ハンチントン病

自分の意思とは関係なく、体がまるで踊るように動いてしまう──。そんな不思議な症状から始まる「ハンチントン病」をご存知でしょうか。日本では10万人に約0.7人と非常にまれな病気ですが、脳の神経が少しずつ変化することで、体の動きだけでなく、心や思考といった幅広い領域に影響を及ぼします。

この病気の大きな特徴は、親から子へ50%の確率で受け継がれる遺伝性の疾患であることです。そのため、ご本人やご家族にとっては、将来や人生設計に関わる大きな課題となることも少なくありません。現在、病気の進行を止める根本的な治療法はまだ確立されていません。

この記事では、ハンチントン病とはどのような病気なのか、その原因から多様な症状、そして現在行われている治療法までを詳しく解説します。ご自身や大切な人のために、まずは正しい知識を深めていきましょう。

ハンチントン病の概要

ハンチントン病は、遺伝が関係する神経の病気です。 脳の特定の場所にある神経細胞が、時間とともに少しずつ変化していくことで、さまざまな症状があらわれます。

主な症状は、大きく3つのタイプに分けられます。

  • 体の動きの問題 自分の意思とは関係なく手足や顔が動いてしまう、「舞踏運動(ぶとううんどう)」が特徴的です。
  • 精神的な変化 気分の落ち込みやイライラしやすくなるなど、心の状態に変化が見られることがあります。
  • 認知機能の変化 物事を順序立てて考えることや、計画を立てて実行することが難しくなります。

この病気はゆっくりと進行するため、今のところ病気の進行を完全に止める根本的な治療法はありません。 そのため、あらわれている症状を和らげながら、患者さんが自分らしく穏やかな毎日を送れるようにすることが大切です。 多くの研究でも、気分の落ち込みや身体的なつらさが「生活の質」に大きく影響することがわかっています。

日本では10万人に約0.7人と、欧米に比べて非常にまれな病気です。 以前は特徴的な動きから「ハンチントン舞踏病」と呼ばれていました。 しかし、体の動きだけでなく心や考え方にも症状があらわれることから、現在では「ハンチントン病」と呼ばれています。

ハンチントン病の種類

ハンチントン病は、症状があらわれ始める年齢によって、主に2つのタイプに分けられます。

  • 成人型ハンチントン病
  • 若年型ハンチントン病

この2つのタイプでは、症状の出方や病気の進み方が異なります。 そのため、ご本人やご家族が感じる生活の難しさも変わってきます。 多くの研究で、症状の経過によって「生活の質」が変化することがわかっています。 どの時期に発症するかで、必要なサポートも大きく異なるのです。

成人型ハンチントン病

ハンチントン病の多くがこのタイプで、主に30代から40代で症状が出始めます。 特徴的な症状として、自分の意思とは関係なく手足や顔が動いてしまう「舞踏運動」がみられます。 また、性格が変わったり、物事を計画して実行する力が落ちたりすることもあります。

若年型ハンチントン病

20歳以下で発症するタイプを若年型ハンチントン病と呼びます。 成人型よりも症状がさまざまで、体の動きの問題より先に、心の問題や学習能力の低下が目立つことが多いのが特徴です。

若年型は、発症した年齢によって症状の傾向が少し異なります。

発症年齢

主な症状の特徴

10代で発症

成人型と似た症状があらわれることがあります。

幼児期に発症

舞踏運動はあまり見られません。

体の動きがゆっくりになったり、筋肉がかたくなったりすることがあります。

症状の進み方がとても速い場合も少なくありません。

このように、発症する年齢によって症状はさまざまです。 そのため、一人ひとりの状態に合わせた丁寧な対応が大切になります。

ハンチントン病の原因

ハンチントン病は、私たちの体を作る設計図である「遺伝子」の変化が原因で起こります。 具体的には、第4染色体という場所にある「ハンチンチン遺伝子」に問題が生じます。

この遺伝子には「CAG」という3つの文字の並びが、何度も繰り返される部分があります。 ハンチントン病の患者さんでは、このCAGの繰り返し回数が通常より多くなっています。

CAGの繰り返し回数

健康な方

26回以下

ハンチントン病の方

36回以上

このCAGの繰り返しが異常に長くなると、作られる「ハンチンチンたんぱく質」の形が変わります。 形が変わったたんぱく質は、脳の神経細胞を傷つけてしまうと考えられています。 これが、ハンチントン病のさまざまな症状を引き起こす根本的な原因です。

この病気は「常染色体顕性遺伝(優性遺伝)」という形式で、親から子へ伝わります。 ご両親のどちらかがハンチントン病の場合、お子さん一人ひとりに対し、50%の確率で原因となる遺伝子が受け継がれる可能性があります。

そのため、ご自身の遺伝情報がお子さんに影響する可能性について、深く悩まれる方も少なくありません。 ある研究レビューでも、子どもを持つかどうかという決断は、非常に複雑で感情的に難しいプロセスであることが示されています。 将来や家族のことなど多くの要因が絡み合い、精神的にも大きな課題となるのです。

ハンチントン病の症状

ハンチントン病の症状は、人によってさまざまです。 「体の動き」「心」「考え方」の3つの面に変化があらわれ、ゆっくりと時間をかけて進んでいきます。

1. 体の動きにあらわれる症状(運動症状)

はじめは、手先の細かい動きが難しくなることが多いです。 お箸がうまく使えなかったり、字が書きにくくなったりすることから、ご自身やご家族が気づくこともあります。

この病気の代表的な症状が「舞踏運動(ぶとううんどう)」です。 自分の意思とは関係なく、体が勝手に動いてしまう症状で、まるで踊っているように見えることからこう呼ばれます。

