複合性局所疼痛症候群
怪我が治ったはずなのに痛みが続く、あるいはその程度では説明できないほどの強い痛みに悩んでいませんか?複合性局所疼痛症候群(CRPS)は、骨折や捻挫などの外傷をきっかけに、体の一部に慢性的な痛みが続く病気です。手首の骨折後には約13.63%もの割合で発症するとも報告されており、決して珍しくない疾患といえます。
この記事では、CRPSの概要から、その複雑な原因、具体的な症状、診断基準、そして治療方法までを詳しく解説します。
本記事を通じて、CRPSへの理解を深め、ご自身の症状に対する不安を軽減し、適切な医療へとつながる一歩を踏み出せるでしょう。早期発見と適切な治療が、症状の改善と生活の質の向上につながる可能性があります。
複合性局所疼痛症候群の概要
複合性局所疼痛症候群(CRPS)は、骨折や捻挫などの怪我をきっかけに、その怪我の程度では説明できないほどの強い痛みや、さまざまな症状が体の一部に慢性的に続く病気です。怪我そのものは治癒しているはずなのに、いつまでも痛みや腫れ、皮膚の色の変化などが現れるため、患者さんにとっては大きな苦痛と疑問につながる疾患といえます。
たとえば、手首の骨折として知られる橈骨(とうこつ)骨折の後では、約13.63%の割合でCRPSが発症すると報告されています※。これは決して低い数字ではなく、怪我をされた方の中で一定数の方がこの症状に悩まされる可能性があることを示唆しています。
CRPSの発症には、いくつかの要因が関わると考えられます。
・外傷の種類
骨折の中でも、特に複雑なケースではCRPSの発症リスクが高まる傾向です。具体的には、皮膚が損傷した開放骨折や、骨折によって大きなエネルギーが加わった橈骨頭(とうこつとう)骨折、さらには肘の尺骨(しゃっこつ)骨折を合併している場合などが該当します※。このような状況では、組織へのダメージが通常よりも大きく、体の回復メカニズムに異なる反応が起きやすいと考えられます。
・患者さんの体質
怪我の種類だけでなく、患者さん自身の体質も発症に影響を与える要因の一つです。女性であること、BMI(体格指数)が高いこと、そして精神医学的な要因がある方は、CRPSを発症しやすい傾向が見られるでしょう※。
一方で、過度な心配は不要なケースもあります。特定の手術方法(創外固定や観血的整復内固定といった骨折の固定方法)や、糖尿病、高血圧といった持病、喫煙、アルコール乱用、社会経済的な状況などは、CRPSのリスク因子ではないと考えられています※。
CRPSは複雑な病気であり、ご自身の状態や症状に不安を感じる場合は、早めに医療機関を受診し、専門医に相談することが大切です。適切な診断と治療を受けることで、症状の改善につながる可能性があります。
複合性局所疼痛症候群の種類
複合性局所疼痛症候群(CRPS)は、その原因となる神経の損傷があるかないかによって、大きく2つのタイプに分けられます。 この分類は、適切な診断を下し、一人ひとりに合った治療法を見つける上で重要です。
CRPSには、以下の2つのタイプがあります。
タイプ | 神経損傷の有無 | 発症のきっかけとなる主な外傷の例 | 特徴
タイプ1(CRPS-I) | レントゲンやMRIなどの画像検査で、
明らかな神経の損傷が確認できない | 骨折、捻挫、打撲、軟部組織の損傷など
比較的軽度な外傷後 | ・以前は「反射性交感神経性ジストロフィー」
と呼ばれていました
・神経そのものの損傷はないにもかかわらず、
神経系の機能に異常が生じていると考えられています
タイプ2(CRPS-II) | 神経が断裂、圧迫、切断されるなど、
末梢神経の損傷が明確に確認できる | 手術による神経切断、重度の外傷、
銃創や神経を直接傷つける怪我など | ・以前は「カウザルギー」と呼ばれていました
・神経の直接的な損傷が、
