巨細胞性動脈炎
「今まで経験したことのないような頭痛」「食事をするとすぐにあごが疲れる」。50歳を過ぎてこのような症状に心当たりがあるなら、単なる加齢のせいだと見過ごしてはいけません。それは、治療が遅れると突然の失明に至る可能性もある「巨細胞性動脈炎」という病気の危険なサインかもしれません。
この病気は、主に頭や首の太い血管に炎症が起きるもので、日本では50歳以上の10万人あたり年間約1.5人が発症すると報告されています。この記事では、あなたのその不調の正体を明らかにし、深刻な事態を避けるための治療法について詳しく解説します。ご自身の症状と照らし合わせながら、ぜひ最後までご覧ください。
巨細胞性動脈炎の概要
巨細胞性動脈炎(きょさいぼうせいどうみゃくえん)は、主に体の太い血管に炎症が起きる病気です。
「炎症」とは、体が傷ついた時に赤く腫れたり熱を持ったりする反応のことです。この病気では、血管の壁に「巨細胞」という、普段は見られない大きな細胞が集まるため、この名前がついています。
主に頭や首にある、血液が通る太い管(動脈)が影響を受けやすいです。特に、こめかみにある「側頭動脈(そくとうどうみゃく)」に炎症が起きやすいため、「側頭動脈炎」とも呼ばれます。
しかし、胸やお腹の太い血管に炎症が起きることもあります。実際に、患者さんの約1割は側頭動脈に異常が見られない場合もあります。
この病気には、かかりやすい方の特徴がいくつか報告されています。
- 年齢 50歳以上の方に起こり、特に70歳代で発症する方が多いです。
- 性別 男性よりも女性の方が、やや発症しやすい傾向があります。
- 人種や地域 北欧系の人々に多く見られます。日本では比較的まれで、50歳以上の10万人あたり年間1.5人程度と報告されています。
適切な治療を行えば、多くの場合で症状は改善します。しかし、治療が遅れると失明に至る可能性もあるため、早期発見がとても大切です。また、症状がぶり返すこともあるため、治療後も注意が必要な病気です。
巨細胞性動脈炎の種類
巨細胞性動脈炎は、どの血管に炎症が起きるかによって、現れる症状が大きく異なります。
ご自身の体のサインを正しく理解するために、病気のタイプを知ることはとても重要です。主に、以下の2つのタイプに分けられます。
- 頭蓋動脈(とうがいどうみゃく)型 頭の血管、特にこめかみにある「側頭動脈」に炎症が起きやすいタイプです。このため「側頭動脈炎」とも呼ばれます。血管の炎症で血の流れが悪くなり、頭や顔に症状が集中しやすいのが特徴です。
- 新しいタイプの頭痛 今まで経験したことのないような、ズキズキと脈打つような頭痛が起こります。
- ものを噛むときのあごの痛み 食事をしていると、あごの筋肉がすぐに疲れて痛くなることがあります。
- 目の症状 急に視力が落ちたり、ものが二重に見えたりします。これは失明につながる危険なサインのため、特に注意が必要です。
- 頭皮の痛み 髪をとかしたり、帽子をかぶったりするだけで頭皮に痛みを感じることがあります。
- 大血管(だいけっかん)型 心臓から出る一番太い血管(大動脈)や、腕につながる血管に炎症が起きるタイプです。体の中心部分の血管が影響を受けるため、症状は腕や上半身に出やすくなります。
- 腕のだるさや血圧の左右差 腕へ向かう血流が悪くなり、腕が疲れやすくなります。左右の腕で測った血圧の値に、大きな差が出ることがあります。
- 胸や背中の痛み 胸の大動脈に炎症が及ぶと、胸や背中に痛みを感じることがあります。
これらのタイプは、どちらか一方だけ現れることもあれば、両方の特徴が同時に出ることもあります。
|
種類 |
主な炎症の場所 |
特徴的な症状の例 |
|
頭蓋動脈型 |
頭の血管(特にこめかみ) |
・新しいタイプの頭痛 ・食事中のあごの痛みや疲れ ・視力低下、ものが二重に見える ・髪をとかした時の頭皮の痛み |
|
大血管型 |
胸の大動脈や腕の太い血管 |
・腕のだるさ、疲れやすさ ・左右の腕で血圧が違う ・原因不明の胸や背中の痛み |
また、巨細胞性動脈炎の患者さんの約半数は、「リウマチ性多発筋痛症」という病気を同時に発症することが知られています。これは、急に首や肩、腰回りの筋肉に強い痛みやこわばりが生じる病気です。
巨細胞性動脈炎の原因
