乳腺炎

出産後の慌ただしい日々のなか、「おっぱいが痛い、熱っぽい」「なんだか風邪みたいにだるい…」そんなつらい症状に悩んでいませんか?その不調、実は「乳腺炎」かもしれません。授乳中の女性の最大33%、つまり約3人に1人が経験するともいわれるほど、決して珍しくないトラブルなのです。

しかし、乳腺炎は正しい知識を持って早めに対処すれば、きちんと改善できる病気です。この記事では、乳腺炎の意外な原因から、ご自宅ですぐに試せるケア、病院での専門的な治療法までを詳しく解説します。大切な赤ちゃんとの時間を笑顔で過ごすために、ぜひご自身の症状と照らし合わせてみてください。

乳腺炎の概要

乳腺炎(にゅうせんえん)とは、母乳をつくる「乳腺」という組織に、炎症がおこる病気です。 主に赤ちゃんに母乳をあげている授乳期間中にかかりやすく、特に出産後2〜3週間ごろに多くみられます。 その発生頻度は報告によって幅がありますが、2%〜33%程度とされており、決してまれな病気ではありません。

乳腺炎は、大きく次の2つの種類に分けられます。

  • うっ滞性(うったいせい)乳腺炎
  • 母乳が乳腺の中にたまってしまう(うっ滞する)ことが原因でおこる炎症です。
  • 化膿性(かのうせい)乳腺炎
  • うっ滞性乳腺炎に、細菌の感染が加わって炎症が悪化した状態を指します。

乳腺炎になると、しこりや痛み、赤みといった症状があらわれます。 私たち医師は、これらの症状の変化をみながら治療の効果を判断していきます。 特に「しこりの大きさ」「おっぱいの痛み」「母乳の出やすさ」は大切な判断材料となります。

しかし、これらの症状をどう評価するかは、まだ世界的に統一された基準がないのが現状です。 ある研究では、乳腺炎に関する85件の臨床試験を調べたところ、症状の評価方法が54種類も使われていたと報告されています。 例えば「しこりの大きさ」の測り方だけでも5種類、「おっぱいの痛み」の聞き方も4種類あったそうです。 そのため、ご自身の症状の変化をできるだけ具体的に医師に伝えることが、適切な治療につながるのです。

ほとんどの乳腺炎は急に発症しますが、まれに炎症が長引いて慢性化することもあります。 慢性化すると治りにくく、再発をくり返すこともあるため、早めに気づいて対応することが重要です。

乳腺炎の種類

「乳腺炎」といっても、原因や状態によっていくつかの種類に分けられます。 急に症状があらわれる「急性乳腺炎」と、症状が長引いたり繰り返したりする「慢性乳腺炎」の2つに大きく分類されます。

授乳中のお母さんに多い「急性乳腺炎」

赤ちゃんに母乳をあげている授乳期間中に、急に症状があらわれるタイプの乳腺炎です。

  • うっ滞性(うったいせい)乳腺炎
  • 母乳が乳腺の中にたまってしまう、「母乳の渋滞」が原因で起こる炎症です。
  • 母乳の通り道が十分に開いていなかったり、赤ちゃんが飲む量と作られる量のバランスが崩れたりすると、母乳がたまりやすくなります。
  • 化膿性(かのうせい)乳腺炎
  • 乳首の小さな傷などから、細菌が入り込んで感染することで起こる炎症です。
  • うっ滞性乳腺炎で母乳がたまっている状態は、細菌が繁殖しやすいため、悪化して化膿性乳腺炎になることも少なくありません。

授乳期以外でも起こることがある乳腺炎

まれですが、授乳をしていない方にも乳腺炎は起こります。症状が長引いたり、繰り返したりしやすいのが特徴です。

  • 乳輪下膿瘍(にゅうりんかのうよう)
  • 化膿性乳腺炎がさらに悪化して、乳輪のすぐ下にうみがたまってしまった状態です。
  • 喫煙をしていると起こりやすい、という関連も指摘されています。
  • 肉芽腫性(にくげしゅせい)乳腺炎
  • はっきりとした原因はわかっていない、乳腺にしこりができるまれなタイプの乳腺炎です。
  • しこりができるため、乳がんと間違えやすく、専門家によるしっかりとした診断が重要になります。

種類

主な原因

特徴

うっ滞性乳腺炎

母乳のうっ滞(渋滞)

