下垂体神経内分泌腫瘍

原因不明の頭痛や視力低下、あるいは月経不順や体型の変化。「年のせいかな?」と見過ごしているその不調、もしかしたら脳の司令塔「下垂体」からのSOSサインかもしれません。ここにできる「下垂体神経内分泌腫瘍」は、以前「下垂体腺腫」と呼ばれ、2022年に名称が変わったばかりの腫瘍です。

多くは良性ですが、ホルモンバランスを崩して体に思わぬ異変を起こしたり、視神経を圧迫して視野を狭めたりと、生活の質を大きく左右することがあります。この記事では、一人ひとり症状が異なるこの腫瘍の正体から最新の治療法までを詳しく解説します。あなたの不安を解消し、適切な一歩を踏み出すための知識をお伝えします。

下垂体神経内分泌腫瘍の概要

脳の真ん中には「下垂体」という、体の調子を整える司令塔があります。 ここにできる腫瘍が、下垂体神経内分泌腫瘍です。 以前は「下垂体腺腫」と呼ばれていましたが、2022年に名称が変わりました。

この腫瘍のほとんどは良性で、すぐに命に関わることはまれです。 しかし、腫瘍ができると、体に2つの問題が起こることがあります。

  • 周りの組織への圧迫 腫瘍が大きくなると、近くにある視神経などを押しつぶします。 その結果、視力が落ちたり、物が見える範囲が狭くなったりします。
  • ホルモンバランスの乱れ ホルモンを作りすぎる、あるいは作れなくなることがあります。 これにより、全身にさまざまな症状が現れます。

この腫瘍は、一人ひとり顔が違うように、性質も非常に多様です。 そのため、今後の経過を正確に予測することは簡単ではありません。 研究でも、腫瘍のタイプを見分けるための特定の目印はまだ確立されていません。 だからこそ、治療方針を決める際には、血液検査でホルモンの値を詳しく調べたり、腫瘍のタイプを顕微鏡で細かく分類したりすることが非常に重要になります。

下垂体神経内分泌腫瘍の種類

下垂体神経内分泌腫瘍は、いくつかの種類に分けられます。 どのタイプかによって症状や治療法が大きく変わるため、 この分類は、治療方針を決めるための大切な第一歩です。

主に、ホルモンを過剰に作る「機能性腫瘍」と、 ホルモンを作らない「非機能性腫瘍」の2つに大別されます。

ホルモンを過剰に作る「機能性腫瘍」

特定のホルモンを、体が求めていないのに作りすぎてしまう腫瘍です。 どのホルモンを作るかによって、体に現れるサインが異なります。

  • プロラクチン(PRL)産生腫瘍 最も多く見られるタイプです。 母乳の分泌を促すホルモンを過剰に作ります。 女性では月経不順、男性では性欲の低下などが起こります。
  • 成長ホルモン(GH)産生腫瘍 体の成長を促すホルモンを過剰に作ります。 大人では手足やあご、額などが大きくなる先端巨大症という病気になります。
  • 副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生腫瘍 ストレスから体を守るホルモンの分泌を過剰に促します。 顔が満月のように丸くなる、お腹に脂肪がつくなどの症状が出ます。

特に、プロラクチンや成長ホルモンを作る腫瘍は性質が多様です。 そのため、血液検査でホルモンの値を詳しく調べることが、 今後の経過を予測するために非常に重要になります。

ホルモンを作らない「非機能性腫瘍」

ホルモンは作りませんが、腫瘍そのものが大きくなることで問題を起こします。 腫瘍が大きくなると、近くにある視神経などを圧迫してしまいます。 その結果、視野が狭くなる、視力が落ちるなどの症状が現れます。

腫瘍の性質による分類

ほとんどの腫瘍は、ゆっくりと大きくなる良性のものです。 しかし、まれに増殖が速く、治療が効きにくい「攻撃性」と呼ばれる、 悪性の性質を持つタイプも存在します。 近年の研究では、なぜ腫瘍が攻撃的になるのか、 その原因となる遺伝子や分子の働きが解明されつつあります。 その原因を直接狙う「標的療法」という新しい治療法の開発も進んでいます。

