急性化膿性乳腺炎

授乳中のつらい胸の痛みや突然の高熱。「ただの乳腺炎だろう」と我慢していませんか?その症状は、細菌感染で乳腺に膿がたまる「急性化膿性乳腺炎」かもしれません。統計では初産婦の発症率は経産婦の約2倍ともいわれ、初めての育児に奮闘するお母さんにとって、決して他人事ではないのです。

放置すると炎症が悪化するだけでなく、原因菌の種類によっては、命に関わる「連鎖球菌毒素性ショック症候群(STSS)」を引き起こす危険性も潜んでいます。なぜ症状が重症化するのか、その鍵は近年の研究でわかってきた細菌の「遺伝子」にあるかもしれません。

この記事では、急性化膿性乳腺炎の原因から段階別の症状、そして菌の性質に合わせた最新の治療法までを詳しく解説します。ご自身の状態を正しく理解し、適切な対処法を知るためにぜひお役立てください。

急性化膿性乳腺炎の概要

急性化膿性乳腺炎は、乳腺に細菌が入り、炎症が進んで膿(うみ)がたまってしまう病気です。 授乳期のお母さんに起こりやすく、「産褥期(さんじょくき)乳腺炎」とも呼ばれます。

特に、初めての出産を経験されたお母さんは、授乳に慣れていないこともあり、発症しやすい傾向があります。 統計によると、初産婦の方の発症率は2〜4%にのぼり、経産婦の方の約2倍とされています。

主な原因菌は黄色ブドウ球菌ですが、注意が必要なのは「化膿レンサ球菌」による乳腺炎です。 この菌は、まれに「連鎖球菌毒素性ショック症候群(STSS)」という、命に関わる重い状態を引き起こす可能性があります。

特に、お子さんが猩紅熱(しょうこうねつ)という病気にかかっている場合は注意が必要です。 猩紅熱は、化膿レンサ球菌が原因でのどの痛みや発疹が出る病気です。 授乳の際に、お子さんの口の中にいる菌が乳首の小さな傷から体の中に入り、感染することがあります。

項目

内容

かかりやすい人

授乳期のお母さん<br>(特に初めて出産された方)

かかりやすい時期

産後3~4週間ごろ

主な原因

・母乳が乳腺につまる<br>・乳首の傷から細菌が入る

主な原因菌

・黄色ブドウ球菌<br>・化膿レンサ球菌(重症化リスクあり)

ただの乳腺炎だと思わず、急な高熱や強い痛みが出た場合は、すぐに医療機関へ相談してください。

急性化膿性乳腺炎の種類

急性化膿性乳腺炎は、炎症の進み具合で3つの段階に分けられます。 段階が進むほど、症状は重くなり治療も大変になります。 ご自身の状態がどの段階にあるかを知ることが大切です。

  • 段階1:うっ滞性(うったいせい)乳腺炎 母乳が乳腺につまってしまう、いわば炎症の前段階です。 乳房の一部にしこりができ、軽い痛みや熱っぽさを感じます。 この段階で授乳や搾乳を工夫し、母乳の通りを良くすることが重要です。
  • 段階2:蜂窩織炎期(ほうかしきえんき) つまった母乳に細菌が感染し、炎症が乳房全体に広がった状態です。 乳房が赤く硬く腫れあがり、ズキズキとした強い痛みが出ます。 38度以上の高熱や悪寒など、体全体に症状が及ぶこともあります。
  • 段階3:膿瘍形成期(のうようけいせいき) 炎症がさらに進み、膿(うみ)がたまった袋(膿瘍)ができた状態です。 強い痛みや熱が続き、膿がたまった部分の皮膚はブヨブヨと軟らかくなります。 ここまで進行すると、膿を出すための処置が必要になる場合があります。

これらの炎症を悪化させる主な原因菌は、黄色ブドウ球菌です。 近年の研究では、この菌が持つ性質が重症度に関わることがわかっています。 菌の中には、病気を悪化させる毒素を作るものや、薬が効きにくい性質(薬剤耐性)を持つものがいます。