授乳期に多い、おっぱいのしこりや痛み

化膿性乳腺炎

細菌の感染

強い痛みや赤み、高熱が出ることがある

乳輪下膿瘍

細菌感染の悪化

乳輪の下にうみがたまる、喫煙との関連も

肉芽腫性乳腺炎

不明

しこりができる、授乳期以外にも起こる

乳腺炎の原因

乳腺炎がおこる主な原因は、大きく分けて2つあります。 それは「母乳の渋滞」と「バイ菌の侵入」です。 多くの場合、これらがお互いに関係しあって発症します。

1. 母乳の渋滞(うっ滞)

母乳がうまく外に出られず、おっぱいの中にたまってしまう状態を「うっ滞」といいます。 いわば、母乳が「渋滞」をおこしている状態です。

たまってしまった母乳は、バイ菌にとって栄養たっぷりのごちそうになります。 そのため、バイ菌が繁殖しやすい環境ができあがってしまうのです。 母乳の渋滞がおこるのには、次のような理由が考えられます。

  • 授乳のしかたの問題
  • 授乳の間隔が空きすぎたり、授乳時間が短かったりする。
  • 赤ちゃんがうまく母乳を吸えていない。
  • 急に授乳をやめてしまう。
  • おっぱいへの圧迫
  • サイズの合わないきつい下着をつけている。
  • 車のシートベルトなどで胸が締め付けられる。
  • 母乳の出口のトラブル
  • 乳首の先にできる白い点(白斑)などで、母乳の出口がふさがれる。
  • お母さんの体調
  • 育児による疲れやストレスがたまっている。
  • 十分な睡眠がとれていない。

2. バイ菌の侵入(細菌感染)

もう一つの大きな原因は、乳首にできた小さなキズからバイ菌が入り込むことです。 原因になりやすいのは、私たちの皮膚にもともといる黄色ブドウ球菌などです。

赤ちゃんにおっぱいを吸われることで、乳首には目に見えないキズがつきやすくなります。 そのキズからバイ菌が入り込んで感染をおこすのです。

近年の研究では、お産の時に予防として抗生物質(バイ菌を倒す薬)を飲むと、乳腺炎をはじめとする産後の感染症が減ることが報告されています。 このことからも、バイ菌の感染が乳腺炎のとても重要な引き金になることがわかります。

また、出産後はホルモンバランスが大きく変わり、体の抵抗力が落ちやすくなります。 疲れやストレスに、体の変化が加わることで、さらに炎症がおこりやすい状態になるのです。 このように、いくつかの原因が重なって乳腺炎は引きおこされます。

乳腺炎の症状

乳腺炎になると、おっぱいの変化だけでなく、まるで風邪をひいたときのような症状が体全体に出ることがあります。 症状の現れ方は人それぞれですが、早めに気づくことがとても大切です。 どんなサインがあるのか、一緒に確認してみましょう。

おっぱいに現れるサイン【チェックリスト】

まず、おっぱいに直接現れる変化です。 一つでも当てはまるものがないか、チェックしてみてください。

  • しこり
  • おっぱいの一部が、まわりより硬くコリコリと触れます。
  • 痛み
  • 触ると痛かったり、何もしなくてもズキズキ痛んだりします。
  • 張りや腫れ
  • おっぱい全体、または一部がパンパンに張って腫れます。
  • 赤み
  • おっぱいの皮膚が赤くなります。
  • 熱っぽさ(熱感)
  • 赤くなっている部分が、他の部分より熱く感じられます。

私たち医師が治療の効果を判断するとき、特に「しこりの大きさ」や「おっぱいの痛み」、「母乳の出やすさ」を重視します。 ある研究では、乳腺炎の治療効果を調べる85件の研究で、症状の評価方法が54種類も使われていたと報告されています。 これは、まだ世界で統一された基準がないことを意味します。 そのため、ご自身の症状をできるだけ具体的に伝えていただくことが、適切な治療への近道になるのです。

からだ全体に現れるサイン

乳腺炎が悪化してバイ菌の感染がひどくなると、次のような全身の症状が出ることがあります。 おっぱいの症状と合わせて注意しましょう。

  • 38℃以上の高熱
  • ゾクゾクする寒気や体のふるえ
  • インフルエンザのような関節の痛みや筋肉痛
  • 強いだるさ(倦怠感)

「なんだか風邪っぽいな」と感じていても、実はおっぱいが原因ということも少なくありません。 おっぱいの痛みやしこりと一緒に高熱が出た場合は、すぐに医療機関へ相談してください。

