シャイ・ドレーガー症候群

立ち上がった瞬間にクラっとする、強い立ちくらみ。年のせい、あるいは少し疲れているだけ、と軽視していませんか?しかし、そのありふれた症状が、実は人口10万人あたり約0.3人という非常にまれな国の指定難病、「シャイ・ドレーガー症候群」の警告サインだとしたらどうでしょう。

この病気は、脳に「α-シヌクレイン」という異常なたんぱく質が静かに蓄積し、体を自動で調整する自律神経のネットワークを乱していく進行性の神経疾患です。特に男性は女性の3〜5倍も発症しやすいというデータもあります。

この記事では、その謎に包まれた病気の正体に迫ります。原因から特徴的な症状、そして現在の治療法までを分かりやすく解説します。ご自身の、そして大切な人の健康を守る知識として、ぜひお役立てください。

シャイ・ドレーガー症候群の概要

シャイ・ドレーガー症候群は、神経の病気の仲間である 「多系統萎縮症(MSA)」に含まれる病気の一つです。 体を自動で動かす「自律神経」というシステムが、 うまく働かなくなってしまうことを主な特徴とします。

原因は、脳や脊髄の神経細胞を支える細胞に、 「α-シヌクレイン」という特殊なたんぱく質が 異常にたまってしまうことだと考えられています。 このたんぱく質が脳の広い範囲に影響を与えます。 その結果、全身の神経のつながりが乱れてしまいます。 心臓や血管、胃腸などを調整する機能に問題が起きます。

この病気のポイントを、下の表にまとめました。

項目

内容

分類

多系統萎縮症(MSA)の一種

主な症状

立ちくらみやおしっこの悩みなどの自律神経症状

原因

脳に「α-シヌクレイン」という異常なたんぱく質がたまる

発症率

人口10万人あたり約0.3人と非常にまれ

男女比

男性の方が女性より3〜5倍なりやすいと言われます

遺伝

遺伝することはありません

この病気はゆっくりですが進行していくため、国の指定難病に なっています。根本的な原因はまだ全てはわかっておらず、 現在も世界中で研究が続けられています。

シャイ・ドレーガー症候群の種類

シャイ・ドレーガー症候群は、現在では「多系統萎縮症」 という、より大きな病気のグループの一種とされています。

この病気は、脳のどの部分に異常なたんぱく質がたまるかで 最初に出る症状が異なり、主に2つのタイプに分けられます。 パーキンソン病に似た症状が目立つタイプと、 小脳の症状が目立つタイプです。

種類

主な症状

MSA-P

動きがゆっくりになる、手足がこわばるなど、パーキンソン病に似た症状が中心です。

MSA-C

歩くときにふらつく、言葉がはっきりしなくなるなど、小脳の働きに関わる症状が中心です。

シャイ・ドレーガー症候群は、これらのタイプの中でも特に 「自律神経の症状」が最初に強く現れるのが大きな特徴です。

自律神経は、脳からの指令で体の調子を自動で整えます。 しかしこの病気では、脳の広い範囲の神経ネットワークに 異常が起き、全身の自動調整機能が乱れてしまいます。 その結果、以下のような様々な系統に症状が現れるのです。

  • 心臓や血管の調整
  • おしっこの調整
  • お腹の調子の調整

はじめは自律神経の症状が目立っていても、病気が進むと、 動きにくさやふらつきなど他の症状も現れることが多いです。

シャイ・ドレーガー症候群の原因

この病気がなぜ起こるのか、その原因はまだ研究の途中です。 しかし、脳の中で何が起きているのかは分かってきています。 原因は「α-シヌクレイン」という異常なたんぱく質にあります。

  • 異常なたんぱく質の蓄積 私たちの脳には、神経の働きを助けるお世話係のような 「オリゴデンドロサイト」という細胞があります。 この大切な細胞の中に、α-シヌクレインがたまってしまい、 うまく働けなくなってしまうことが原因と考えられています。
  • 神経ネットワークへの影響 異常なたんぱく質は、脳から背骨を通る神経(脊髄)まで、 とても広い範囲の神経ネットワークに影響を及ぼします。 このネットワークは、体全体を自動で調整する司令塔です。 そのため、心臓や血管、おしっこの機能などが乱れます。

この病気は、お父さんやお母さんから遺伝するものではありません。 ほとんどの場合は、遺伝とは関係なく発症することが特徴です。

原因の全てを解明し、新しい治療法を見つけるために、 今も世界中で研究が続けられています。

シャイ・ドレーガー症候群の症状

この病気の症状は、体を自動で調整する機能のトラブルと、 体を動かす機能のトラブルの、大きく2つに分けられます。 多くの場合、まず自律神経の症状から始まります。

体の自動調節に関わる症状(自律神経の症状)

脳の神経ネットワークに異常が起きることで、心臓や血管、 おしっこなど、全身の自動調整機能が乱れてしまいます。 病気の早い段階から、以下のような症状が現れます。

分類

具体的な症状の例

血圧の調節

・立ち上がったときの強い立ちくらみ(起立性低血圧)