痛みの引き金となっています
CRPS-Iは、骨折や捻挫といった「比較的軽度」とみられがちな外傷の後でも発症することがあります。例えば、手首の骨折(橈骨骨折)の約13.63%にCRPSが発症するという報告もあります※。画像検査などで神経そのものの損傷が見られないにもかかわらず、なぜ強い痛みや腫れ、皮膚の変化などが続くのか疑問に感じるかもしれません。これは、外傷をきっかけに神経系の機能に異常が生じ、痛みを過剰に感じてしまう状態と考えられています。
一方、CRPS-IIは、神経そのものに物理的な損傷が確認できる場合に診断されます※,※。例えば、手術中に誤って神経を切断してしまったり、重度の事故で神経が直接的に傷ついたりしたケースなどがこれにあたります。神経が傷ついたことで、その神経が支配する領域に激しい痛みや感覚異常が生じるのが特徴です。
このように、神経損傷の有無でタイプが分かれるCRPSですが、痛みやその他の症状自体は、両タイプで似ていることが多くあります。しかし、この分類は、痛みの根本的な原因を特定し、神経ブロックやリハビリテーション、薬物療法など、それぞれのタイプに最適な治療戦略を立てる上で非常に重要な手がかりとなります。ご自身のCRPSがどちらのタイプに分類されるのか、専門医との相談を通じてしっかりと理解することが、治療への第一歩となるでしょう。
複合性局所疼痛症候群の原因
「なぜ、怪我は治ったはずなのに、痛みがいつまでも続くのか?」――複合性局所疼痛症候群(CRPS)の原因は、その疑問を抱く患者さんにとって最も知りたいことでしょう。CRPSが発症するメカニズムは非常に複雑で、まだすべてが明らかになっているわけではありません。実際、CRPSは外傷・整形外科領域において、診断も管理も難しい神経性疼痛疾患とされています※。
しかし、これまでの研究から、特定の外傷の種類や重症度、そして患者さんの体質が発症に深く関わっていることがわかっています。
発症のきっかけとなる外傷
CRPSは、骨折や捻挫などの外傷をきっかけに発症することがほとんどです。特に、以下のような外傷はCRPSのリスクを高める可能性があります※。
・開放骨折:皮膚が破れて骨が外部に露出するような重度の骨折です。このような外傷は組織へのダメージが大きく、体の回復プロセスに異常な反応を引き起こしやすいと考えられます。
・高エネルギー外傷:例えば、手首の骨である橈骨(とうこつ)骨折の中でも、転落事故や交通事故など、大きな力が加わって発生した外傷がこれに該当します。周囲の組織に広範囲な損傷を与え、CRPS発症のリスクを高めることがあります。
・複数の骨折や組織の損傷の合併:尺骨(しゃっこつ)骨折を伴うなど、複雑な骨折や組織の損傷が重なる場合も、CRPSの発症につながりやすい傾向が見られます。
これらの外傷によって引き起こされる強い炎症反応や神経の損傷、さらには神経が過敏になる(感作)といった現象が複雑に絡み合い、痛みが慢性化すると推測されています。
CRPSを発症しやすい体質
怪我の種類だけでなく、患者さん自身の体質もCRPSの発症に影響を与える要因の一つです。研究では、以下の特徴を持つ方が、CRPSを発症しやすい傾向にあると報告されています※。
・女性であること
・BMI(体格指数)が高いこと
・精神医学的な要因があること:ストレスや不安を感じやすい、あるいはうつ傾向があるといった精神的な側面も、痛みの感じ方や神経系の反応に影響を及ぼす可能性が指摘されています。
これらの体質的な要因は、外傷による身体の反応や、痛みの感じ方を増幅させることで、CRPSの発症リスクを高めていると考えられます。
リスク因子ではないこと