【舞踏運動の具体例】

  • 手や指がくねくねと動く
  • 顔をしかめる
  • 肩をすくめる
  • 舌を鳴らす

なぜこのような動きが起こるかというと、脳から筋肉への命令がスムーズに伝わらなくなるためです。 神経の働きを調べる研究では、ハンチントン病の方では、脳からの命令が筋肉に届くまでの時間が長くなったり、届かなくなったりすることが報告されています。

病気が進むと、体のバランスがとりにくくなり転びやすくなります。 また、食べ物が飲み込みにくくなったり、言葉がはっきりしなくなったりすることもあります。

2. 心にあらわれる症状(精神症状)

体の動きだけでなく、心の状態にも変化があらわれます。 ご家族など周りの方が「なんだか性格が変わったな」と感じることも少なくありません。 これらは病気によるもので、本人の気持ちの問題ではないのです。

【精神症状の具体例】

  • 理由もなく気分が落ち込む(抑うつ)
  • ささいなことでイライラしやすくなる
  • 今まで好きだったことに関心がなくなる
  • 急に不安な気持ちが強くなる

3. 考え方にあらわれる症状(認知機能の障害)

物事を考えたり、判断したりする力にも影響が出ます。 特に、計画を立てて物事を順序よく実行する能力が低下しやすいのが特徴です。 これは、ただの物忘れとは少し違います。

多くの研究で、ハンチントン病では認知機能の障害がよく見られることが報告されています。 段取りを考えて行動することが難しくなるため、日常生活に支障が出ることがあります。

症状の種類

主な症状の例

体の動きの症状

・意思に反して体が動く(舞踏運動)

・細かい作業が苦手になる

・ふらつき、転びやすくなる

・話しにくさ、飲み込みにくさ

心の症状

・気分の落ち込み、不安

・イライラしやすくなる

・やる気が起きなくなる

考え方の症状

・計画を立てて行動するのが難しい

・判断する力が落ちる

・新しいことを覚えにくい

ハンチントン病の検査・診断

ハンチントン病の診断は、いくつかの検査を組み合わせて、パズルのピースを合わせるように慎重に行われます。 ご本人の症状やご家族の病歴など、さまざまな情報から総合的に判断することがとても大切です。

主な検査には、次の3つのステップがあります。

  1. お話を聞くこと(問診・診察) はじめに、医師が詳しくお話を聞きます。 どのような症状があるか、いつから始まったかなどを確認します。 ご家族に同じような症状の方がいるかどうかも、診断のための重要な手がかりになります。
  2. 脳の状態を見ること(画像検査) CTやMRIといった検査で、脳の形に変化がないかを調べます。 ハンチントン病では、脳の動きに関係する部分(大脳基底核など)が、少し小さくなることがあります。
    さらに、脳の活動状態をみるPET検査という特殊な検査も役立ちます。 これは、脳がエネルギー源のブドウ糖をどれくらい使っているかを調べる検査です。 多くの研究で、ハンチントン病の方では脳の「線条体」という場所の活動が弱まることがわかっています。
  3. 原因を特定すること(遺伝子検査) 病名をはっきりとさせるために、遺伝子検査を行います。 これは、ハンチントン病の診断において最も重要な検査です。 腕から少しだけ血液をとるだけで、病気の原因となる遺伝子の異常を正確に調べることができます。

検査の種類

目的

方法

問診・診察

症状やご家族の病歴を確認します。

医師がお話を聞き、体を診察します。

画像検査

脳の形や活動状態を確認します。

CT、MRI、PET検査などを行います。

特にPET検査は診断の助けになります。

遺伝子検査

病気の原因となる遺伝子の異常を確認し、診断を確定します。

腕などから血液を少しとって調べます。

これらの検査結果をすべて合わせて、診断が確定します。 特に遺伝子検査は、ご本人だけでなくご家族にも関わる大切な情報となるため、検査を受ける前には専門家によるカウンセリングで、十分に話し合うことがすすめられます。

ハンチントン病の治療

現在のところ、ハンチントン病の進行を完全に止める治療法はありません。 そのため治療の目標は、あらわれている症状を和らげることになります。 患者さんが自分らしく、穏やかな毎日を送れるようサポートすることが大切です。

治療は主に「お薬による治療」と「お薬以外の治療」を組み合わせて行います。

お薬による治療

一人ひとりの症状に合わせて、お薬を使い分けます。 これらは症状を抑えるためのもので、病気の原因を治すものではありません。

  • 体の動きの問題に 自分の意思と関係なく体が動く「舞踏運動」には、動きを抑えるお薬(テトラベナジンなど)が使われます。
  • 心の変化に 気分の落ち込みや不安、イライラといった症状には、心を落ち着けるお薬が助けになります。

お薬以外の治療

お薬と合わせて、リハビリテーションやケアもとても重要です。

  • リハビリテーション 物事を考えたり覚えたりする力を鍛える「認知トレーニング」は、認知機能を保つのに役立つ可能性があると報告されています。 また、運動を組み合わせることで、不安な気持ちを和らげるなど、心の状態を良くする効果も期待できます。
  • 緩和ケア 病気が進むと、体や心にさまざまなつらさが出てくることがあります。 そのつらさを和らげるのが「緩和ケア」です。 痛みなどの体の問題だけでなく、不安な気持ちや生活の悩みなど、総合的に患者さんとご家族を支えます。

現在、病気の原因に直接働きかける遺伝子治療など、新しい治療法の研究が世界中で進められています。