多脾症候群

通常一つしかないはずの脾臓が複数に分かれていたり、心臓が体の真ん中に近い位置にあったりする。これは「多脾症候群」という、生まれつき体の“設計図”が通常と異なる、まれな病気で見られる特徴です。体のつくりが左右対称に近くなることで、様々な臓器に影響が及びます。

この病気は50%から90%という非常に高い確率で心臓の病気を伴い、患者さん一人ひとりで症状が全く異なるため、非常に複雑です。なぜこのようなことが起こるのか、原因は遺伝子の変化と考えられていますが、まだ多くの謎が残されています。

この記事では、多脾症候群の概要から原因、症状、そして最新の治療法まで、専門的な情報を分かりやすく解説していきます。ご自身やご家族の状況と照らし合わせながら、理解を深めていきましょう。

多脾症候群の概要

私たちの体は、心臓が少し左に、肝臓が右にあるなど、実は左右非対称にできています。この左右の違いは、臓器が正しく働くためにとても大切です。

多脾症候群(たひしょうこうぐん)は、生まれつき臓器の配置が通常と異なる「内臓錯位症候群」という、まれな病気の一つです。体のつくりが左右対称に近くなり、体の両側が「左側」のような特徴を持って生まれてくるのが特徴です。これを「左側相同(ひだりがわそうどう)」といいます。

多脾症候群の主な特徴は以下の通りです。

  • 脾臓(ひぞう)の数 通常は一つしかない脾臓が、複数に分かれて存在します。脾臓は血液をきれいにしたり、ばい菌と戦う大切な役割を担っています。
  • 心臓の病気を伴いやすい 50%から90%という高い確率で、生まれつき心臓に何らかの病気(先天性心疾患)を伴います。どのような心臓の病気を持つかで、その後の症状も変わります。
  • 複数の臓器に影響が出る 心臓だけでなく、他の多くの臓器に形や働きの異常が見られることがあります。そのため、命に関わるような深刻な状態になることも少なくありません。

この病気は非常に複雑で、患者さん一人ひとりの状態が大きく異なります。そのため、心臓の専門医だけでなく、さまざまな分野の専門家がチームを組んで協力し、最適な治療計画を立てることが非常に重要になります。

多脾症候群の種類

多脾症候群は、「〇〇型」というように明確に分類されていません。 しかし、体にどのような異常が、どの組み合わせで現れるかによって、いくつかのパターンに分けて考えます。

合併する異常は、大きく「心臓の異常」と「心臓以外の臓器の異常」の2つに分けられます。 これらの異常がどのように組み合わさるかは、患者さん一人ひとりで全く異なります。

合併する異常の例

異常がみられる場所

具体的な例

心臓

・心臓の部屋を分ける壁に穴が開いている

・血液の流れかたが通常とちがう

・脈のリズムが乱れる(不整脈)

心臓以外の臓器

・消化器:腸がねじれている、または正しい位置にない(腸回転異常)

・呼吸器:肺が十分に発達しない(肺低形成)

・その他:脾臓が複数に分かれている、肝臓が体の真ん中にある

このように、心臓の異常だけの方もいれば、お腹の腸の位置がずれる「腸回転異常」を合併する方もいます。 また、まれに肺が十分に育たない「肺低形成」という、呼吸器系の異常を伴うことも報告されています。 この肺低形成は、場合によっては大人になるまで診断されないケースもあります。

どの異常を合併するかで治療方針が大きく変わるため、体の状態を正確に把握することが非常に重要です。 そのため、お腹の中にいる赤ちゃんに行う超音波検査や、生まれてから行うCT検査などを組み合わせて、多角的に診断を進めていきます。

多脾症候群の原因

多脾症候群がなぜ起こるのか、その原因はまだ全てが解明されていません。 しかし、体の設計図である「遺伝子」の変化が関係していると考えられています。

お母さんのお腹の中で体が作られる最初の段階で、臓器の左右が決まります。 この精密なプロセスに何らかのトラブルが生じることが原因とされています。 この体の左右を決める仕組みには、多くの遺伝子が関わっています。

体の左右を決める主な遺伝子

  • 指令を出す役割の遺伝子 NODAL遺伝子やLEFTY遺伝子、ZIC3遺伝子などがあります。 これらの遺伝子は、細胞同士が情報をやり取りする際に重要な役割を果たします。
  • 指令を伝える役割の遺伝子 DNAH5遺伝子やDNAH11遺伝子などです。 細胞の表面にある「線毛」という、細かい毛の動きに関わっています。 この線毛の動きが、体の左右を決めるきっかけになると考えられています。
  • 内臓の配置に関わる遺伝子 MMP21遺伝子が知られています。 ある研究では、この遺伝子に変化がある患者さんのうち、94%が生まれつき心臓に病気を持っていたと報告されています。

このように、原因となりうる遺伝子は一つではなく、複数が複雑に関係します。 そのため、遺伝の仕方も様々で、原因を特定できないケースがほとんどです。

多脾症候群の症状

多脾症候群であらわれる症状は、生まれつきの体のつくり、特に心臓やほかの臓器の状態によって一人ひとり全く異なります。 はっきりとした症状が出る場合もあれば、ほとんど気づかれずに大人になってから判明するケースもあります。

主な症状は心臓から

多くの場合、症状は合併している心臓の病気(先天性心疾患)によって引き起こされます。 心臓から肺へ送られる血液の量がどうなっているかによって、あらわれる症状が変わってきます。

【肺への血流が多すぎる場合】

  • 呼吸が速い、息苦しそうにする 心臓に負担がかかり、肺に血液がたまりやすくなるためです。
  • ミルクやごはんをうまく飲めない、食べられない 呼吸が苦しいため、飲むことや食べることが大変になります。
  • 体重がなかなか増えない 心臓が常に頑張っている状態で、たくさんのエネルギーを使うためです。