一方で、患者さんが不安に感じやすいものの、CRPSの直接的なリスク因子ではないとされている事柄もあります。例えば、特定の手術方法(骨折の固定に用いられる創外固定や観血的整復内固定など)や、糖尿病・高血圧といった持病、喫煙、アルコール乱用、さらには社会経済的な状況などがこれに当たります※。これらの情報も踏まえ、過度な心配は避け、適切な治療に目を向けることが大切です。
まとめると、CRPSは単一の原因で発症するわけではありません。外傷による身体への物理的な影響、それに対する神経系の過剰な反応、そして個人の体質や精神的な状態が複雑に作用し合って引き起こされる病気であるといえます。
複合性局所疼痛症候群の症状
複合性局所疼痛症候群(CRPS)は、痛みだけでなく、体全体にわたる多様な症状や機能の障害を伴う病気です。怪我や手術の程度では説明できないほどの強い痛みや不快な感覚が続くことが、この病気の大きな特徴といえます。
主な症状は次のとおりです。
・耐え難い痛み
焼けつくような痛みや、電気が走るような痛み、あるいは締め付けられるような痛みが持続します。
患部を動かしたり触れたりするだけで痛みが強くなることがあります。
通常は痛みを感じないはずの軽い刺激(衣服が触れるなど)でも激しい痛みを感じる「アロディニア」という症状が現れる場合があります。
・感覚の変化
痛みのほかに、しびれ感やチクチクする感覚、または感覚が鈍くなることがあります。
患部の温度を異常に感じたり、触覚が過敏になったりすることもあります。
・皮膚、爪、毛の変化
患部の皮膚の色が赤みを帯びたり、青みがかったりする変化が見られます。
皮膚の温度が、周囲と比べて熱くなったり冷たくなったりします。
発汗が増えたり減ったりするなどの異常が見られることもあります。
皮膚が薄くなり光沢を帯びる場合もあります。
爪の成長が速くなったり、変形したり、もろくなったりします。
患部の毛が濃くなったり、薄くなったりする変化が見られることがあります。
・運動機能の障害
患部の関節が腫れ、動きにくくなる「可動域の制限」が生じます。
筋力の低下や、手足の震え、自分の意思とは関係なく動いてしまう「不随意運動」を伴うことがあります。
この機能障害の改善を目的とした治療法の一つにミラーセラピーがあります。ある研究では、ミラーセラピーがCRPS-Iの疼痛軽減と手の機能改善に有望な可能性を示しました※。この治療法では、上肢の可動域や筋力、指先の器用さ、患肢の容積といった項目で改善が評価されます。
しかし、別の研究では、通常のルーチンリハビリテーションに追加してミラーセラピーを行った場合でも、疼痛や機能の改善においてさらなる上乗せ効果は認められなかったという報告もあります※。これは、ミラーセラピーの有効性にはまだ議論の余地があること、また治療法を選ぶ際には個々の患者さんの状態に合わせた慎重な検討が求められることを示唆しています。
・精神的な影響
長期間続く痛みや身体機能の低下は、不安や抑うつといった精神的な症状を引き起こすことがあります。
疼痛が軽減し、手の機能が改善することで、患者さんの生活の質(QOL)が向上する可能性も示されています※。このことから、CRPSの症状が日常生活や精神状態に大きな影響を与えることがわかります。
CRPSの症状は、時間とともに変化したり悪化したりする場合があります。これらの症状に気づいた場合は、早めに医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けることが大切です。
複合性局所疼痛症候群の検査・診断
複合性局所疼痛症候群(CRPS)の検査と診断は、この複雑な痛みの病気を早期に見つけ、適切な治療につなげるために非常に重要です。CRPSは、外傷後の痛みが長引く原因となり、患者さんの生活の質だけでなく、医療にかかるコストにも大きく影響を及ぼすため、早期の発見と適切な介入が重要となります※。