これらは菌が持つ「毒素遺伝子」や「耐性遺伝子」という設計図によるものです。 この遺伝子を持つ菌に感染すると、乳腺炎が重症化したり長引いたりします。 そのため、菌の性質を見極めることが、適切な治療への近道となるのです。

急性化膿性乳腺炎の原因

急性化膿性乳腺炎は、2つの主な原因が重なって起こります。 それは「母乳の渋滞」と「細菌の侵入」です。 出産後のお母さんの体は、誰にでも起こる可能性があります。

1. 母乳の渋滞(乳汁うっ滞)

乳汁うっ滞とは、作られた母乳が乳腺の中にたまる状態です。 渋滞した母乳は、細菌にとって栄養たっぷりの温床になります。 細菌がとても増えやすい環境を作ってしまうのです。

  • 母乳がたまる主なきっかけ
  • 授乳の間隔が空く お仕事や用事などで授乳の間隔が長くなってしまう。
  • 赤ちゃんが飲みきれない 母乳の量が多くて、赤ちゃんが全部飲みきれていない。
  • 乳房の圧迫 サイズの合わない下着などで乳房が締め付けられている。

2. 細菌の侵入

乳首にできた、目には見えないほどの小さな傷から細菌が入ります。 細菌が乳腺の組織に入ると、中で炎症を起こします。 原因となる細菌には、特に注意が必要なものがいます。

  • 主な原因菌
  • 黄色ブドウ球菌 最も多い原因菌です。実は私たちの皮膚にもいる身近な菌です。 菌の中には「毒素遺伝子」という、症状を悪化させる毒を作る設計図を持つものがいます。 このタイプの菌に感染すると、炎症がひどくなったり、治りにくくなったりします。
  • 化膿レンサ球菌 お子さんが猩紅熱(しょうこうねつ)という病気にかかっている場合は特に注意が必要です。 授乳の際、お子さんののどにいる菌が、お母さんの乳首の傷から体の中に入り感染します。 まれに「連鎖球菌毒素性ショック症候群(STSS)」という、命に関わる状態を引き起こすことがあります。

これらに加え、出産後の疲れや寝不足で体の抵抗力が落ちていると、普段なら問題にならない細菌にも感染しやすくなり、発症のリスクが高まります。

急性化膿性乳腺炎の症状

急性化膿性乳腺炎は、乳房のサインと全身のサインの両方で警告を出します。 「ただの張りかな?」と我慢せず、ご自身の体の変化を注意深く確認しましょう。

初期の症状は、乳房の「赤み」「腫れ」「熱っぽさ」「痛み」です。 進行すると、ズキズキと脈打つような強い痛みを感じるようになります。

炎症が強くなると、体は細菌と戦うために全身で反応し始めます。 悪寒や体の震え、38度以上の高熱など、インフルエンザに似た症状が出ます。

ご自身の状態を客観的に把握するために、以下のリストを確認してみてください。

  • 乳房の症状 □ 乳房の皮膚が赤くなっている □ 乳房全体が熱をもち、パンパンに腫れている □ 何もしていなくてもズキズキと痛む □ 触ると硬いしこりがある
  • 全身の症状 □ 寒気がして、ガタガタと体が震える □ 38度以上の高熱が出ている □ 体がだるくて動くのがつらい、食欲がない

症状の現れ方は、原因となる細菌の種類や性質によっても変わります。 例えば、最も多い原因菌である黄色ブドウ球菌の中には、「毒素遺伝子」という、病気を悪化させる設計図を持つものがいます。 このタイプの菌に感染すると、炎症がひどくなりやすいことがわかっています。

特に注意が必要なのは、化膿レンサ球菌が原因の場合です。 お子さんが猩紅熱(しょうこうねつ)にかかっている場合、授乳を通じて感染することがあります。 この菌は、まれに皮膚が壊死したり、命に関わる「連鎖球菌毒素性ショック症候群(STSS)」を引き起こす可能性があります。 このSTSSは致死率が約50%と非常に高く、迅速な対応が求められます。

乳房の強い痛みや高熱に加え、意識がもうろうとするなどの症状があれば、迷わず救急外来を受診してください。

急性化膿性乳腺炎の検査・診断

急性化膿性乳腺炎が疑われる場合、検査は欠かせません。 見た目や症状だけでは、乳房の中で何が起きているか正確にはわからないためです。 適切な治療法を選ぶため、以下の検査で原因を詳しく探ります。