巨細胞性動脈炎がなぜ起こるのか、その正確な原因はまだわかっていません。 しかし、いくつかの要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
主な原因として、以下の3つが関係しているとされています。
- 体の「守り手」である免疫システムの誤作動
- 生まれ持った体質(遺伝的な要因)
- 生活の中のきっかけ(環境的な要因)
私たちの体には、ウイルスや細菌から体を守る「免疫」という仕組みがあります。 この免疫システムが、何らかのきっかけで自分の血管を敵と間違えて攻撃し、炎症を起こしてしまうのが、この病気の始まりと考えられています。
特に、血管の壁自体に栄養を送る「血管滋養管」というとても細い血管で、免疫細胞が過剰に活動することが発端ではないか、という説が有力です。
また、生まれつき特定の遺伝子を持つ方は、この病気になりやすい傾向があります。 例えば、白血球の型である「HLA」という遺伝子のタイプが関わっていることが知られています。
このような遺伝的な素質を持つ方が、ウイルス感染などをきっかけとして免疫システムのバランスを崩し、発症につながるのではないかと考えられています。 つまり、一つの原因ではなく、複数の条件が重なった時に発症する病気なのです。
巨細胞性動脈炎の症状
巨細胞性動脈炎の症状は、炎症が起きる血管の場所によって大きく異なります。 風邪に似た全身の症状から、頭や目、あごなど特定の場所に出る特徴的なサインまでさまざまです。
見逃されやすいサインもあるため、ご自身の体の変化に注意深く目を向けることが大切です。
全身にあらわれる症状
はじめに、全身に現れる症状から見ていきましょう。 これらの症状は、他の病気と間違われやすいのが特徴です。
- 原因不明の発熱 37.5度前後の微熱が続くことが多いですが、高熱が出ることもあります。
- インフルエンザに似た症状 強いだるさや疲労感、食欲がなくなる、体重が減るなどの症状が出ます。
- 気分の変化 気分の落ち込みや、まれに意識がはっきりしないといった症状も報告されています。
頭や顔にあらわれる特徴的な症状
頭の血管に炎症が起きると、特徴的なサインが現れます。 これらは病気を疑う重要な手がかりになります。
- 新しいタイプの頭痛 「今までに経験したことのない頭痛」が、こめかみを中心に片側だけに出ることが多いです。ズキズキと脈打つような痛みが特徴です。
- ものを噛むときのあごの痛み 食事をしていると、すぐにあごの筋肉が疲れて痛くなることがあります。これは「咀嚼時跛行(そしゃくじはこう)」と呼ばれる特徴的な症状です。
- 頭皮の痛み 髪をとかしたり、帽子をかぶったりする軽い刺激で、頭皮に痛みを感じることがあります。
- 血管の見た目の変化 こめかみの血管(側頭動脈)が腫れて硬くなったり、こぶのように浮き出て見えたりします。触れると痛みを感じることもあります。
特に注意すべき「目」の症状
目の栄養を担う血管に炎症が及ぶと、視力に深刻な影響が出ることがあります。 これは失明につながる可能性のある、非常に危険なサインです。
- 急に視力が落ちる
- ものが二重に見える
- 片方の目が、カーテンが下りるように一時的に見えなくなる
これらの症状は、回復が難しい視力障害につながる緊急事態です。 少しでも異常を感じたら、ためらわずに、すぐに医療機関を受診してください。
筋肉や関節の痛み
患者さんの約半数に「リウマチ性多発筋痛症」という病気が同時に起こることが知られています。 急に、首や肩、腰まわりに強い痛みやこわばりが出ます。特に朝起きたときに症状が強いのが特徴です。
巨細胞性動脈炎の検査・診断
巨細胞性動脈炎の診断は、一つの検査だけで決まるわけではありません。 探偵が証拠を集めるように、様々な角度から体を調べていきます。
患者さんの症状、血液検査、画像検査、そして組織の検査結果をパズルのように組み合わせ、総合的に判断して診断を確定します。
診断の目安として、アメリカリウマチ学会が提唱する基準が参考にされます。 以下の5つの項目のうち、3つ以上当てはまる場合にこの病気の可能性が高まります。
|
診断の目安 |
なぜ、この項目が重要なのか |
|
50歳以上で発症 |
この病気が主に50歳以上の方に起こるためです。 |
|
新しいタイプの頭痛 |
