球脊髄性筋萎縮症

最近、腕の力が落ちたと感じたり、手の震えが気になったりしていませんか。あるいは、男性なのに胸がふくらんできたなど、思い当たる体の変化はないでしょうか。一見、無関係に思えるこれらの症状は、実は「球脊髄性筋萎縮症(SBMA)」という、遺伝子が関わる病気のサインかもしれません。

この病気は30代から60代の男性に発症することが多く、日本では約2,000人から3,000人の患者さんがいると推定される指定難病です。筋力の低下などがゆっくりと進行するため、加齢による変化だと思い込んでしまう方も少なくありません。

この記事では、球脊髄性筋萎縮症とはどのような病気なのか、その原因から詳しい症状、そして最新の治療法までを専門的に解説します。ご自身の状態と照らし合わせ、不安の解消にお役立てください。

球脊髄性筋萎縮症の概要

球脊髄性筋萎縮症(きゅうせきずいせいきんいしゅくしょう)は、SBMAとも呼ばれる遺伝性の病気です。体を動かすための命令を伝える神経細胞(運動ニューロン)が、ゆっくりとダメージを受けることで発症します。

私たちの体は、脳からの指令が運動ニューロンを介して筋肉に伝わることで、手足を動かしたり話したりできます。この病気は、運動ニューロンがうまく働かなくなる「運動ニューロン疾患」というグループの一つです。

この病気の主な特徴は以下の通りです。

項目

内容

別名

ケネディ病(Kennedy disease)

主な発症者

30歳から60歳頃の男性に多く見られます

進行の速さ

症状はゆっくりと進行するのが特徴です

患者数

日本では約2,000人~3,000人と推定されます

国の制度

指定難病の対象で、医療費の助成を受けられます

主な症状は、手足の筋力低下や筋肉のぴくつき、話しにくさ、飲み込みにくさなどです。また、男性ホルモンの働きにも影響が及ぶため、乳房が女性のように大きくなることや、体毛が薄くなる変化もみられます。

病気の進行はゆるやかですが、国の難病に指定されているため、さまざまな公的支援の対象となります。気になる症状があれば、早期に専門医へ相談することが大切です。

球脊髄性筋萎縮症の種類

球脊髄性筋萎縮症は、体を動かす神経がダメージを受ける 「運動ニューロン疾患」という、大きな病気のグループの一つです。

運動ニューロンには、脳から脊髄へ命令を伝える「上位」、 脊髄から筋肉へ命令を伝える「下位」の2種類があります。 どの神経が主に障害されるかで、病気の種類や症状が異なります。

病気の名前

主なダメージを受ける神経

発症しやすい年齢

特徴的な症状

球脊髄性筋萎縮症(SBMA)

下位運動ニューロン

30〜60歳頃の男性

・手足の筋力低下<br>・女性化乳房、体毛の減少

筋萎縮性側索硬化症(ALS)

上位と下位の両方

50〜70代

・手足の筋力低下<br>・筋肉のつっぱり

脊髄性筋萎縮症(SMA)

下位運動ニューロン

乳児期・小児期

・体の中心に近い筋肉の筋力低下

これらは同じ運動ニューロンの病気ですが、原因遺伝子が異なり、 発症年齢や症状の現れ方が大きく違います。 そのため、それぞれ別の病気として正確に診断することが重要です。

特に球脊髄性筋萎縮症は、男性ホルモンの働きが関係するため、 体毛が薄くなるなど、他の運動ニューロン疾患にはない 特徴的な症状が見られる点が大きな違いです。

球脊髄性筋萎縮症の原因

球脊髄性筋萎縮症(SBMA)の原因は、体の設計図である遺伝子の変化です。 具体的には、性別を決めるX染色体にある遺伝子の一部に原因があります。

この遺伝子の中には「アンドロゲン受容体遺伝子」という部分があります。 そこには「CAG」という3つの塩基の並びが、何度も繰り返されています。 この繰り返しの回数が、病気の発症と深く関わっているのです。

状態

CAGという文字の繰り返し回数

正常な方

36回以下

発症する方

38回以上

CAGの繰り返しが異常に増えると、体内で作られるタンパク質の形が不安定になります。 このタンパク質は、男性ホルモンの働きを助ける重要な役割を担っています。

形が異常になったタンパク質は、細胞の中でうまく分解されずに蓄積します。 そして、脳や脊髄の運動神経の細胞内に、ゴミのように溜まってしまうのです。 この蓄積が神経細胞の働きを邪魔して、徐々に傷つけていきます。

最近の研究では、細胞内の「小胞体(しょうほうたい)」という器官が注目されています。 小胞体は、タンパク質を作る工場のような場所です。 異常なタンパク質が作られ続けると、この工場に大きな負担がかかります。

この状態を「小胞体ストレス」と呼び、神経や筋肉の細胞が弱る原因になります。 小胞体ストレスは、加齢による筋力低下など、他の筋肉が衰える状態にも関わることがわかっています。 タンパク質の品質管理が、筋肉の健康を保つ上で非常に大切なのです。

