ビタミンB1欠乏症
原因のわからない疲れや食欲不振、手足のしびれを感じていませんか。その不調は、糖質をエネルギーに変えるために不可欠な「ビタミンB1」が不足しているサインかもしれません。
ビタミンB1の欠乏は、脚気やウェルニッケ・コルサコフ症候群など、心臓や神経に深刻な影響を及ぼす可能性があります。この記事では、ビタミンB1欠乏症の具体的な症状や原因、検査・治療法について、脳への影響に関する近年の研究内容も交えて詳しく解説します。
ご自身の体調や生活習慣と照らし合わせることで、不調の背景にある原因を理解し、適切な対処法を見つけるための第一歩となります。
ビタミンB1欠乏症の概要
ビタミンB1欠乏症とは、私たちが活動するためのエネルギー作りや、神経の働きを正常に保つために欠かせないビタミンB1(チアミン)が足りなくなることで、心臓や神経にさまざまな不調が現れる状態です。
ビタミンB1は、食事で摂った糖質を、体を動かすためのエネルギーへと変換する過程で中心的な役割を担っています。このためビタミンB1が不足すると、体はエネルギー不足に陥り、疲れやすさやだるさといった初期症状を感じるようになります。
この状態が長く続くと、より深刻な病気を引き起こすことがあります。代表的な疾患として、下記が挙げられます。
- **脚気(かっけ):**手足のしびれやむくみ、心臓の機能低下による動悸・息切れなどが現れる病気です。
- **ウェルニッケ・コルサコフ症候群:**意識がもうろうとしたり、記憶が抜け落ちたりするなど、脳に重篤な症状を引き起こします。
なぜ神経にまで影響が及ぶのでしょうか。脳には、神経細胞を支え、栄養を供給する「アストロサイト」という重要な細胞があります。近年の研究で、ビタミンB1の欠乏がこのアストロサイトの働きを鈍らせ、脳を外部の有害物質から守る「血液脳関門」というバリア機能をもろくしてしまうことがわかってきました※。その結果、神経細胞が直接ダメージを受け、さまざまな神経症状につながると考えられています。
このように、ビタミンB1欠乏症は単なる栄養不足ではなく、全身に多様な影響を及ぼす可能性があります。「脚気」のような典型的な症状を示さないケースも多いため、近年ではこれらの状態を包括的に「チアミン欠乏症(TDD)」と捉え、早期発見と対処の重要性が指摘されています。
ビタミンB1欠乏症の種類
ビタミンB1欠乏症は、主にどの臓器がダメージを受けるかによって、大きく2つのタイプに分けられます。
- 脚気(かっけ):末梢神経や心臓に症状が現れる
- ウェルニッケ・コルサコフ症候群:脳に症状が現れる
ただし、これらは完全に独立した病気ではなく、1人の患者さんのなかで症状が混じり合って現れることも少なくありません。
脚気(Beriberi)
脚気は、主に末梢神経や心臓に症状が現れるタイプです。症状の現れ方によって、下表のように「乾性脚気」と「湿性脚気」に分けられます。
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種類 |
主なダメージを受ける場所 |
主な症状 |
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乾性脚気 (dry beriberi) |
末梢神経 |
・手足のしびれ、ピリピリとした痛み ・感覚が鈍くなる ・筋力が低下し、歩きにくくなる |
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湿性脚気 (wet beriberi) |
心臓 |
・動悸、息切れ ・足のむくみ(浮腫) ・心臓の機能が低下し、心不全の状態になる |
特に、湿性脚気が急激に悪化して重篤な心不全を起こした状態は「衝心脚気(しょうしんかっけ)」と呼ばれ、命の危険がある緊急性の高い状態です。
ウェルニッケ・コルサコフ症候群
ウェルニッケ・コルサコフ症候群は、主に脳にダメージが及ぶタイプで、特にアルコールを多量に摂取する方に注意が必要な病態です。急激に発症する「ウェルニッケ脳症」と、その後に残りやすい「コルサコフ症候群」という2つの時期に分かれています。
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時期 |
名称 |
特徴 |
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急性期 |
ウェルニッケ脳症 |
・意識がもうろうとする(意識障害) ・足元がふらつき、まっすぐ歩けない(歩行失調) ・目が揺れたり、特定の方向を見続けたりできない(眼球運動障害) |
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慢性期・後遺症 |
コルサコフ症候群 |
・新しい出来事を覚えられない(記銘力障害) ・記憶の穴を埋めるように、無意識に作り話をしてしまう(作話) ・社会的認知能力の低下 |
ウェルニッケ脳症は、ビタミンB1の欠乏によって脳の細胞がエネルギーを作れなくなり、正常に機能しなくなることで起こる、いわば「脳のエネルギー切れ」の状態といえます。
治療が遅れると、コルサコフ症候群という後遺症に移行することがあります。コルサコフ症候群は単なる記憶障害だけではありません。最近の研究では、他人の表情から感情を読み取ったり、相手の気持ちを推測したりする「社会的認知」と呼ばれる能力が著しく低下することが明らかになっています※。このため、周囲とのコミュニケーションがうまくいかなくなるなど、社会生活に大きな支障をきたすことがあります。