下垂体神経内分泌腫瘍の原因

下垂体神経内分泌腫瘍ができる原因は、まだはっきりとはわかっていません。 「生活習慣が悪かったのでは?」とご自身を責めたり、 「親から子へ遺伝するのでは?」と心配になったりするかもしれません。 しかし、特定の生活習慣や一般的な遺伝が原因ではないと考えられています。

では、なぜ腫瘍ができるのでしょうか。 近年の分子生物学の進歩により、その仕組みが少しずつ解明されてきました。 (※分子生物学:細胞の中にある、目に見えない小さな部品の働きを調べる学問) 私たちの体の設計図である「遺伝子」に、何らかの傷がつくことが、 腫瘍が発生する最初のきっかけになると考えられています。

しかし、原因は遺伝子の傷だけではありません。 特に、進行が速い「攻撃性」と呼ばれるタイプの腫瘍については、 さまざまな角度から研究が進められています。

  • 細胞内の情報伝達の乱れ 細胞に「増えなさい」「止まりなさい」と命令を伝える仕組みの異常です。 この命令がうまく伝わらないと、細胞が勝手に増え続けます。
  • 腫瘍をとりまく環境の変化 腫瘍の周りにある細胞や物質が、腫瘍の成長を助けてしまう状態です。 腫瘍を育てる「土壌」ができてしまうことに関係します。

こうした腫瘍の弱点を見つけ出し、そこだけを狙い撃ちする。 これが「標的療法」と呼ばれる新しい治療法の考え方です。 一人ひとりの腫瘍の性質に合わせた「精密医療」の実現に向け、 現在も世界中で研究が続けられています。

下垂体神経内分泌腫瘍の症状

下垂体神経内分泌腫瘍の症状は、大きく2つの原因から現れます。 1つは、腫瘍が大きくなって周りを圧迫することによる症状です。 もう1つは、ホルモンのバランスが崩れることによる症状です。

腫瘍が大きくなることで起こる症状

腫瘍が大きくなると、すぐ近くにある視神経などを押しつぶします。 これにより、次のような「圧迫症状」が現れることがあります。 特に、腫瘍が周りの組織にくい込む「浸潤性」という性質を持つと、 これらの症状がより強く、そして早く現れる傾向があります。

  • 目の症状 視力が落ちる、物が二重に見える、見える範囲が狭くなるなどです。 特に、両方の目の外側から徐々に見えなくなるのが特徴的です。
  • 頭痛 腫瘍が大きくなることで、脳を包む膜が引っ張られて起こります。 これまで経験したことのないような、しつこい頭痛を感じることがあります。

ホルモンの異常による症状

ホルモンは、体の調子を整える大切な物質です。 この腫瘍によってホルモンが過剰に作られたり、逆に不足したりします。 その結果、全身にさまざまな症状が現れます。 特に、成長ホルモンやプロラクチンを作る腫瘍は性質が非常に多様です。 そのため、症状の現れ方や病気の進み方も一人ひとり異なります。

過剰になるホルモン

主な症状

プロラクチン

女性:月経不順、不妊、母乳が出る<br>男性:性欲の低下、勃起障害(ED)

成長ホルモン

大人:手足やあごが大きくなる(先端巨大症)、高血圧<br>子ども:身長が異常に伸びる(巨人症)

副腎皮質刺激ホルモン

顔が満月のように丸くなる、お腹に脂肪がつく、にきび

一方で、腫瘍が正常な下垂体を圧迫することもあります。 すると、必要なホルモンが作られなくなり、ホルモンが不足します。 その場合は、ひどい疲れやすさや意欲の低下といった症状が見られます。

これらの症状は、ゆっくりと進むことが多く、気づきにくいです。 気になる症状があれば、専門の医療機関に相談することが大切です。

下垂体神経内分泌腫瘍の検査・診断

下垂体神経内分泌腫瘍が疑われる場合、検査で敵の正体を暴きます。 腫瘍の場所、大きさ、性格を正確に知ることが治療の第一歩です。 主に3つの検査を組み合わせて、慎重に診断を進めていきます。

