末梢動脈疾患

歩くと足が痛むものの、休むと楽になる症状を、年のせいや筋肉の衰えだと考えていませんか。その足の痛みは、全身の血管に潜む病気の前触れとして現れる「危険信号」かもしれません。

この記事では、末梢動脈疾患(PAD)の原因や症状、心筋梗塞や脳梗塞との関連性を解説します。ある研究では治療を受けた患者の平均年齢が68.8歳と報告されており、加齢とともに注意が必要な病気といえます。

ご自身の状態と照らし合わせながら読み進めることで、足だけでなく全身の健康を守るための検査や治療法がわかります。放置するリスクを理解し、早期の対策を始めるきっかけになるはずです。

末梢動脈疾患の概要

末梢動脈疾患(PAD)は、主に動脈硬化が原因で手足の血管が狭くなったり詰まったりして、血流が悪くなる病気です。

以前は「閉塞性動脈硬化症(ASO)」とも呼ばれていましたが、現在では国際的に「末梢動脈疾患」という名称で統一されています。

この病気で本当に注意すべき点は、「足だけの問題ではない」という事実にあります。

足の血管に動脈硬化が起きているということは、心臓や脳といった全身の血管にも、同じような変化が起きている可能性が高いことを示唆しています。

つまり、足に現れる症状は、心筋梗塞や脳梗塞といった命に関わる病気の前触れともいえる「危険信号」なのです。

そのため、足の治療と同時に、全身の血管病として総合的に管理していく視点が欠かせません。

病気が進行すると、歩くときに足が痛む「間歇性跛行(かんけつせいはこう)」という特徴的な症状が現れることがあります。

この症状の改善には運動療法が効果的ですが、痛みによって歩くこと自体が難しいと感じる方も少なくありません。

しかし、そのような場合でも、腕を使った有酸素運動が、足の運動と同程度に歩行能力や生活の質(QOL)を改善させることが報告されています※。

足の痛みで運動をためらってしまう方にとって、腕の運動は有効な代替治療となりうるのです。

末梢動脈疾患の種類

末梢動脈疾患(PAD)は、その原因や症状の進行スピードによって、いくつかの種類に分けられます。

単に「末梢動脈疾患」というとき、その大半は動脈硬化によって足の血管が狭くなる「閉塞性動脈硬化症(ASO)」を指し、ほぼ同じ意味で使われるのが一般的です。

症状の現れ方(時間経過)に注目すると、病気は以下の2つのタイプに大別できます。

項目 | 慢性下肢虚血(時間をかけて進行) | 急性下肢虚血(突然発症)

主な症状 | ・歩行時の足の痛み(間歇性跛行) ・安静時の痛み ・治りにくい傷や潰瘍 | ・突然の激しい痛み ・しびれ、麻痺 ・皮膚が蒼白になる、冷たくなる

原因 | ・動脈硬化がゆっくり進行し、徐々に血管が狭くなる | ・心臓などでできた血栓(血の塊)が飛んできて、急に血管が詰まる

緊急性 | ・症状に応じて計画的に治療 ・重症度は世界的な指標「ラザフォード分類」で評価※ | ・足の組織が壊死する危険があり、緊急の治療が必要

慢性的に進行するタイプでは、歩くと足が痛む「間歇性跛行」が代表的な症状です。

この痛みのため、歩くこと自体が困難になる方も少なくありません※。

一方、急激に発症する「急性下肢虚血」は、血流が突然途絶えることで起こります。

放置すれば数時間で筋肉や神経の壊死(えし:組織が死んでしまうこと)が始まり、足を失うことにもつながりかねない、非常に危険な状態といえます。

また、まれではありますが、動脈硬化以外が原因となるケースもあります。

代表的なものにバージャー病や血管炎があり、これらは血管そのものが炎症を起こす病気と考えられています。

末梢動脈疾患の原因

末梢動脈疾患を引き起こす根本的な原因は、血管が硬く、もろくなる「動脈硬化」です。

動脈の壁の内側に、コレステロールなどが粥(じゅく)状に溜まってできた「プラーク(粥腫)」が形成され、まるで水道管の内側にサビがこびりつくように、少しずつ血管を狭くしていきます。

この動脈硬化を招き、病気の進行を加速させてしまう「危険因子」には、以下のような生活習慣や病気が深く関わっています。

危険因子 | なぜ動脈硬化を進めるのか?

