神経調節性失神

「満員電車で気分が悪くなった」「長時間立っていたら目の前が真っ暗に…」そんな経験はありませんか?それは単なる立ちくらみではなく、失神の中で最も多い「神経調節性失神」かもしれません。

命に直接関わる病気ではないものの、約3人に1人が数年以内に再発するとも言われ、意識を失い転倒することで大きなケガにつながる危険も潜んでいます。実はこの失神、体を守るはずの自律神経が、痛みやストレスをきっかけに誤作動してしまうことが原因です。

この記事では、あなたの失神がどのタイプなのか、そして今日からできる予防法と、いざという時の正しい対処法を詳しく解説します。原因を知り、再発の不安を解消しましょう。

神経調節性失神の概要

神経調節性失神は、失神の中で最も頻繁にみられるタイプです。 体の調子を自動で整える自律神経のバランスが一時的に乱れます。 その結果、脳へ送られる血液が不足し、意識を失ってしまう状態です。

この失神には、いくつかのわかりやすい特徴があります。 意識を失う前に、以下のような前触れのサインを感じることが多いです。

  • 目の前が暗くなる 急に視界が狭まったり、白っぽくなったりします。
  • ふらつき・めまい 立っていられないような感覚に襲われます。
  • 冷や汗や吐き気 気分が悪くなり、冷たい汗が出てきます。

これらのサインを感じたときは、転倒によるケガを防ぐことが大切です。 意識を失っている時間は、ほとんどの場合で1分以内と非常に短いです。 また、長時間立ち続けることや強い痛みなどがきっかけで起こります。

神経調節性失神そのものは、命に直接関わる病気ではありません。 後遺症が残る心配もほとんどありません。 しかし、意識を失って倒れる際に頭を打つなど、大きなケガをする危険があります。 約3人に1人が2〜3年以内に再発するというデータもあり、注意が必要です。

神経調節性失神の種類

神経調節性失神は、意識を失うきっかけによって主に3種類に分けられます。 ご自身の失神がどのタイプかを知ることは、再発を防ぐための第一歩です。 どのような状況で起こりやすいのか、具体的に見ていきましょう。

種類

きっかけとなる状況の例

血管迷走神経性失神

・長時間立ったままでいる

・注射や採血への強い恐怖

・痛み、疲れ、寝不足、精神的ストレス

・満員電車などの人ごみ

状況失神

・排尿や排便(特に力んだとき)

・激しい咳やくしゃみ

・食事中などにものを飲み込む

頸動脈洞(けいどうみゃくどう)失神

・首周りを強く圧迫する(きついネクタイなど)

・ひげ剃りで首にカミソリをあてる

・首を急に横に向ける、マッサージを受ける

1. 血管迷走神経性失神

このタイプは、神経調節性失神の中で最も多く見られます。 強い痛みや精神的なストレスなどが引き金となるのが特徴です。 体の調子を整える自律神経がうまく働かなくなり、失神に至ります。

2. 状況失神

排尿や咳といった、ある特定の状況や動作がきっかけで起こる失神です。 これらの動作は、心臓の働きを落ち着かせる迷走神経を過剰に刺激します。 その結果、血圧が下がりすぎて脳への血流が不足し、意識を失います。 特に、夜間にお酒を飲んだ後の男性の排尿時などに起こりやすいです。

3. 頸動脈洞(けいどうみゃくどう)失神

首の左右には、血圧を監視する「頸動脈洞」というセンサーがあります。 このセンサーが圧迫されると、脳が「血圧が高すぎる」と勘違いします。 そして心臓を休ませ、血圧を下げようとするため、失神してしまいます。 きついネクタイやシャツの着用、首のマッサージなどが原因になります。

神経調節性失神の原因

私たちの体には、意識しなくても心臓や血管の働きを調節してくれる「自律神経」という仕組みがあります。 自律神経は、車のアクセル(交感神経)とブレーキ(副交感神経)に例えられます。 活動するときはアクセルが、体を休ませるときはブレーキが働きます。

神経調節性失神は、このブレーキ役が急に、そして過剰に作動してしまうことが原因です。 ブレーキ役の代表である「迷走神経」が強く興奮しすぎると、心臓の動きがゆっくりになり、全身の血管が広がって血圧が急激に低下します。 その結果、脳に十分な血液が届かなくなり、一時的に意識を失ってしまうのです。

このブレーキが強く効きすぎてしまう引き金は、人によって様々です。 ご自身の失神がどのきっかけで起こるのか、その仕組みを知ることが大切です。

  • 身体や心への強いストレス 痛みや恐怖、精神的な緊張は、体を守ろうとする防御反応です。 この反応が過剰になると、迷走神経を強く刺激して失神につながります。 (血管迷走神経性失神)
  • 特定の体の動き 排尿や咳、食事を飲み込むといった動作は、胸やお腹の圧力を変えます。 この圧力の変化が迷走神経を刺激し、失神の引き金になることがあります。 (状況失神)
  • 首への物理的な圧迫 首には血圧を監視するセンサー(頸動脈洞)が備わっています。 きついネクタイなどで圧迫されると、脳が血圧が高いと勘違いします。 そして血圧を下げようと迷走神経を働かせ、失神に至るのです。 (頸動脈洞失神)

このように、本来は体を守るための神経の働きが、特定の状況下で過剰に反応してしまうことが、神経調節性失神の根本的な原因と言えます。

神経調節性失神の症状

神経調節性失神の最も大きな特徴は、一時的に意識を失うことです。 しかし多くの場合、意識がなくなる前に体からのサインが現れます。 この「前ぶれ」に気づくことが、転倒によるケガを防ぐ上で重要です。

意識を失う前のサイン(前駆症状)

