脊髄損傷
突然、手足が思い通りに動かせなくなったり、大切な感覚が失われたりする――脊髄損傷は、脳と体の間の重要な情報伝達を阻害し、私たちの日常生活を一変させてしまう重大な状態です。交通事故や転落といった不慮の事故だけでなく、病気が原因で発症することもあり、誰もがリスクと無縁ではありません。
しかし、近年、この困難な状況に一筋の光を差し込む新しい治療法が注目されています。特に、最も重い「ASIA A評価」の患者さんにおいては、間葉系間質細胞(MSC)移植によって、運動スコアが平均2.78ポイント、軽触覚スコアが18.26ポイント改善したという報告もあり、機能回復への希望が高まっています。
この記事では、脊髄損傷の概要から、その原因、種類、症状、そして最先端の治療法までを詳しく解説します。現状の課題も踏まえ、患者さんとご家族が前向きに治療に取り組むための情報を提供します。
脊髄損傷の概要
脊髄損傷は、背骨の中を通る大切な神経の束「脊髄」が傷ついてしまう状態です。脊髄は、脳から体の手足へ「動け」「感じろ」という指令を伝える、非常に重要な役割を担っています。同時に、体からの「熱い」「痛い」といった感覚を脳に届ける役割もしています。
この脊髄が損傷すると、その傷ついた場所や程度によって、脳からの指令がうまく伝わらなくなったり、体からの感覚が脳に届きにくくなったりします。これにより、手足を思い通りに動かせなくなったり、触れた感覚や痛みを感じにくくなったりするのです。また、排泄のコントロールが難しくなるなど、日常生活に大きな影響が出ることがあります。
私たち医師は、脊髄損傷と向き合う患者さんが少しでも元の生活に近づけるよう、日々研究と治療に励んでいます。近年では、間葉系間質細胞(MSC)という特別な細胞を脊髄に移植する治療が注目されています。これは、細胞の力で傷ついた脊髄の回復を促すことを目指すものです。
特に、感覚も運動も完全に失われている重い脊髄損傷の方(ASIA A評価と呼ばれます)においては、MSC移植によって運動能力や、軽く触れたときの感覚、針で刺されたような感覚が改善する効果が期待できると、いくつかの研究で報告されています。
しかし、患者さんが日常生活で食事をしたり、着替えをしたりする能力(Barthel指数で評価)については、今のところ統計的に明らかな改善は確認されていません。MSC治療の有効性をさらに確かなものとするためには、今後も多くの研究が必要だと考えられています。
脊髄損傷は、ご本人だけでなくご家族にとっても大きな影響を与える病気です。しかし、適切な情報を得て、前向きに治療に取り組むことが大切です。私たちは、患者さんの不安に寄り添い、最善のサポートを続けていきます。
脊髄損傷の種類
脊髄損傷は、その傷つき方によっていくつかの種類に分けられます。これは、脳から体へ送られる大切な指令が通る道に、どのくらいのダメージがあるかによって変わるものです。
大きく分けて、次の2つの状態があります。
- 完全損傷
- 脊髄が完全に傷つき、その傷ついた場所よりも下の運動機能(体を動かす力)と感覚機能(触れたり痛みを感じる力)が、ほとんど失われてしまう状態です。
- この状態では、ご自身の力だけで生活を送ることが非常に難しくなります。
- 不完全損傷
- 脊髄が一部傷ついても、まだ少しだけ機能が残っている状態です。
- 例えば、「少しだけ足が動かせるけれど、感覚は鈍い」「感覚は少しあるけれど、手足は動かせない」など、残っている機能は人によってさまざまです。
私たち医師は、患者さんの脊髄がどのくらい傷ついているかを詳しく調べるために、「ASIA分類」という国際的な基準を使っています。これは、運動機能と感覚機能がどれくらい残っているかによって、AからEの5つの段階に分かれています。