ビタミンB1欠乏症の原因
ビタミンB1欠乏症は、単一の原因で起こることは少なく、主に「摂取不足」「吸収の阻害・需要の増大」「病気や薬の影響」という3つの要因が複雑に絡み合って発症します。
1. 摂取量の不足
私たちの体は、ビタミンB1を長時間溜めておくことができません。そのため、日々の食事からコンスタントに補給する必要があります。
- 糖質中心の偏った食事
白米、インスタント食品、清涼飲料水などに偏った食事は注意が必要です。これらは糖質をエネルギーに変える過程でビタミンB1を大量に消費するため、結果的にビタミンB1不足を招きやすくなります。 - 極端な食事制限
無理なダイエットなどで食事量そのものが減ってしまうと、当然ビタミンB1の摂取量も不足してしまいます。
2. 吸収の阻害・需要の増大
食事から十分な量を摂っているつもりでも、体内で不足してしまうケースがあります。
- アルコールの多量摂取
アルコールの分解には、ビタミンB1が大量に消費されます。さらに、アルコールは胃腸からのビタミンB1の吸収を直接妨げる作用もあるため、飲酒習慣のある方は特に欠乏しやすい状態といえます。 - 体のエネルギー消費が増えている状態
妊娠・授乳中の方、激しいスポーツをする方、発熱時、甲状腺の機能が活発になる病気(甲状腺機能亢進症)など、体の新陳代謝が亢進しているときは、通常よりも多くのビタミンB1を必要とします。
3. 病気や薬の影響
特定の病気や、長期間服用している薬が原因となることもあります。
- 消化器・肝臓の病気
慢性的な下痢や肝機能の低下があると、食事からビタミンB1をうまく吸収できなくなります。 - 一部の利尿薬の長期使用
心不全や高血圧の治療で使われる一部の利尿薬は、尿と一緒にビタミンB1を体外へ排出しやすくすることが知られています。
ビタミンB1の欠乏は、特に脳の神経細胞に深刻なダメージを与えることがあります。その背景には、「アストロサイト」という細胞の機能不全が深く関わっています。
アストロサイトは、脳内で神経細胞に栄養を届けたり、有害物質から脳を守る「血液脳関門」というバリアを維持したりする、いわば“脳の守護神”です。
ビタミンB1が欠乏すると、このアストロサイトがエネルギー不足に陥り、正常に機能できなくなります。すると、血液脳関門の機能が低下し、バリアがもろくなってしまうのです。
さらに、機能が落ちたアストロサイトは、神経細胞間の情報伝達を担う「グルタミン酸」の調整がうまくできなくなり、過剰なグルタミン酸が神経細胞を傷つける「神経興奮毒性」という状態を引き起こすと考えられています※。
このように、ビタミンB1の欠乏は単なる栄養不足ではなく、脳の防御システムや細胞間のバランスを根底から崩してしまうことで、ウェルニッケ脳症のような重篤な神経障害につながるのです。
ビタミンB1欠乏症の症状
ビタミンB1欠乏症の症状は、初期の全身的な不調から、進行すると心臓や神経に特有の深刻な症状が現れるのが特徴です。ゆっくりと現れる場合もあれば、急激に悪化することもあります。
まず、ビタミンB1が不足し始めると、エネルギー不足のサインとして、以下のような全身症状が現れ始めます。
- 食欲がない
- 体がだるい、疲れやすい(倦怠感)
- 理由もなくイライラする
欠乏状態が続くと、ダメージを受ける場所によって、よりはっきりとした症状が現れます。代表的な症状を下表に整理します。
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影響を受ける場所 |
主な病態 |
主な症状 |
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心臓・循環器 |
湿性脚気 |
・動悸、息切れ ・足のむくみ(浮腫) |
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末梢神経 |
乾性脚気 |
・手足のしびれ、ピリピリとした痛み ・感覚が鈍くなる ・筋力が低下し、歩きにくくなる |
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脳(中枢神経) |
ウェルニッケ・コルサコフ症候群 |
・目が揺れる、ものが二重に見える ・足元がふらつく ・意識がもうろうとする ・新しいことを覚えられない(記憶障害) ・無意識に作り話をする(作話) |
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消化器 |
– |
・吐き気、嘔吐、便秘 |
上記の症状のなかでも、特に注意が必要なのが**「激しい嘔吐」と「対人関係の変化」**です。
薬を飲んでもなかなか治まらない激しい嘔吐は、脳の嘔吐中枢がビタミンB1欠乏でダメージを受け、機能不全に陥っているサインかもしれません。他の病気と見分けがつきにくいケースもあり、迅速な診断と治療開始が重要になります※。
また、コルサコフ症候群では、単なる記憶障害だけでなく、他人の表情や声のトーンから感情を読み取る「感情知覚」や、相手の意図を推測する「社会的解釈」といった能力が著しく低下することが明らかになっています※。このため、本人は悪気なく周囲とのコミュニケーションがうまくいかなくなることがあります。