  • 画像検査 脳の中を詳しく見るための検査です。
  • 血液検査 ホルモンのバランスを調べる検査です。
  • 眼科的検査 視力や見える範囲に影響がないかを確認します。

画像検査(MRI・CTなど)

脳の中を見るために、特にMRIという機械を使った検査が中心です。 MRIは、腫瘍がどこにあり、どのくらいの大きさなのかを映し出します。 周りの組織、特に視神経を圧迫していないかも詳しく確認できます。

このMRIで撮影した精密な画像は、診断のためだけではありません。 手術をより安全に行うための「手術用の地図」としても活躍します。 これはニューロナビゲーションと呼ばれ、手術の精度を高めてくれます。 研究でも、この技術が腫瘍を全部取り除く確率を高め、 合併症を減らす可能性があると報告されています。

血液検査(内分泌学的検査)

血液中のホルモンの量を測り、体の調子を調べる大切な検査です。 この検査で、腫瘍がホルモンを過剰に作っているかが分かります。 どの種類のホルモンを作っているかも、ここで特定することができます。

特に、プロラクチンや成長ホルモンを作る腫瘍の場合、 手術前のホルモンの値は、治療後の経過を予測するヒントになります。 そのため、手術前からホルモンの値を詳しく調べることが重要です。 研究でも、こうした情報が予後予測に役立つと示されています。

眼科的検査

下垂体は、物を見るために大切な視神経のすぐ近くにあります。 そのため、腫瘍が大きくなって視神経を圧迫することがあります。 視力や視野(見える範囲)に異常がないか、眼科で詳しく調べます。

これらの検査結果を総合的に判断して、診断を確定させます。 さらに手術で腫瘍を取り出した場合、最終確認の検査を行います。 取り出した腫瘍を顕微鏡で詳しく調べる「病理検査」です。 この検査で、腫瘍の正確なタイプや今後の見通しが分かります。

下垂体神経内分泌腫瘍の治療

下垂体神経内分泌腫瘍の治療法は、一つではありません。 腫瘍の種類や大きさ、症状、患者さんの状態を総合的に判断し、 最適な治療計画を立てます。主な治療の柱は、次の3つです。

  • 手術療法 腫瘍を直接取り除く方法です。
  • 薬物療法 薬の力で腫瘍の活動を抑えます。
  • 放射線治療 放射線で腫瘍が大きくなるのを防ぎます。

手術療法

多くの腫瘍で、まず検討される基本的な治療法です。 特に、ホルモンを出さない腫瘍や一部の機能性腫瘍では、 手術で腫瘍を取り除くことが第一の選択肢になります。 手術は主に、鼻の穴から内視鏡という細いカメラを入れて行います。

近年、手術の精度と安全性を高める技術が活用されています。 「ニューロナビゲーション」という、いわば手術用のカーナビです。 手術前に撮影したMRI画像を基に、腫瘍の正確な位置を案内します。 この技術により、腫瘍を全て取り除ける可能性が高まります。 手術後の合併症が減るという研究結果も報告されています。

薬物療法

プロラクチンというホルモンを作る腫瘍には、薬物療法が有効です。 このタイプの腫瘍では、薬による治療が第一の選択肢となります。 また、手術で腫瘍を取りきれなかった場合にも薬の力を借ります。

中には、従来の治療が効きにくい「攻撃的」な腫瘍もあります。 このような腫瘍に対しては、その弱点を狙う研究が進んでいます。 これは「分子標的薬」と呼ばれ、精密医療への応用が期待されます。 (※精密医療:一人ひとりの体質や病気の状態に合わせた治療) ただし、まだ研究段階にある治療法です。

放射線治療

手術で腫瘍が残ってしまった場合や、薬の効果が不十分な場合。 また、腫瘍が再発した時などに、放射線治療が検討されます。 腫瘍に放射線を当てることで、増殖を抑える効果が期待できます。

どの治療法を選択するかは、専門の医師と十分に相談して、 納得のいく形で決めていくことが何よりも大切です。