- ASIA A(完全損傷)
- 最も重い状態です。
- 損傷した場所より下の運動機能も感覚機能も、完全に失われています。
- ASIA B
- 運動する力はほとんどありませんが、触った感覚や痛みなどの感覚機能は少し残っている状態です。
- ASIA C
- 体を動かす力が一部残っていますが、その動きはまだとても弱く、十分ではありません。
- ASIA D
- 体を動かす力が比較的良好で、ある程度の動きができる状態です。
- 工夫次第で、自力で歩くことなども可能になることがあります。
- ASIA E(正常)
- 運動機能も感覚機能も、ほとんど健康な状態と同じです。
特に、一番重い「ASIA A」と診断された方に向けて、世界中で新しい治療法の研究が活発に進められています。たとえば、たくさんの研究をまとめて詳しく調べた「システマティックレビューとメタアナリシス」という研究方法があります。
この研究で、間葉系間質細胞(MSC)という特別な細胞を脊髄に移植する治療法が注目されています。これは、ASIA Aの患者さんの運動する力や、軽く触れた感覚、針で刺されたような痛みを感じる感覚といった神経機能の改善に役立つ可能性があると報告されています。
しかし、日常生活で食事をしたり、着替えをしたりする能力については、今のところはっきりとした改善は確認されていません。私たち医師も、患者さんがより良い生活を送れるよう、このMSC治療の有効性をさらに確かなものとするための研究に、日々力を入れています。一人ひとりの患者さんに合ったケアや治療を見つけるためにも、脊髄損傷の種類と重症度を正しく理解することが、とても大切です。
脊髄損傷の原因
脊髄損傷は、私たちの体にとって非常に大切な神経の束である脊髄が、何らかの理由で傷ついてしまう状態です。その原因は大きく分けて、体の外から強い力が加わって起こる「外傷性」のものと、体の中で病気が原因で起こる「非外傷性」のものの二つがあります。
外から力が加わるケース(外傷性)
外傷性の脊髄損傷で最も多い原因は、交通事故です。車やバイクの事故だけでなく、自転車での転倒や、歩いているときに車にはねられるといった事故も含まれます。高い場所から落ちてしまう転落事故や、スポーツをしている最中の事故、仕事中の災害なども、脊髄に大きな負担をかけて損傷につながることがあります。特に、激しい動きを伴うラグビーや体操のようなスポーツでは、脊髄への衝撃が大きくなることがありますので注意が必要です。
体の中で病気が原因となるケース(非外傷性)
一方、体の内側で起こる非外傷性の原因としては、脊髄にできる「腫瘍」(できもの)や、体が炎症を起こしてしまう病気、ばい菌やウイルスが原因となる感染症などがあります。また、脊髄へと血液を送る血管に異常が起こり、血の流れが悪くなって脊髄が傷つくこともあります。年齢を重ねることで、背骨が変形して脊髄を圧迫し、損傷につながるケースも少なくありません。
私たち医師は、脊髄損傷と診断された患者さんが、その原因や重症度にかかわらず、希望を持って治療に取り組めるようサポートしています。一度脊髄が傷ついてしまうと、手足の動きが不自由になったり、体の感覚がなくなったりと、重い後遺症が残ることが多くあります。しかし、近年では、失われた機能を回復させるための再生医療の研究も進められています。
特に、運動も感覚も完全に失われてしまうような重い脊髄損傷(「ASIA A評価」と呼ばれます)の方に対しては、間葉系間質細胞(MSC)という特別な細胞を移植する治療が注目されています。このMSC移植は、運動する力や、軽く触れた感覚、針で刺されたような痛みを感じる感覚といった神経機能の改善に役立つ可能性があると、複数の研究で報告されています。
