嗅覚障害

「最近、食事の味がしない」「花の香りが楽しめない」と感じていませんか?その症状は、においを感じる力が弱まる「嗅覚障害」かもしれません。「たかがにおい」と軽く考えてしまいがちですが、実は生活の質を大きく左右する大切な感覚です。

嗅覚障害は、食事の楽しみを奪うだけでなく、ガス漏れや食品の腐敗といった命に関わる危険を察知できなくさせます。さらに、アルツハイマー型認知症の患者さまの約7割に、発症前から嗅覚の低下が見られるという研究報告もあり、重大な病気が隠れているサインの可能性も否定できません。

この記事では、嗅覚障害の様々な原因や種類、そして原因に応じた適切な治療法について詳しく解説します。ご自身の症状と照らし合わせ、不安を解消するための一歩としてお役立てください。

嗅覚障害の概要

料理の香りや花のにおいは、私たちの生活を豊かにします。 においは記憶や感情とも深く結びつく、大切な感覚の一つです。 この「においを感じる力」が弱まる状態を嗅覚障害といいます。

においの正体は、空気中を漂う目に見えない化学物質の粒です。 この粒が鼻の奥にある「嗅細胞(きゅうさいぼう)」に付着します。 そして、その情報が脳に伝わることで、においとして認識されます。 この一連の流れのどこかで問題が起こると、嗅覚障害は発症します。

嗅覚障害が起きると、生活にさまざまな影響をおよぼす可能性があります。

  • 食事の楽しみが減る 食べ物の風味の大部分は、実はにおいによって感じています。 そのため、においがわからないと、何を食べても味気なく感じます。
  • 危険を察知できなくなる ガス漏れや火事の煙、食品の腐敗などの危険なにおいに気づけません。 命に関わる事態につながる可能性があり、注意が必要です。

また、嗅覚の異常は、他の病気が隠れているサインかもしれません。 例えば、アルツハイマー型認知症などでは発症前から嗅覚の低下が見られます。 研究では、この病気の患者さまの約7割に嗅覚障害がみられるとされます。 「最近においが分かりにくい」と感じたら、軽く考えずにご相談ください。

嗅覚障害の種類

嗅覚障害とひとことで言っても、その種類はさまざまです。 症状の現れ方と、においが伝わる経路のどこに問題があるかによって分類されます。

まず、症状の現れ方によって大きく2つに分けられます。 病院を訪れる患者さまの多くは、量的嗅覚障害に当てはまります。

分類

症状の具体例

量的嗅覚障害

・においを感じる力が弱まる(嗅覚低下)<br>・においが全く分からなくなる(嗅覚脱失)

質的嗅覚障害

・本来とは違う変なにおいに感じる(異嗅症)<br>・何もないのににおいを感じる(自発性異嗅症)

質的嗅覚障害は、本来のにおいとは違う不快なにおいに感じたりします。 例えば、コーヒーの香りが焦げたにおいに感じるなどのケースです。 また、周りに何もないのに、自分だけがにおいを感じることもあります。

においが脳に伝わるまでの経路の、どこに問題があるかによっても分類されます。

  • 気導性(きどうせい)嗅覚障害 においの成分を含んだ空気が、鼻の奥のセンサー部分まで届かない状態です。 アレルギー性鼻炎や、鼻ポリープ(鼻茸)などが原因で空気の通り道がふさがれます。
  • 嗅神経性(きゅうしんけいせい)嗅覚障害 においを感じ取る神経そのものがダメージを受けた状態です。 風邪のウイルスによる影響や、頭を強く打つことなどが原因で起こります。
  • 中枢性(ちゅうすうせい)嗅覚障害 においの情報を分析・判断する脳に問題がある状態です。 頭のケガのほか、アルツハイマー病などの病気の初期症状として現れることもあります。

嗅覚障害の原因

嗅覚障害の原因は、実は一つではありません。 においの情報が鼻から脳へ伝わるまでの、どこかで問題が起きています。 原因は、障害が起きる場所によって大きく3つに分けられます。

原因の分類

どんな状態か

主な原因の例

気導性

においを含んだ空気が、<br>センサー部分まで届かない状態

・慢性副鼻腔炎(蓄膿症)<br>・アレルギー性鼻炎<br>・鼻ポリープ(鼻茸)

嗅神経性

においのセンサーである<br>「嗅神経」が傷ついている状態

・風邪やインフルエンザ<br>・新型コロナウイルス感染症<br>・頭のケガ

中枢性

においの情報を分析する<br>「脳」に問題がある状態

・脳のケガ(脳挫傷)<br>・アルツハイマー型認知症<br>・パーキンソン病

特に多いのは、鼻づまりなどで空気の通り道がふさがる「気導性」です。 慢性副鼻腔炎(蓄膿症)やアレルギー性鼻炎などがこれにあたります。 「たかが鼻づまり」と思わず、しっかり治療することが大切です。

次に多いのは、風邪のウイルスなどで神経が傷つく「嗅神経性」です。 実は、嗅覚障害の原因は年齢や性別によっても傾向が異なります。 高齢の男性は慢性副鼻腔炎、女性は風邪の後が最も多いとされます。

その他、転倒などで頭を強く打ち、神経や脳が傷つくことも原因です。 アルツハイマー型認知症などの病気の初期症状として現れることもあります。 原因を突き止めるため、気になる症状があれば早めにご相談ください。