【肺への血流が少なすぎる場合】

  • 皮膚や唇、爪が青紫色になる(チアノーゼ) 全身に酸素が足りない血液が巡ってしまうことが原因です。

【その他の心臓の症状】

  • 脈のリズムが乱れる(不整脈) 心臓を動かす電気信号の通り道に異常がある場合に起こります。

これらの症状は、心臓の部屋を分ける壁に穴があく「心房中隔欠損症」や「心室中隔欠損症」、肺へ血液を送る血管が狭くなる「肺動脈狭窄」など、様々な心臓の病気が原因となります。

心臓以外の症状

心臓だけでなく、ほかの臓器に異常が見られることもあります。

  • 呼吸器の異常 肺が十分に発達しない「肺低形成」という状態になることがあります。 まれな症状ですが、大人になるまで診断されないケースも報告されています。
  • お腹の臓器の異常 腸が正しい位置にない「腸回転異常」や、胆汁の流れが悪くなる「胆道閉鎖」などを合併することがあります。

これらの症状は、必ずしもすべての人にあらわれるわけではありません。 心臓の異常が軽い場合は、無症状のまま過ごせることもあります。 少しでも気になる症状があれば、専門の医療機関に相談することが非常に大切です。

多脾症候群の検査・診断

多脾症候群の診断は、体の内部のつくりを正確に知るために、いくつかの検査を組み合わせて慎重に行われます。 お母さんのお腹の中にいる時から、生まれてきた後まで、時期の異なる検査を組み合わせることで、より正確な診断につなげます。

生まれる前から始まる検査

お腹の中にいる赤ちゃんに行う超音波検査(エコー)で、心臓の異常などが疑われることがあります。 この出生前の超音波検査は、生まれてからの治療計画を立てる上で非常に重要です。

生まれた後に行う詳しい検査

生まれてからは、さらに詳しく体の状態を調べるために、以下のような画像検査を行います。 これらの検査は互いに補い合う関係にあり、多角的に体を調べるのに役立ちます。

  • 胸部エックス線検査(レントゲン) 心臓の大きさや形、肺に血液がたまっていないかなどを大まかに確認します。 ただし、肺が生まれつき小さい「肺低形成」などの異常は、この検査だけでは見落とされることもあるため、他の検査と合わせて判断することが重要です。
  • 心臓超音波検査(心エコー) 体に負担の少ない超音波を使い、心臓の動きや血液の流れをリアルタイムで詳しく観察します。 心臓の部屋の数や壁に穴がないかなど、細かく調べられる大切な検査です。
  • CT検査 体を輪切りにしたような精密な画像を撮影し、体の内部を立体的に調べます。 脾臓が複数あるか、血管の形、肺や気管支のつくりなどを正確に把握するのに非常に有効です。 出生前のエコー検査と、このCT検査を組み合わせることで、心臓以外の臓器の異常も詳しくわかり、より的確な診断と治療方針の決定に役立ちます。
  • 心臓カテーテル検査 足の付け根などから細い管(カテーテル)を血管に入れ、心臓まで進めます。 心臓の中の圧力や酸素の量を直接測るなど、他の検査では得られない重要な情報を得ることができます。

診断の確定

これらの検査結果をもとに、以下の項目を総合的に判断して診断を確定します。

確認する項目

具体的な内容の例

合併する病気

先天性の心臓の病気があるか

画像検査の所見

・複数の脾臓が確認できる

・下大静脈という太い血管がない

・気管支の形が左右対称になっている

このように、心臓に生まれつきの病気があり、さらに画像検査で多脾症候群に特徴的な所見が1つ以上見つかった場合に、診断が確定します。

多脾症候群の治療

多脾症候群という病気自体を、根本的になくしてしまう治療法は今のところありません。 しかし、合併している様々な病気や症状に対応し、元気に過ごせるようにするための治療法はあります。

治療の中心は、心臓の病気(先天性心疾患)に対するものです。 一人ひとりの心臓の状態に合わせて、お薬での治療や手術を行います。 手術は複数回にわたることもあり、血液の流れを整えるための特別な手術を目指す場合もあります。

多脾症候群の治療は、主に以下の3つの柱で進められます。

治療の柱

具体的な内容

合併症への治療

・心臓の病気に対する手術やお薬での治療

・脈の乱れ(不整脈)に対するペースメーカー治療

・腸がねじれる「腸回転異常」などの治療

感染症の予防

・肺炎などを防ぐためのワクチン接種

・感染症にかかった際の早めの抗菌薬(抗生物質)の使用

定期的な検査

・心臓超音波検査やCT検査などで、心臓や他の臓器の状態を定期的に確認

感染症から体を守る

多脾症候群の方は、ばい菌と戦う「脾臓」の働きが十分でないことがあります。 そのため、風邪などが重い病気につながりやすいため、肺炎などを防ぐためのワクチン接種が非常に重要です。

定期的な検査で体の変化を見守る

体の状態は時間とともに変化することがあるため、定期的な検査で体の状態をしっかり把握し続けることが大切です。 特にCT検査は、通常のレントゲン検査では見えにくい肺や血管のつくりを詳しく調べることができ、診断にとても役立ちます。

治療計画は、患者さん一人ひとりの状態によって大きく異なります。 お母さんのお腹の中にいる時の超音波検査と、生まれてからのCT検査を組み合わせることで、お互いの検査でわかることを補い合えます。 これにより、より正確な体の状態がわかり、最適な治療計画を立てるのに役立ちます。