しかし、日常生活で食事をしたり、着替えをしたりする能力(「Barthel指数」で評価される活動能力)については、今のところ統計的に明らかな改善はまだ確認されていません。私たち医師も、このMSC治療が患者さんの生活の質をさらに高められるよう、今後も多くの研究が必要だと考えています。
脊髄損傷の症状
脊髄が傷つくと、その傷ついた場所や重さによって、体のさまざまな場所に症状が現れます。私たち医師は、患者さんの体がどのような状態になっているのか、細かく症状を確認していきます。
例えば、首の近くの脊髄が傷ついた場合は、手や足、体全体に影響が出ることが多く見られます。一方、胸やお腹のあたりが傷ついた場合は、主に足や下半身に症状が出ることが多いです。
症状は、主に次の3つのタイプに分けられます。
- 体を動かせなくなる症状(運動機能のまひ)
- 自分の思った通りに手や足を動かせなくなります。
- 力が入らず、立ち上がったり歩いたりするのが難しくなります。
- 細かい作業(例:箸を使う、ボタンを留める)ができなくなることもあります。
- 感覚がわからなくなる症状(感覚機能のまひ)
- 触られている感覚や、痛みを感じにくくなります。
- 熱さや冷たさも感じにくくなることがあります。
- 手足にしびれるような感覚が続くこともあります。
- 体の自動的な働きが乱れる症状(自律神経の症状)
- おしっこやうんちのコントロールが難しくなります。
- 血圧が不安定になったり、汗をかいて体温を調節する機能がうまく働かなくなったりします。
これらの症状は、患者さんの日々の生活に大きな影響を与え、つらい思いをされることも少なくありません。特に、最も重い状態とされる「ASIA A評価」の脊髄損傷では、運動機能も感覚機能も広範囲にわたってまひが出てしまいます。
しかし、近年では、傷ついた脊髄を回復させるための新しい治療法の研究が進められています。例えば、間葉系間質細胞(MSC)という特別な細胞を脊髄に移植する治療です。これは「システマティックレビューとメタアナリシス」という研究で、その効果が詳しく調べられました。
この研究では、ASIA A評価の患者さんに対し、MSC移植によって運動能力を示す「ASIA運動スコア」が統計的に改善したと報告されています。具体的には、平均で2.78ポイントの改善が見られました。また、軽く触れた感覚の「ASIA軽触覚スコア」は平均18.26ポイント、針で刺したような痛みを感じる感覚の「ASIAピン感覚スコア」は平均17.08ポイントと、それぞれ統計的に有意な改善が認められました。
これらの結果は、患者さんの感覚や運動能力の回復に希望を与えるものです。一方で、食事や着替えといった日常生活での活動能力(「Barthel指数」で評価されます)については、統計的に明らかな改善はまだ確認されていません。私たち医師も、MSC治療が患者さんの生活の質をさらに高められるよう、今後も多くの研究が必要であると考えています。
脊髄損傷の検査・診断
脊髄損傷が疑われるとき、私たちは、患者さんの体に何が起きているのかを、しっかり調べていきます。これは、病気の原因や、脊髄がどのくらい傷ついているのかを見つけるための、とても大切な第一歩です。
まず、医師は「問診」という形で、患者さんのお話を聞きます。
- どんな症状が出ていますか?
- いつ、どこで、どのようにしてけがをしましたか?
このような質問をすることで、けがの状況や、症状が始まったきっかけを探ります。
次に、体を直接診る「神経学的診察」を行います。
- 手足がどのくらい動かせますか?
- 触った感覚や、痛みを感じる感覚はありますか?
- 反射(膝を叩くと足がぴょんと跳ねる動き)は正常ですか?