これらの症状は、一つだけ現れるとは限りません。複数の症状が組み合わさって現れることも多いため、気になる変化があれば、ご自身で判断せずに専門医へご相談ください。
ビタミンB1欠乏症の検査・診断
ビタミンB1欠乏症の診断は、問診や診察での情報と、複数の検査結果を組み合わせて総合的に判断します。
疲れやすい、食欲がないといった初期症状は他の多くの病気でも見られるため、症状だけでは診断がつきにくいのがこの病気の特徴です。
そのため、ビタミンB1欠乏が疑われる際には、主に2つの異なる角度から体を調べる検査が行われます。
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検査の視点 |
検査方法 |
この検査でわかること |
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① 体内の「量」を調べる |
血中ビタミンB1濃度測定 |
・血液中にビタミンB1がどれくらい存在するかを直接測定する ・数値が基準値を下回ると、量が不足していると判断される |
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② 体内での「働き」を調べる |
赤血球トランスケトラーゼ (TKT)活性測定 |
・体内でビタミンB1がエネルギー作りのために正常に「機能しているか」を評価する |
血中ビタミンB1濃度測定は、体内のビタミンB1の絶対量を把握するための基本的な検査といえます。
それに加えて、ビタミンB1が体内でしっかり「仕事」をしているか、その機能面を評価するのが赤血球トランスケトラーゼ(TKT)活性測定です。トランスケトラーゼとは、糖質からエネルギーを作り出す際に働く酵素のことで、ビタミンB1はその働きを助ける重要なパートナー(補酵素)です。
このTKT活性を測定することで、単にビタミンB1が足りないという「量の問題」なのか、それともビタミンB1をうまく利用できない「機能の問題」なのか、より深く体の状態を評価することが可能になります※。
これらの検査をしても確定診断に至らないものの、症状からビタミンB1欠乏症が強く疑われることも少なくありません。
そのような場合には、試験的にビタミンB1を投与し、症状が改善するかどうかを見る「治療的診断」を行うことがあります。このアプローチによって症状が明らかに改善すれば、ビタミンB1欠乏症であったと判断できます。
ビタミンB1欠乏症の治療
ビタミンB1欠乏症の治療は、不足しているビタミンB1を速やかに、そして十分な量で補うことが基本です。治療は単にビタミンB1を補充するだけでなく、「原因の除去」と「合併する栄養障害の是正」も同時に行うことが、根本的な回復と再発防止の鍵となります。
治療の進め方は症状の重さによって異なり、飲み薬と注射薬が使い分けられます。
- 軽症の場合:飲み薬(経口投与)で補充します。
- 重症の場合:ウェルニッケ脳症のように緊急性が高い状態では、消化管からの吸収を待つ時間的猶予がありません。そのため、高用量のビタミンB1を注射(静脈または筋肉内)で直接体内に届け、脳や心臓へのダメージを食い止めます。
治療を進める上では、特に以下の点に注意を払います。
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注意点 |
具体的な内容と理由 |
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原因へのアプローチ |
・アルコールが原因なら禁酒が、食生活の偏りが原因なら栄養指導が不可欠です。 ・原因を放置したままでは、補充してもいずれ再発してしまいます。 |
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ブドウ糖投与の罠 |
・ビタミンB1が枯渇した状態でブドウ糖の点滴を行うと、症状が急激に悪化する危険があります。 ・これは、体がブドウ糖をエネルギーに変える際に、残されたわずかなビタミンB1を使い果たしてしまうためです。 ・そのため、点滴では必ずビタミンB1を先に投与します。 |
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他の栄養素の補充 |
・ビタミンB1が不足している方は、他のビタミンB群やミネラルも同時に欠乏していることが少なくありません。 ・そのため、総合ビタミン剤を併用して体全体の栄養バランスを整えることが推奨されます。 |
治療がうまくいっているかを確認するためには、血液検査でビタミンB1の「量」が回復しているかを見るだけでなく、そのビタミンB1が体内でしっかり「機能」しているかを評価することも重要です。
そのために行われるのが、赤血球トランスケトラーゼ(TKT)活性測定です。トランスケトラーゼはエネルギー作りに関わる重要な酵素で、ビタミンB1をパートナーとして働きます。この酵素の活性度を調べることで、補充したビタミンB1がきちんと仕事をしているか、つまり「機能的な状態」まで回復しているかを判断できます。このアプローチは、単に量が足りないのか、それともビタミンB1をうまく利用できない体質や病態なのかを区別する上でも役立つと考えられています※。





