天然痘

かつて世界中を恐怖に陥れ、高い致死率と強い感染力で多くの命をうばった天然痘。この病気は、人類がワクチンによって史上初めて、そして唯一根絶に成功した感染症として歴史に刻まれています。しかし、その戦いは本当に過去のものなのでしょうか。

近年、世界で注目されるエムポックス(サル痘)に対し、過去の天然痘ワクチンが感染リスクを半分近くまで下げ、重症化を防ぐ効果があるという研究結果が報告されています。根絶されたはずの病への対策が、現代の私たちを救う鍵となるかもしれないのです。

この記事では、天然痘とはどのような病気だったのかを基本から解説するとともに、なぜ今、再びその名が注目されているのか、その理由に迫ります。過去の教訓が現代にどう生きるのか、そのつながりをご覧ください。

天然痘の概要

天然痘は「疱瘡(ほうそう)」とも呼ばれ、天然痘ウイルスが原因で起こる感染症です。かつては世界中で大流行し、多くの人の命をうばった非常に恐ろしい病気でした。

天然痘には、主に次のような特徴があります。

・ものすごく強い感染力

・空気や触れることで感染が広がり、患者さんのかさぶたからでも1年以上うつる力がありました。

・命を落とす危険性の高さ

・感染した人のうち、平均しておよそ20%から50%の人が亡くなる、致死率が非常に高い病気です。

・治っても残る特徴的な跡

・たとえ命が助かっても、顔や体に「あばた」と呼ばれるデコボコした跡が残ることが多くありました。

この病気に対し、人類は「種痘」というワクチンで立ち向かいました。その結果、1980年にWHO(世界保健機関)は、天然痘が地球上からなくなったことを宣言しました。これは人類が感染症を根絶することに成功した、歴史上、初めてで唯一の例です。

現在、天然痘の発生はありませんが、近年、天然痘に似たエムポックス(サル痘)という病気が注目されています。ある研究によると、天然痘ワクチンを接種した人は、していない人と比べてエムポックスに感染する危険が半分近くまで下がることがわかっています。さらに、もし感染しても症状がひどくなるリスクを効果的に下げることも報告されており、過去の病気への対策が現代にも役立っているのです。

天然痘の種類

天然痘と一言でいっても、ウイルスの種類によって、症状の重さが大きく変わります。大きく分けると、症状がとても重くなるタイプと、比較的軽いタイプの2つに分けられます。

この2つのタイプでは、命にかかわる危険性がまったく違います。

種類 | 特徴 | 命を落とす危険性

重いタイプ (variola major) | 症状がとても重い | 約30%

軽いタイプ (variola minor) | 症状が比較的軽い | 1%以下

感染した人の9割以上が、この「重いタイプ」でした。この重いタイプは、症状の出方によって、さらに次の4つの顔に分かれます。

・通常型(Ordinary)

天然痘のほとんどがこのタイプです。高い熱が出た後に、全身に特徴的なブツブツがあらわれます。

・軽症型(Modified)

過去に天然痘のワクチンを打ったことがある人に見られます。症状が軽く、治りも早いのが特徴です。このワクチンは、近年の研究でエムポックス(サル痘)にかかる危険を半分近くまで下げ、重症になるのも防ぐ効果がわかっています。

・扁平型(Flat)

ブツブツが平べったく、なかなか治りにくいタイプです。とても珍しいですが、体の抵抗力がうまく働かず、非常に重くなりやすいとされています。

・出血性(Hemorrhagic)