嗅覚障害の症状

「においがしない」と一言でいっても、その症状は人それぞれです。 嗅覚障害の症状は、大きく2つのタイプに分けられます。 においを感じる力が弱まる「量的嗅覚障害」。 そして、においの感じ方が変わる「質的嗅覚障害」です。

量的嗅覚障害

病院を訪れる嗅覚障害の患者さまの多くが、このタイプにあたります。 においを感じる強さが、以前と比べて変わってしまう症状です。

  • 嗅覚低下 今まで当たり前に感じていた花の香りや料理のにおいが、弱く感じられます。
  • 嗅覚脱失 においを全く感じることができなくなってしまう状態です。

これらの症状があると、食事の風味がほとんど分からなくなります。 「何を食べても砂を噛んでいるようだ」と感じ、食事が楽しめなくなります。

質的嗅覚障害

こちらは、においの質、つまり「感じ方」に異常が出る症状です。 代表的なものに「異嗅症(いきゅうしょう)」があります。

症状の種類

具体的な症状の例

刺激性異嗅症

・本来のにおいとは違う、不快なにおいに感じる<br>(例:コーヒーが焦げ臭く、醤油が薬品臭く感じる)<br>・何をかいでも、同じ嫌なにおいに感じる

自発性異嗅症

・周りににおいの原因がないのに、自分だけがにおいを感じる<br>(例:誰もいない部屋で、生ゴミのようなにおいがする)

本来は良い香りのはずが、不快なにおいに感じられてしまう状態です。 また、自分にしか感じないにおいがあると、周りに理解されず悩む方もいます。

こうした嗅覚の異常は、生活の質を大きく下げるだけでなく危険も伴います。 ガス漏れや火事の煙、食べ物の腐敗といったにおいに気づきにくくなります。 少しでも「あれ?」と感じたら、放置せずに専門医にご相談ください。

嗅覚障害の検査・診断

においの感じ方におかしいな、と思うとき、病院ではいくつかの検査を行います。 まずはお話を詳しく聞く「問診」から始まり、原因を探っていきます。 患者さまの症状に合わせて、検査を組み合わせて診断の精度を高めます。

嗅覚の力を測る検査

実際にどのくらいにおいを感じる力があるのかを、客観的に調べます。 学校のテストのように、においを感じる能力を点数で評価する検査です。

  • 基準嗅力検査 5種類のにおいを使い、「におい当てクイズ」のような検査をします。 かすかなにおいを感じ取れるか、何のにおいか当てられるかを調べます。 嗅覚のパワーが、どのくらい残っているのかを正確に把握できます。
  • 静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト) 腕からビタミン剤の注射をして、においを感じる神経の働きを調べます。 注射をすると、鼻でかいでいないのに、鼻の奥で特有のにおいがします。 においを感じるまでの時間で、嗅覚の神経が元気かどうかを評価します。

原因を探すための検査

においの通り道や、脳に異常がないかを調べるために、以下の検査も行います。 嗅覚障害を引き起こしている根本的な原因を突き止めることが目的です。

  • 鼻腔内視鏡検査 鼻の穴から細いカメラを入れて、中の様子を直接観察する検査です。 においの通り道が、ポリープやアレルギーでふさがれていないか確認します。
  • 画像検査(CT・MRI) 体の内部を写真のように写し出し、鼻や脳の状態を詳しく見ます。 CT検査では、副鼻腔炎(蓄膿症)がないか主に骨や空洞を調べます。 MRI検査では、頭のケガや脳の病気が隠れていないか調べます。

これらの検査結果をパズルのように組み合わせ、原因を正確に診断します。 その上で、一人ひとりの状態に合わせた最適な治療法を決めていきます。

嗅覚障害の治療

嗅覚障害の治療は、原因を突き止めることから始まります。 原因によって治療法が全く違うため、正確な診断が回復への第一歩です。 治療は、原因となっている病気へのアプローチが基本となります。

にいの通り道に問題がある場合

アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎(蓄膿症)が原因のケースです。 この場合、においの成分を含んだ空気が、センサー部分まで届きません。 治療の目標は、空気の通り道を確保し、鼻の炎症を抑えることです。

ステロイドという種類の点鼻薬や、飲み薬での治療が中心となります。 お薬で改善しない場合や、鼻ポリープがある場合は手術も選択肢です。

にいの神経に問題がある場合

風邪のウイルスなどで、においを感じる神経が傷ついた状態です。 幸い、においの神経は再生する力を持っていることが分かっています。 傷ついた神経の回復を助けるビタミン剤や漢方薬などを使います。

神経の回復には時間がかかるため、根気強く治療を続けることが大切です。 また、以下で説明する「嗅覚刺激療法」というリハビリも行います。

治療法

内容

薬物療法

・ステロイド薬(鼻の炎症を抑える)<br>・ビタミン剤(神経の働きを助ける)<br>・漢方薬(体のバランスを整える)など

嗅覚刺激療法

・特定のにおいを毎日嗅ぐ「においのリハビリ」<br>・神経の再生を促す効果が期待できます<br>・副作用の心配が少ない安全な方法です

手術

・薬で治らない副鼻腔炎などで行います<br>・鼻の中の空気の通り道を物理的に広げます

治療期間には個人差があり、数ヶ月から年単位でかかることもあります。 諦めずに治療を続けることが、回復への一番の近道になります。 気になる症状があれば、自己判断せずに専門の医師へご相談ください。