喫煙 | ・ニコチンが血管を収縮させ血圧を上昇させる ・一酸化炭素が血管の内壁を傷つけ、動脈硬化の土台を作る

糖尿病 | ・高血糖状態が血管の内壁を直接傷つけ、動脈硬化を強力に促進する ・神経障害を合併しやすく、足の異常に気づきにくくなる

高血圧 | ・高い圧力が常に血管にかかることで、血管の壁が傷つき、硬くもろくなる

脂質異常症 | ・血液中の悪玉(LDL)コレステロールが、傷ついた血管壁に入り込み、プラークを形成・成長させる

慢性腎臓病・透析 | ・腎機能の低下により、動脈硬化を促進する物質が体内に蓄積しやすくなる

心筋梗塞・脳梗塞の既往 | ・これらの病気自体が、すでに全身の動脈硬化が進行している「証拠」といえる

これらの危険因子は、一つだけでも問題ですが、複数合わさることで動脈硬化のリスクは足し算ではなく、掛け算のように増大すると考えられています。

また、加齢そのものも動脈硬化を進行させる大きな要因です。ある研究では、治療を受けた患者さんの平均年齢が68.8歳であったと報告されており、年齢とともに誰もが注意すべき病気といえます※。

足の血管を守るための対策は、心臓や脳といった命に関わる臓器の血管を守ることにも直結します。ご自身の危険因子を正しく理解し、一つひとつ着実に対策していくことが、この病気の進行を食い止め、将来の健康を守るための鍵となります。

末梢動脈疾患の症状

末梢動脈疾患の症状は、血管の詰まり具合、つまり血流不足の程度によって段階的に変化し、初期には自覚できないことも珍しくありません。

この病気を象徴するのが、「間歇性跛行(かんけつせいはこう)」と呼ばれる症状です。

歩行によって足の筋肉が多くの酸素を必要とした際に、動脈硬化で細くなった血管が十分な血液を送り届けられなくなることで生じます。

筋肉が酸欠状態に陥ることで、ふくらはぎなどを中心に締めつけられるような重だるい痛みを感じるようになります。しばらく休むと筋肉の酸素需要が減り、痛みが和らぐのが特徴で、この症状のために歩き続けるのが難しくなります※。

病気の進行に伴って現れる症状の変化を、下表に整理します。

進行度 | 主な症状 | 症状が起こるメカニズム(なぜ?)

初期 | ・足の冷えやしびれ ・無症状 | わずかな血流低下が始まっているものの、日常生活で必要な血液量はなんとか保たれている状態。

中期(間歇性跛行) | ・歩行時の足の痛みやだるさ (ふくらはぎなど) ・休むと数分で改善 | 歩行によって筋肉が多くの酸素を必要とするのに対し、血流不足で供給が追いつかず、筋肉が「酸欠」に陥るため。

後期(安静時痛) | ・じっとしていても痛む ・特に夜間に悪化 | 血流不足が深刻化し、安静時でも組織が必要とする最低限の血液すら届かなくなった状態。横になると心臓との高低差がなくなり、重力による血流の補助が減るため、特に夜間に痛みが増しやすいと考えられています。

最重症(重症下肢虚血:CLTI) | ・治らない小さな傷や潰瘍 ・皮膚が黒っぽく変色(壊死) | 組織の修復に必要な血液が全く届かず、細胞が死んでしまう状態。放置すれば、足の切断に至る危険性があります。

間欠性跛行をはじめ、何らかの自覚症状がある状態は「症候性末梢動脈疾患」と呼ばれ、専門的な治療を検討する段階にあることを示しています※。

足の冷えや色の変化、治りにくい傷といったサインは、体が発する重要な警告です。見過ごさずに、お早めに専門の医療機関へご相談ください。

末梢動脈疾患の検査・診断

末梢動脈疾患の診断は、問診や触診にはじまり、血流を評価する簡単な検査から、血管を直接見る詳細な画像検査へと段階的に進めていきます。

足の症状(間歇性跛行など)を詳しくお伺いし、足の脈拍の強さや皮膚の色、冷たさなどを確認した上で、主に以下のような検査を組み合わせて診断を確定します。

検査の段階 | 主な検査 | 検査の目的と特徴

初期スクリーニング | ABI(足関節上腕血圧比)検査 | ・腕と足首の血圧の比率から、足の血流障害の程度を数値で評価する ・検査は数分で終わり、痛みもないため、診断の第一歩として広く行われる

SPP(皮膚灌流圧)検査 | ・足の皮膚表面における微細な血流を測定する ・特に足に傷や潰瘍がある場合に、その治癒の可能性を予測するのに役立つ

精密検査 | 下肢動脈エコー(超音波)検査 | ・超音波で血管の内部や血流の様子をリアルタイムで直接観察する ・体への負担が少なく、動脈硬化の様子(プラーク)も評価できる