・失神してしまい、転んでケガをすることがある

・首から肩が凝るような痛み(コートハンガー痛)

・原因がはっきりしない疲れや息切れ

おしっこのトラブル

・尿がもれる、トイレが間に合わない

・尿が出にくい、残っている感じがする

おなかのトラブル

・薬を飲んでも治りにくい頑固な便秘

その他の症状

・汗をかきにくくなる

・睡眠中に大きないびきをかく、呼吸が止まる

・男性の勃起障害

特に、立ちくらみ(起立性低血圧)は特徴的な症状です。 単なるめまいと軽く考えず、転倒による大きなケガにも つながるため、十分な注意が必要です。

体の動きに関わる症状(運動の症状)

病気が進むと、体の動きをスムーズにする脳の部分にも 異常なたんぱく質が広がり、動きにくさが目立ち始めます。

  • パーキンソン病に似た症状 ・動作がゆっくりになる ・手足がふるえる ・筋肉が硬くなり、動きにくくなる ・歩き始めの一歩が出にくい
  • 小脳の症状 ・歩くときにふらつき、バランスがとりにくい ・ろれつが回りにくくなる ・手先がうまく使えず、細かい作業が難しくなる

これらの症状は、全ての方に同じように現れるわけではなく、 個人差が大きいのが特徴です。 気になる症状があれば、一人で悩まずにご相談ください。

シャイ・ドレーガー症候群の検査・診断

シャイ・ドレーガー症候群の診断は、一つの検査だけで決まる ものではありません。丁寧な問診や診察、そして専門的な検査の 結果を組み合わせて、慎重に診断を進めていきます。

まず、患者さんから症状について詳しくお話を聞きます。 立ちくらみやおしっこの悩みなど、いつから始まったのか、 どのような時に困るのかなどを丁寧に確認します。 その後、体の動きやバランスなどを診る神経の診察を行います。

診断をより確実にするため、いくつかの検査を行います。 脳の中の状態や、体の自動調整機能の働きを調べます。

  • 脳の中を写真で見る検査(画像検査)
  • MRI検査 磁石の力で、脳の形を詳しく見る検査です。 この病気で影響を受けやすい小脳や脳幹という部分が 小さくなっていないかなどを確認します。
  • PET検査 脳の働きや、病気の原因となる異常なたんぱく質を 見つけるための検査です。最近の研究では、このPET検査で 原因物質「α-シヌクレイン」が脳にたまっている様子を 画像で直接捉える技術が進んできています。 これにより、診断の助けになることが期待されています。
  • 体の自動調整機能を調べる検査(自律神経機能検査)
  • 起立試験 寝ている時と立ち上がった時で、血圧や脈拍が どう変わるかを調べます。立ちくらみの原因を 客観的な数字で評価するための大切な検査です。
  • 膀胱機能検査 おしっこの勢いや、出し切った後に尿が残っていないかを 調べます。おしっこのトラブルの原因を探ります。

この病気は、パーキンソン病など他の病気と症状が似ています。 そのため、心臓の働きを調べる「MIBG心筋シンチグラフィ」 という検査で、他の病気ではないことを確認するのも重要です。 これらの結果を全て合わせて、最終的な診断を行います。

シャイ・ドレーガー症候群の治療

この病気の進行を完全に止めたり、根本から治したりする お薬は、残念ながらまだ見つかっていません。

そのため治療の目標は、今あるつらい症状を和らげること。 そして、できるだけ快適な毎日を送れるようにサポートする 「対症療法」という方法が、治療の中心になります。 症状に合わせて、お薬やリハビリなどを組み合わせて行います。

症状の種類

治療法の例

立ちくらみ(起立性低血圧)

・血圧を上げるお薬

・水分や塩分を適切にとる

・足を締めつける弾性ストッキングの着用

おしっこのトラブル

・おしっこを出しやすくするお薬

・カテーテルという管を使って尿を出す

体の動かしにくさ

・パーキンソン病で使われるお薬

・リハビリ(歩く練習や手先の訓練)

食べ物の飲み込みにくさ

・食事にとろみをつけるなどの工夫

・胃ろう(お腹から直接栄養を入れる方法)

特に、立ちくらみは転んで大きなケガにつながるため、 お薬だけでなく、ご自身でできる工夫もとても大切です。 最近の研究で、とても簡単で効果的な予防法がわかっています。

ある研究では、椅子から立ち上がる前に1分間だけ、 足首を上下にパタパタと動かす運動を行いました。 すると、運動なしでは血圧が平均17.5mmHg下がったのに対し、 運動後では血圧の低下がわずか1.0mmHgに抑えられました。

これは、足の筋肉がポンプの役割をして、下にたまった血液を 心臓に戻す手伝いをしてくれるためと考えられています。 この簡単な運動は、体に負担をかけずに血圧の低下を防ぐ、 安全で有効な方法として、とても注目されています。

治療は多岐にわたりますので、主治医やリハビリの専門家と よく相談しながら、ご自身に合った方法を見つけましょう。