロイドパルス療法で、十分な改善が見られない場合には、 次のような、より専門的な治療法を検討します。
- 血漿交換療法 血液を一度体の外に取り出し、特殊なフィルターを使って、 病気の原因と考えられる物質を取り除きます。 そして、きれいになった血液を体の中に戻す治療法です。
- 免疫グロブリン大量静脈療法 「免疫グロブリン」は、免疫の働きを調整する作用のあるお薬です。 このお薬を大量に点滴することで、 誤作動を起こした免疫のバランスを正常に戻すことを目指します。
これらの治療と同時に、患者さん一人ひとりの症状に合わせた、 「対症療法」も非常に重要です。 例えば、けいれんがあれば抗けいれん薬を使ったり、 呼吸が苦しければ人工呼吸器で呼吸を助けたりします。
この病気が疑われる場合は、すぐに専門の医療機関を受診し、 適切な診断と治療を始めることが何よりも大切です。