診察を通じて、脊髄のどの部分が、どのくらい傷ついているのかを推測します。
脊髄損傷の重症度を知るために、「ASIA(エイシア)分類」という世界共通の評価方法を使います。これは、運動機能(体を動かす力)と感覚機能(触れたり痛みを感じる力)が、どのくらい残っているかで、AからEの5段階に分けられます。特に「ASIA A評価」は、一番重い状態として、損傷した場所より下の運動機能と感覚機能が、完全に失われていることを意味します。この評価は、その後の治療方針を考える上でとても重要です。
近年、一番重い「ASIA A評価」の方に向けて、間葉系間質細胞(MSC)という特別な細胞を脊髄に移植する治療の研究が進んでいます。この治療によって、体を動かす力や、触れた感覚、痛みを感じる感覚が良くなる可能性があると、いくつかの研究で報告されています。
次に、体の内側を詳しく見るための「画像検査」に進みます。
- X線検査
- 骨のずれや骨折がないかを確認します。
- まずは全体の骨の形を見ます。
- CT検査
- 骨折の詳しい状態を立体的に見ることができます。
- 脊髄の通り道が狭くなっていないかもわかります。
- MRI検査
- 脊髄そのものの傷つき具合を最も詳しく見ます。
- 出血やむくみ、神経を支えるじん帯の傷などもわかります。
- 脊髄損傷の診断には、特に大切な検査です。
診察や検査の結果を総合的に判断することで、脊髄損傷があるかどうか、どこがどのくらい傷ついているのかを正確に診断します。
MSC移植は、神経の働きを良くする希望を持つ治療法です。しかし、ごはんを食べたり着替えをしたりする、日常生活での基本的な動きの改善(これを「Barthel指数」で評価します)については、まだはっきりとした結果は出ていません。私たちは、患者さんがより良い生活を送れるよう、この治療をもっと良くするための研究を続けています。もし気になる症状があれば、決して一人で悩まずに、すぐに病院を受診してください。早く診断を受けて、自分に合った治療を始めることが、回復への大切な一歩になります。
脊髄損傷の治療
脊髄損傷の治療は、体が動かしにくくなったり、感覚が鈍くなったりする症状を和らげることを目指します。残された体の力を最大限に生かし、患者さんが普段通りの生活を送れるようにすることが目標です。治療は大きく分けて、二つの期間で行われます。
- 急性期(けがをしてすぐの時期)
- 脊髄へのさらなるダメージを防ぐことが最優先です。
- 手術で背骨のズレを直したり、骨折部分を安定させたりします。
- 炎症を抑える薬を使うこともあります。
- これ以上悪くしないための大切な処置です。
- 慢性期(状態が安定した後の時期)
- 失われた体の動きや感覚を、少しでも回復させるための治療です。
- 「リハビリテーション」という練習を毎日続けます。
- 残った力で手足を動かす練習をしたり、車いすの使い方を学んだりします。
- 日々の生活で、自分でできることを増やしていくことが大切です。
近年、私たちは、傷ついた脊髄を回復させるための新しい治療法について、世界中で研究を進めています。その一つが「再生医療」と呼ばれる分野です。特別な細胞の力で、体の回復を助けることを目指すものです。
特に注目されているのは、「間葉系間質細胞(MSC)」という細胞を使う治療法です。このMSCを脊髄に移植することで、神経が少しでも回復する可能性がないか、詳しく調べています。これまでの研究では、特に重い脊髄損傷の方、つまり「ASIA A評価」と診断された患者さんにとって、このMSC移植が神経の働きを良くする効果が期待できることがわかってきました。
私たちは、世界中のたくさんの研究を集めて分析する「システマティックレビューとメタアナリシス」という方法で、MSC移植の効果を詳しく調べました。その結果、ASIA A評価の患者さんでは、以下の点で改善が見られたと報告されています。
- 体の動きを示すスコア
- ASIA運動スコアが、平均で2.78ポイント改善しました。
- 軽く触れた感覚を示すスコア
- ASIA軽触覚スコアが、平均で18.26ポイント改善しました。
- 針で刺されたような痛みを感じるスコア
- ASIAピン感覚スコアが、平均で17.08ポイント改善しました。
これらの数字は、MSC移植によって患者さんの体の動きや感覚が、統計的に見て良くなる可能性があることを示しています。これは、希望につながる結果と言えるでしょう。
しかし、食事や着替え、排泄といった日常生活で、自分でできること(これを「Barthel指数」で評価します)については、まだはっきりとした改善は確認されていません。残念ながら、神経の機能が回復しても、それがすぐに毎日の生活すべてに結びつくわけではないようです。
私たち医師は、MSC治療が患者さんの生活の質をさらに高められるよう、今後も多くの研究が必要であると考えています。脊髄損傷の治療は、これからも進化していきます。患者さん一人ひとりの状態に合わせた、最適な治療法を見つけることが大切です。不安なことや疑問に思うことがあれば、いつでも専門の医師に相談してください。一緒に、より良い未来を考えていきましょう。