乳腺炎の検査・診断

「乳腺炎かもしれない」と感じたとき、どんな検査をするのか不安になりますよね。 お医者さんが乳腺炎をどうやって診断するのか、その流れを一緒に見ていきましょう。

1.お話を聞いて、おっぱいを診る

まず基本となるのは、お話を聞くこと(問診)と、おっぱいを直接みること(診察)です。 患者さんから教えてもらう情報が、診断のための最も大切な手がかりになります。

<お医者さんがよく聞くことリスト>

  • いつからどんな症状がありますか?
  • おっぱいのしこり、痛み、赤みはありますか?
  • 熱や、インフルエンザのような関節の痛みはありますか?
  • 授乳の回数や赤ちゃんの飲み方に変化はありますか?
  • 乳首にキズや白い点はできていませんか?

診察では、おっぱいの状態をやさしく触って確認します。 実は、しこりの大きさや痛みの程度をどう評価するかは、まだ世界で統一されたルールがありません。 ある研究では、乳腺炎の症状を調べる方法が54種類も使われていたと報告されています。 だからこそ、ご自身の症状をできるだけ具体的に伝えていただくことがとても重要になるのです。

2.必要に応じて、くわしく調べる検査

問診と診察だけでは判断が難しい場合や、重症化が疑われるときには、次のような検査を追加します。

検査の種類

何を調べるか

血液検査

体の中で炎症がどれくらい起きているか(白血球の数やCRPという数値)を確認します。

超音波(エコー)検査

おっぱいの中にうみの袋(膿瘍)ができていないか、しこりの状態などを画像でくわしく観察します。

これらの診察や検査の結果を総合的にみて、乳腺炎かどうかを判断します。 そして、うっ滞性なのか、化膿性なのかといった種類を見きわめ、一人ひとりに合った治療方針を決めていきます。

乳腺炎の治療

乳腺炎の治療は、状態によって方法が異なります。 母乳がたまっているだけの段階なのか、細菌が感染しているかで治療法は変わります。 ご自身の状態に合わせた、適切な対応を行うことが大切です。

治療は、ご自宅でできるケアと、病院で行う治療に大きく分けられます。

おっぱいの状態

主な治療法

初期(母乳の渋滞だけ)

・体を休める、水分をたくさん摂る

・母乳をしっかり出す(授乳、搾乳)

・おっぱいを冷やす

・痛みを和らげる薬を使う

悪化してきた(バイ菌感染の疑い)

・バイ菌をやっつける薬(抗生物質)を飲む

重症(うみがたまった状態)

・皮膚を少し切って、うみを出す処置をする

まずはおうちで試せること

おっぱいのしこりや軽い痛みなど、初期の症状であれば、次のケアを試してみましょう。

  • 体を休めて水分を摂る
  • まずは体をゆっくり休めましょう。
  • 水分をいつもより多めに摂ることも大切です。
  • 母乳をしっかり出す
  • 赤ちゃんにたくさんおっぱいを吸ってもらいましょう。
  • たまった母乳を出すことが、一番重要な治療になります。
  • おっぱいを冷やす
  • 痛みや熱を持っている部分を冷たいタオルで冷やすと、症状が楽になることがあります。
  • 痛みを和らげる薬を使う
  • 痛みや熱がつらいときは、市販の解熱鎮痛薬(アセトアミノフェンなど)も使えます。

私たち医師が治療の効果を判断するとき、「しこりの大きさ」や「おっぱいの痛み」の変化に注目します。 ご自身でもケアをしながら、これらの症状がどう変わるか観察することが大切です。

病院での専門的な治療

おうちでのケアで良くならない場合や、次の症状があるときは、早めに病院を受診してください。

  • 38℃以上の高い熱
  • インフルエンザのような体の痛みや寒気
  • おっぱいの強い痛みや赤み

病院では、バイ菌の感染(化膿性乳腺炎)を考え、専門的な治療を行います。

  • 抗生物質(バイ菌をやっつける薬)
  • バイ菌が原因の場合、そのバイ菌に効く抗生物質を飲みます。
  • ある研究では、お産の時に予防として抗生物質を飲むと、乳腺炎になる人が減ったと報告されています。
  • 膿を出す処置(切開排膿)
  • 炎症が悪化し、おっぱいの中にうみの袋ができてしまった場合は、皮膚を少し切ってうみを出す処置が必要です。

また、過去に胸を大きくする手術(豊胸術)を受けた方は、乳腺炎のリスクとの関連が指摘されています。 診察の際には、必ず医師に伝えるようにしてください。