まず、医師が症状や授乳の状況などを詳しくお聞きします。 その上で、乳房の赤みや腫れ、熱っぽさ、しこりの有無などを目で見て、手で触れて確認します(視診・触診)。

さらに詳しく調べるために、次のような検査を行います。

  • 血液検査 体の中で、細菌と体がどれくらい激しく戦っているか(炎症の強さ)を数字で確認します。 白血球の数やCRPという炎症反応の数値などを調べます。
  • 超音波(エコー)検査 乳房の内部を画像で詳しく見る、とても大切な検査です。 膿(うみ)の袋(膿瘍)ができていないかを確認します。 膿瘍がある場合、その大きさや場所を正確に把握できます。 この結果が、薬での治療か、膿を出す処置が必要かの判断材料になります。
  • 細菌培養検査・遺伝子検査 原因菌の種類を特定し、弱点を探るための検査です。 母乳や膿を少し採って、原因菌(主に黄色ブドウ球菌)を特定します。 どの抗菌薬(抗生物質)が効くかを調べることもできます。 近年の研究では、菌が持つ遺伝子を直接調べる技術が進んでいます。 PCR法などを用いて、菌が持つ「毒素遺伝子」や「薬剤耐性遺伝子」という、病気を悪化させる設計図の有無を調べることがあります。 この検査により、なぜ症状が重いのか、なぜ薬が効きにくいのかが判明します。 菌の性質を早期に見極めることで、一人ひとりに合わせた効果的な治療を早く始められるようになります。

これらの検査結果を総合的に判断し、あなたに最適な治療計画を立てていきます。

急性化膿性乳腺炎の治療

急性化膿性乳腺炎の治療は、時間との勝負です。 治療の柱は「悪い菌をやっつける」「たまった母乳を出す」の2つです。 炎症の進み具合によって、治療法は大きく変わります。

1. 膿がたまる前の段階:薬での治療

炎症がまだ初期で、膿がたまっていない場合は薬での治療が中心です。 しかし、ただ薬を飲むだけではありません。 効果的な治療のためには、原因菌の正体を見極めることが重要です。

  • 抗生物質(抗菌薬) 細菌の増殖を抑えるための薬です。 近年の研究で、原因となる黄色ブドウ球菌の中には、病気を悪化させる「毒素遺伝子」や、薬が効きにくくなる「耐性遺伝子」という設計図を持つものがいるとわかっています。 そのため、菌の種類や性質を調べ、その菌に最も効果的な薬を選ぶ「個別化治療」が、回復への近道となります。
  • 解熱鎮痛薬 高熱や、ズキズキとした強い痛みを和らげるために使います。 お母さんの体の負担を軽くし、休養しやすくする目的もあります。
  • 母乳の排出(排乳) 薬の治療と並行して、たまった母乳を外に出すことが非常に重要です。 授乳を続けたり、搾乳器を使ったりして、乳房を空に近づけます。

2. 膿がたまった後の段階:膿を出す処置

炎症が進み、乳房の中に膿の袋(膿瘍)ができてしまうと、薬だけでは治せません。 膿の袋は厚い壁で覆われており、薬の成分が中まで届きにくいためです。 この場合は、膿を直接外に出す外科的な処置が必要になります。

  • 切開排膿(せっかいはいのう) 超音波(エコー)検査で膿の場所を確認した後、皮膚を小さく切って、中にたまった膿をしっかりと排出する処置です。

炎症の段階

主な治療法

治療のポイント

膿がたまる前<br>(蜂窩織炎期)

・抗生物質<br>・解熱鎮痛薬<br>・母乳の排出

原因菌の性質に合わせた<br>「個別化治療」が重要

膿がたまった後<br>(膿瘍形成期)

・切開排膿

薬が届かない膿を<br>直接外に出す必要がある

乳房の痛みや高熱などのサインに気づいたら、決して自己判断せず、すぐに医療機関を受診してください。 早期の対応が、お母さんご自身の体と、大切な赤ちゃんとの生活を守ることにつながります。