CT/MR血管造影検査 | ・造影剤を用いて血管の全体像を3次元で立体的に撮影する ・どこが、どの程度詰まっているかを正確に把握し、治療計画の立案に不可欠

血管造影検査 (カテーテル検査) | ・カテーテルという細い管を血管内に進め、造影剤を直接注入してX線撮影する ・最も詳細な血管情報が得られ、診断と同時にカテーテル治療へ移行することも可能

これらの検査は、単に病気の有無を判断するだけではありません。

例えば、ABI検査で早期に異常を発見できれば、運動療法など、より早い段階での介入につながります。運動療法には、歩行能力を改善させる効果が知られていますが、足の痛みで歩けない場合には腕の運動でも同様の効果が期待できるという報告もあります※。

また、詳細な画像検査は、カテーテル治療やバイパス手術といった血行再建術(血流を回復させる治療)の要否や最適な方法を決定するための、極めて重要な情報となります。

検査で得られた客観的なデータに基づき、病気の進行度(重症度)を世界的な指標である「ラザフォード分類」などを用いて評価した上で※、一人ひとりの患者さんに最も適した治療方針を組み立てていきます。

末梢動脈疾患の治療

末梢動脈疾患の治療目標は、単に足の症状を和らげることだけではありません。病気の根本原因である「動脈硬化」の進行を全身レベルで食い止め、心筋梗塞や脳梗塞を防ぐこと、そして大切な足を守り抜いて生活の質を維持することにあります。

治療は、病気の進行度や患者さん一人ひとりの状態に応じて、以下の3つの柱を組み合わせて進めていきます。

治療の柱 | 主な治療法 | 治療の目的(何のために行うのか?)

1. 基本治療 (保存的治療) | ・危険因子の管理(禁煙、生活習慣病の治療) ・薬物療法 ・運動療法 | ・全身の動脈硬化の進行を抑える ・歩行能力を改善し、生活の質を保つ

2. 血行再建術 | ・カテーテル治療(血管内治療) ・バイパス手術 | ・詰まった血管の血流を直接回復させる ・足の痛みや治りにくい傷を改善する

3. フットケア | ・専門的な足の観察や手入れ ・傷の処置 | ・小さな傷からの重症化を防ぎ、足の切断を回避する

1. 基本治療:すべての治療の土台

まず最優先で取り組むべきは、動脈硬化の進行にブレーキをかけることです。これは、足だけでなく心臓や脳の血管を守るためにも欠かせません。

・危険因子の管理

喫煙は血管を傷つけ、動脈硬化を著しく悪化させるため、禁煙は絶対条件です。あわせて、高血圧、糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病を、食事療法や薬物治療でしっかりと管理します。

・薬物療法

血液を固まりにくくする薬(抗血小板薬)で血の塊(血栓)ができるのを防いだり、コレステロールを下げる薬(スタチン)で血管内のプラークを安定させたりして、動脈硬化の進行を抑えます。

・運動療法

痛みがない範囲で歩くことは、非常に有効な治療法です。歩くことで足の筋肉に血流不足という負荷がかかると、それを補うために新しい血管(側副血行路)が発達し、血流が改善することがわかっています。

2. 血行再建術:血流を直接取り戻す

基本治療を続けても歩行時の痛みが改善しない場合や、安静にしていても痛む、足に傷ができてしまったといった重症なケースでは、血流を直接回復させる「血行再建術」を検討します。

カテーテル治療(血管内治療)

足の付け根などからカテーテルという細い管を血管内に進め、風船(バルーン)で狭くなった部分を内側から広げたり、ステントという金属の筒を留置したりする治療法です。体への負担が少なく、入院期間も短いのが特徴です。

治療後に血管が再び狭くなる「再狭窄(さいきょうさく)」を防ぐため、近年では再狭窄を抑える薬剤を塗布した「薬剤コーティングバルーン(DCB)」が広く用いられています。

ある大規模な臨床試験では、この薬剤コーティングバルーンによる治療が、間歇性跛行から安静時痛のある患者さん(ラザフォード分類2〜4)において、治療後5年という長期間にわたって安全かつ有効であることが報告されました※。

バイパス手術

詰まった血管を迂回する新しい血液の通り道(バイパス)を、ご自身の静脈や人工血管を使って作成する手術です。血管の詰まりが広範囲に及ぶなど、カテーテル治療が難しい場合に選択されることが多い治療法といえます。

3. フットケア:足を切断から守る最後の砦

血流が悪い足は、ほんの小さな傷でも治りにくく、細菌に感染して組織が死んでしまう「壊疽(えそ)」へと進行する危険性をはらんでいます。特に糖尿病を合併していると足の感覚が鈍くなり、傷の発見が遅れがちです。

そのため、毎日足をよく観察し、清潔に保ち、適切な保湿を行うといった専門的な足の手入れ(フットケア)が、足を切断から守る上で極めて重要な治療となります。