今まで経験のない、ズキズキする頭痛は特徴的なサインです。 |
|
こめかみの動脈の異常 |
血管の炎症により、押すと痛かったり脈が弱く感じられたりします。 |
|
血液検査での高い炎症反応 |
体の中で強い炎症が起きていることを示す客観的なデータです。 |
|
血管の組織検査での異常 |
顕微鏡で見て「巨細胞」を確認できれば、最も確実な証拠になります。 |
具体的な検査は、主に以下の3つのステップで進められます。
STEP1:血液検査
体の中の「火事」の大きさを調べる
まず、採血によって体の中でどれくらいの炎症が起きているかを確認します。 「CRP」や「赤血球沈降速度(ESR)」という数値を調べます。
これらの数値は、体の中で炎症という「火事」が起きていると高くなります。 巨細胞性動脈炎では、この数値が非常に高くなることが特徴です。
STEP2:画像検査
血管の状態を「目で見て」確認する
血管の炎症を直接目で見て確認するために、画像検査を行います。 体に負担の少ない検査から、より詳しく調べる検査まであります。
- 超音波(エコー)検査 こめかみなど、体の表面に近い血管に超音波をあてて観察します。 炎症で血管の壁がむくんで厚くなると、断面が黒い輪のように見えます。 この特徴的な所見を「ハローサイン」と呼びます。
- CT、MRI(MRA)、PET検査 体の深い部分にある太い血管(大動脈など)の炎症を調べる際に有効です。 全身の血管の形や、炎症が起きている範囲を詳しく評価できます。
STEP3:側頭動脈生検(そくとうどうみゃくせいけん)
診断を確定させるための最終手段
診断を確実にするために、最も信頼性の高い検査が側頭動脈生検です。 局所麻酔をした後、こめかみの動脈の一部を2cmほど切り取ります。
そして、その組織を顕微鏡で詳しく調べます。 血管の壁に「巨細胞」という、この病気に特徴的な大きな細胞が見つかれば、診断が確定します。
これらの検査結果を専門の医師が丁寧に読み解き、診断を下します。 特に目の症状がある場合は、失明を防ぐためにも迅速な検査と診断が不可欠です。
巨細胞性動脈炎の治療
巨細胞性動脈炎の治療は、時間との勝負です。 一番の目標は、血管で起きている炎症という「火事」をすみやかに消し止めることです。 そして、失明や大動脈の合併症といった、取り返しのつかない事態を防ぎます。
治療の柱は、炎症を強力に抑える「ステロイド」というお薬です。 患者さんの状態に合わせて、いくつかの治療法を組み合わせていきます。
STEP1:初期治療|炎症を強力に抑える
まず、体の中で起きている激しい炎症を鎮めるため、ステロイド薬を使います。 症状の重さによって、使い方を使い分けます。
- 飲み薬による治療 「プレドニゾロン」などのステロイドの飲み薬を、多めの量から開始します。 これは、治療の基本となる方法です。
- 点滴による治療 急な視力低下など、緊急性の高い症状がある場合は入院が必要です。 「メチルプレドニゾロン」という薬を点滴で大量に投与し、一気に炎症を叩きます。 目の症状は特に緊急性が高く、発症から24時間以内に治療を開始することが極めて重要です。
STEP2:維持治療|ステロイド以外の薬も活用
ステロイドは効果が高い反面、長期間使い続けると副作用のリスクも考えられます。 そのため、ステロイドの量を安全に減らしていく目的で、他の薬を併用することがあります。
- 免疫抑制剤 「メトトレキサート(MTX)」などのお薬です。 血管を攻撃してしまう免疫の働きを、穏やかに調整する役割があります。
- 生物学的製剤 「トシリズマブ」など、比較的新しいタイプのお薬です。 炎症を引き起こす原因物質(IL-6)だけを狙い撃ちして、その働きを抑えます。
STEP3:副作用への対策
ステロイドを長期間使用する際は、副作用を予防するお薬も一緒に飲みます。 骨がもろくなる「骨粗しょう症」や、胃の粘膜が荒れるのを防ぐためです。 安心して治療を続けるために、これらの対策も非常に重要になります。
症状が良くなると、ステロイドの量を数カ月から年単位の時間をかけてゆっくり減らします。 しかし、お薬を減らす途中で約半数の方が再発するともいわれています。 自己判断で薬の量を調整したり中断したりせず、医師の指示通りに治療を続けることが大切です。