球脊髄性筋萎縮症の症状

球脊髄性筋萎縮症の症状は、30代から60代頃に現れ始めます。 症状はゆっくりと進行するため、最初は気づきにくいかもしれません。

症状は主に2つのタイプに分けられます。 一つは「筋肉に関する症状」、もう一つは「体の変化」です。 これらは、タンパク質を作る細胞の働きが関係しています。

筋肉に関する症状

細胞内にはタンパク質を作る工場(小胞体)があります。 この工場に負担がかかり(小胞体ストレス)、うまく働かなくなります。 その結果、筋肉を維持できず、様々な症状が現れるのです。

  • 手足の筋力低下や筋肉のやせ細り 腕や足に力が入りにくく、疲れやすくなります。 瓶のふたが開けにくい、階段を上るのがつらいなどです。
  • 飲み込みにくさ・話しにくさ 舌やのどの筋肉が弱まり、食事中にむせやすくなります。 また、ろれつが回りにくくなることもあります。
  • 筋肉のぴくつきや震え 安静時に、顔や手足の筋肉が勝手にぴくぴく動きます。 両手を前に伸ばすと、指先が細かく震えるのも特徴です。

男性の体に見られる変化

この病気は男性ホルモンの働きを低下させます。 そのため、男性の体に特有の変化が見られることがあります。 これらの変化は、病気に気づくきっかけにもなります。

  • 女性化乳房 男性の乳房が、女性のようにふくらんでくることがあります。 ホルモンバランスの変化によって起こる症状です。
  • 体毛の減少 ひげが薄くなる、胸毛やすね毛が減るなどの変化です。 男性型脱毛症(AGA)とは異なる原因で起こります。
  • 睾丸の萎縮 男性ホルモンを作る臓器である睾丸が小さくなることがあります。

これらの症状は、加齢による変化と間違われることもあります。 しかし、複数の症状に心当たりがあれば、一度ご相談ください。

球脊髄性筋萎縮症の検査・診断

球脊髄性筋萎縮症が疑われる場合、いくつかの検査を行います。 問診で症状を詳しくお伺いし、総合的に判断することが大切です。 診断を確定させるため、主に以下の検査を組み合わせて進めます。

  • 血液検査 筋肉がダメージを受けると血液中に増える成分(CK値)を調べます。 また、男性ホルモンの値や肝臓の数値にも変化が見られるため、 体全体の健康状態もあわせて確認します。
  • 神経・筋肉の電気検査 力の入りにくさの原因が、神経か筋肉のどちらにあるかを探ります。 筋肉に細い針を刺したり、皮膚から弱い電気を流したりすることで、 神経から筋肉への命令が正しく伝わっているかを調べます。
  • 遺伝子検査(確定診断) 診断を確定するために行う、最も重要な検査です。 採血を行い、体の設計図である遺伝子を詳しく調べます。 原因となる遺伝子の特定部分(CAGリピート)の異常を確認します。

近年の遺伝子解析技術の進歩はめざましく、診断の精度は向上しています。 全エクソームシーケンス(WES)などの高度な分子検査もその一つです。 これにより、病気の遺伝的な原因をより詳しく特定できるようになりました。

正確な診断は、その後の治療方針を立てる上で非常に重要です。 なぜなら、特定の遺伝子の仕組みに合わせた治療法の研究が進められているからです。 早期に診断を受けることで、将来的な治療の選択肢が広がる可能性があります。 気になる症状があれば、ためらわずに専門医へご相談ください。

球脊髄性筋萎縮症の治療

残念ながら、今のところ病気の原因をなくし、完全に治す治療はありません。 しかし、病気の進行をゆるやかにし、症状を和らげる治療は進歩しています。 治療の目標は、体の機能を長く保ち、生活の質をできるだけ高く保つことです。

治療は、患者さん一人ひとりの状態に合わせて、以下の方法を組み合わせます。 あなたに合った治療を、主治医と一緒に考えていきましょう。

薬を使った治療

男性ホルモンの働きを抑える「リュープロレリン酢酸塩」という注射薬があります。 このお薬は、病気の進行を抑える効果が期待されています。 12週間に1回の頻度で、お腹や腕の皮膚の下に注射します。

体を動かす練習(リハビリテーション)

病気と長く付き合っていく上で、リハビリテーションは非常に重要です。 近年の研究でも、生活の質を保つための多角的なリハビリが必要とされます。 筋力や体の機能の低下を防ぎ、今ある力を最大限に活かすことが目的です。

  • 運動療法
    筋力や体力が落ちるのを防ぐため、無理のない範囲で体を動かします。
  • 嚥下(えんげ)訓練
    食べ物や飲み物を安全に飲み込むための、舌やのどの筋肉の訓練です。
  • 構音(こうおん)訓練
    はっきりと聞き取りやすく話すための、口や舌の運動を行います。
  • ロボットスーツHAL®を使ったリハビリ
    体の動きを助けてくれるロボットを使ったリハビリも、保険適用で受けられます。

生活を助ける治療(対症療法)

日常生活での困りごとに合わせて、さまざまなサポートを行います。 歩きにくさには杖や車いすを使い、転倒を防ぎます。 筋肉のつりや手のふるえなどの症状を和らげる薬を使うこともあります。