皮膚や口の中から出血が見られるタイプです。このタイプも非常にまれですが、命を落とす危険が極めて高い、最も恐ろしい型です。

このように、天然痘はウイルスの種類やその人の免疫の状態によって、症状の重さが大きく変わる病気なのです。

天然痘の原因

天然痘の原因は、「天然痘ウイルス」というウイルスが体の中に入ることです。

医学的には「痘瘡(とうそう)ウイルス」とも呼ばれ、非常に強い感染力を持っています。

実は、この天然痘ウイルスにはたくさんの仲間がいます。

ウイルスは性質によって分類され、天然痘ウイルスは「オルソポックスウイルス」という大きな家族の一員なのです。

オルソポックスウイルス属の主な仲間

・牛痘(ぎゅうとう)ウイルス

・ウシがかかる病気の原因となるウイルスです。

・エムポックス(サル痘)ウイルス

・近年、世界的に注目されている病気の原因です。

・ワクシニアウイルス

・天然痘のワクチンを作るのに使われたウイルスです。

このウイルスの家族は、兄弟のように姿や性質が似ています。

そのため、一つのウイルスに対する体の防御システム(免疫)が、別のウイルスにも効果を示すことがあるのです。

実際に、信頼性の高い複数の研究をまとめた分析が報告されています。

それによると、天然痘ワクチンを接種した人は、していない人と比べてエムポックスにかかる危険性が半分近くまで下がることがわかっています。

もし感染してしまっても、症状がひどくなるリスクを効果的に下げることも示されており、過去のワクチンが現代の病気にも役立っているのです。

天然痘ウイルスのもう一つの大きな特徴は、人間だけにうつることです。

動物や昆虫などを介して感染が広がることはありません。

人から人への感染さえ防げば流行を止められるという性質が、この病気の根絶につながった重要なポイントでした。

天然痘の症状

天然痘ウイルスに感染しても、すぐには症状は出ません。

約12日間の「潜伏期間」という静かな時間の後、突然インフルエンザのような症状があらわれます。

天然痘の症状は、時間とともに段階を踏んで変化するのが特徴です。

時期(発症後) | 主な症状

体の準備期間 (2〜4日間) | ・急な高熱(39℃前後) ・体のだるさ、頭や背中の痛み

発疹の始まり (約4日間) | ・熱が少し下がると同時に、口の中に痛い赤い斑点ができる ・発疹は顔から手足、最後に胴体へと広がる ・手のひらや足の裏にもできるのが特徴 ・発疹は「赤い点」→「盛り上がり」→「水ぶくれ」と変化する

膿をもつ時期 (約5日間) | ・水ぶくれに膿がたまり、固いブツブツになる ・再び高熱が出ることが多い

かさぶたになる時期 (約11日間) | ・ブツブツがかさぶたになり、はがれ落ちる ・跡が「あばた」として残ることがある

天然痘の発疹の大きな特徴は、全身の発疹が同じペースで変化していくことです。

水痘(みずぼうそう)のように、新しいものと古いものが混ざることはありません。

また、天然痘のワクチン接種後にも、口の中に潰瘍や腫れなどの症状が出ることが研究で報告されています。

天然痘と似たエムポックス(サル痘)の研究では、お子さんの場合、発疹や発熱、リンパの腫れが主な症状でした。

そして、お子さんの合併症の多くは、皮膚の発疹から細菌が入る二次感染症だったと報告されています。

発疹をかき壊さないようにすることが、重症化を防ぐ上でとても大切です。

天然痘の検査・診断

天然痘の診断は、特徴的なブツブツのあらわれ方から始まります。

しかし、見た目だけで病名をはっきりさせることはできません。

最終的には、専門の施設でウイルスの存在を直接確かめる検査が必要です。

もし天然痘が疑われた場合、一般の病院ではなく特別な施設で検査します。

ウイルスが非常に強力で、周りに広がらないようにするためです。

国立感染症研究所などの専門家が、安全な環境で慎重に対応します。

ウイルスを見つけるための主な検査

病名をはっきりさせるためには、次のような検査が行われます。

・PCR(ピーシーアール)法

ウイルスの「設計図」にあたる遺伝子を見つける、精度の高い検査です。

・電子顕微鏡による観察

とても小さいウイルスの形を、直接目で見て確認する方法です。

・ウイルス抗原の検出

ウイルスが持つ特有の「目印」となるタンパク質を見つけ出します。

検査に使うもの

検査に必要なものは、病気がどのくらい進んでいるかによって変わります。

病気の時期 | 主な検査材料

発疹の始まり | 皮膚をこすった液、血液

水ぶくれの時期 | 水ぶくれの中の液体

かさぶたの時期 | かさぶた

天然痘と似た症状の病気もあるため、正確な診断がとても重要です。

例えば、近年注目されるエムポックス(サル痘)という病気があります。

ある研究では、お子さんがエムポックスにかかった場合、発疹をかき壊した場所から細菌が入り、別の病気を引き起こす「二次感染症」が多いと報告されています。

このような危険を避けるためにも、他の病気の可能性を考えながら、慎重に診断を進める必要があるのです。

天然痘の治療

天然痘は1980年に地球上からなくなったと宣言された病気です。

そのため、現在では治療が必要になることは基本的にありません。

しかし、万が一の事態に備えて、治療の方法はきちんと準備されています。

もし天然痘ウイルスに触れてしまった場合、すぐに行う大切な対策があります。

ウイルスに触れてから4日以内にワクチンを接種することです。

これにより、発症を防いだり、症状を軽くしたりする効果が期待できます。

発症してしまった場合の治療は、症状を和らげる対症療法が中心です。

これは、体のつらさを取り除き、回復する力をサポートする治療です。

・全身の管理

水分や栄養をしっかり補給し、痛みがあれば痛み止めなどを使います。

・二次感染の予防

皮膚にできたブツブツの傷から細菌が入り、別の病気を起こすことがあります。

これを「二次感染」といい、特に注意が必要です。

ある研究では、天然痘と似たエムポックス(サル痘)にかかったお子さんの合併症の多くは、この二次感染が原因だったと報告されています。

皮膚を清潔に保ち、必要に応じて抗菌薬という細菌をやっつける薬を使います。

また、海外では天然痘ウイルスに直接効く「抗ウイルス薬」も承認されています。

・テコビリマット(Tecovirimat)

・ブリンシドフォビル(Brincidofovir)

これらの薬は、まだ日本では使うことができません。

テコビリマットは、エムポックスにかかったお子さんや妊婦さんに使われ、特に問題はなかったという報告もあります。

しかし、その安全性や有効性については、まだ詳しく研究していく必要があります。