失神する前には、脳に届く血液が少なくなってきたサインが出ます。 もし次のような症状を感じたら、すぐに安全な場所で休んでください。

  • 目の異常 視界がだんだん狭くなったり、目の前が暗くなったりします。 あるいは、全体が白っぽくかすんで見えることもあります。
  • ふらつき・めまい 地面が揺れるような、ふわふわとした感覚のめまいが起こります。 立っているのがつらく、しゃがみ込みたくなります。
  • 血の気が引く感じ 顔が青ざめ、全身からスーッと力が抜けていくような感覚です。 実際に血圧が下がっているために起こる症状です。
  • 冷や汗や吐き気 暑くもないのに、じっとりと冷たい汗が出てきます。 同時にお腹が気持ち悪くなったり、吐き気を感じたりします。

意識を失っている時間と回復後

これらの前ぶれのサインの後、意識を失ってしまいます。 意識がない時間はとても短く、ほとんどの場合は1分もかかりません。 目が覚めた後は、特別な後遺症もなく普段の状態に戻ることが大半です。

ただし、最も危険なのは、意識を失って倒れる際に起こるケガです。 頭を強く打つと、失神そのものより重い問題につながる恐れがあります。 前ぶれの症状を感じたら、すぐに座るか横になることが何より大切です。

神経調節性失神の検査・診断

神経調節性失神の診断では、まず命に関わる病気がないかを確認します。 そのうえで、失神が起きた状況を詳しくお伺いすることが重要です。 パズルのピースを集めるように、情報を整理して原因を突き止めます。

診断は、主に次の3つのステップで進められます。

ステップ1:詳しいお話を聞く(問診) 失神したときの状況は、診断における最も重要な手がかりとなります。 正確な診断のため、以下の内容をできるだけ詳しく教えてください。

  • 失神時の状況 いつ、どこで、何をしていた時に意識を失いましたか?
  • 意識を失う前の症状 目の前が暗くなる、ふらつき、吐き気などの前ぶれはありましたか?
  • 意識がなかった時間 周りの人から見て、どれくらいの時間意識がありませんでしたか?
  • 目が覚めた後の状態 すぐに普段通りに動けましたか?体に痛みやしびれはありませんか?

ステップ2:危険な病気がないか調べる検査 失神は、心臓や脳の重い病気が原因で起こることもあります。 そのため、まずは以下のような検査で危険な病気がないことを確認します。

  • 心臓の検査 心電図や心臓超音波(エコー)検査で、不整脈などがないか調べます。
  • 脳の検査 頭部CTやMRI検査で、脳出血や脳梗塞などの異常がないか確認します。
  • 全身状態の確認 血液検査を行い、貧血や電解質の異常などがないかをチェックします。

ステップ3:失神を再現して確かめる検査 ステップ2までの検査で異常がなく、神経調節性失神が強く疑われる場合に行います。 「ヘッドアップチルト試験」という、失神を安全に再現する検査です。 ベッドに横になった状態で体をゆっくり起こし、血圧や脈拍の変化を見ます。 この検査で失神が再現されれば、診断がより確実なものになります。

これらの問診や検査の結果を総合的に判断して、診断を確定します。

神経調節性失神の治療

神経調節性失神の治療は、お薬に頼る前にできることがたくさんあります。 治療の柱は、失神の「予防」と、前ぶれを感じたときの「回避」です。 ご自身の生活を見直し、正しい対処法を身につけることが最も重要です。

ご自身でできる対策(非薬物療法)

日常生活の少しの工夫で、失神の多くは防ぐことができます。 なぜその対策が有効なのか、理由とともに理解しておきましょう。

  • 失神のきっかけを避ける(予防策)
  • 水分と塩分をこまめに摂る 脱水状態になると血液の全体量が減り、血圧が下がりやすくなります。 特に夏場や運動後は、意識して水分と塩分を補給しましょう。
  • 長時間、同じ姿勢で立ち続けない 重力によって血液が足の方へ溜まり、脳へ送られる血液が減ります。 長時間立つ場合は、足踏みをするなどして血流を促しましょう。
  • 人ごみや暑い場所をできるだけ避ける 脱水や精神的なストレスは、自律神経のバランスを乱す原因です。
  • お酒の飲み過ぎに注意する アルコールには血管を広げて血圧を下げる作用があります。 特に夜間にお酒を飲んだ後の排尿時は、失神が起こりやすいです。
  • 排尿や排便時にいきみすぎない 強く力むと、心臓の働きを抑える神経が刺激されやすくなります。 男性の場合は、座って排尿することも有効な対策の一つです。
  • 前ぶれの症状があらわれたときの対処法(回避策) 「目の前が暗い」「ふらつく」といったサインを感じたら、それは脳の血流が減っている証拠です。 意識を失って倒れる前に、すぐ以下の行動をとってください。
  • その場にしゃがむ、または横になる 頭の位置を心臓と同じか、より低くすることが目的です。 重力に逆らわず、脳に血液が届きやすい体勢をとりましょう。
  • 脚を交差させて筋肉に力を入れる 下半身の筋肉を収縮させることで、全身の血圧を上げる効果があります。 しゃがめない状況では、この方法で血圧の低下を防ぎます。

医療機関での治療

上記のような対策を徹底しても失神を繰り返す場合は、医療機関での治療を検討します。 ただし、これらはあくまで補助的な選択肢となります。

  • 薬物療法 失神のタイプに応じて、血圧を維持しやすくするお薬などが処方されることがあります。
  • ペースメーカー治療 失神時に心臓の動きが極端に遅くなる特殊なタイプの方で、失神を頻繁に繰り返す場合にのみ検討されることがあります。