CRPSの診断は、主に患者さんの詳しい問診と、医師による身体診察によって進められます。痛みの始まり方やその特徴、症状の変化などを丁寧に聞き取り、患部の状態を細かく確認することが診断の第一歩です。その上で、国際的に定められた以下の診断基準を用い、総合的に判断します。
・ブダペスト基準: 痛みの性質、感覚異常、皮膚の変化(色や温度)、発汗異常、むくみ、そして運動機能の障害(関節の動きの悪さや筋力低下)といった複数の症状が組み合わさっているかを評価します。これは、CRPS特有の多岐にわたる症状を客観的に捉えるための国際的な基準です。
・BOASTガイドライン: 英国整形外科学会(British Orthopaedic Association Standards for Trauma and Orthopaedics)が推奨する診断基準も参考にされます。特に外傷後のCRPS診断において、より実用的な指針を提供するものです※。
これらの基準に基づき、患者さんの複合的な症状が一定期間続く場合にCRPSと診断されます。CRPSは、その性質上、診断が難しい神経性疼痛疾患とされており、早期の発見には専門的な知識が不可欠です。そのため、整形外科医だけでなく、麻酔科医、リハビリテーション医、精神科医など、多様な専門家が連携する「学際的チーム」による早期診断が、治療を成功させる鍵となります※。早期に正確な診断が下されることで、その後の治療計画をスムーズに立て、症状の悪化を防ぎ、患者さんの生活の質の改善につながるでしょう。
複合性局所疼痛症候群の治療
複合性局所疼痛症候群(CRPS)の治療は、痛みの軽減、患部の機能回復、そして何よりも患者さんの生活の質(QOL)向上を目指します。この病気は、痛みだけでなく関節の動きの制限や皮膚の変化など、多岐にわたる症状を呈するため、画一的な治療法では対応が難しいのです。
だからこそ、診断と同時に、複数の専門分野の医師や医療従事者が連携する「学際的なチームアプローチ」が欠かせません※。このアプローチでは、患者さん一人ひとりの病状や痛みの感じ方に合わせて、薬物療法、神経ブロック、リハビリテーション、精神療法などを組み合わせ、最適な治療計画を立てていきます。
CRPSの治療法は、主に以下の方法を組み合わせて行われます。
薬物療法
薬物療法は、CRPSに伴う痛みを管理するために欠かせない治療法の一つです。痛みの種類や強さに応じて、神経の痛みに効果的な薬(神経障害性疼痛治療薬)や、炎症を抑える薬などが選択肢となります。
・有効性を示す薬
CRPSの症状管理には、以下のような薬が有効であるとする強力なエビデンスが報告されています※。
リドカイン:局所麻酔薬として用いられ、痛みの伝達を遮断する働きがあります。
ケタミン:鎮痛作用を持つ薬で、特に神経が過敏になっている状態(神経因性疼痛)の緩和に用いられることがあります。
ビスホスホネート:骨粗しょう症の治療にも使われる薬で、骨の変化を伴うCRPSの症状に作用すると考えられています。
・ボツリヌス毒素A型(BoNT-A)
BoNT-Aは、CRPSに伴う痛みを和らげる可能性が示唆されています。特に、腰部交感神経ブロックの補助として用いた場合に有効性が期待できるという報告もあります※。しかし、現時点では研究数が少なく、有効性や安全性について決定的な結論を出すには、より大規模な研究が必要です※。また、BoNT-Aを直接患部に注射する局所適用では、患者さんに不快感を伴うケースもあり、今後のさらなる調査が求められています※。
・ビタミンC
かつてはCRPSの治療や予防にビタミンCが有効と考えられていた時期もありました。しかし、最新の研究では、ビタミンCがCRPSの治療や予防において重要な役割を持たないことが示唆されています※。
神経ブロック療法
CRPSの痛みは、交感神経の過活動によって引き起こされることがあり、その場合には神経ブロックが有効な治療法となります。交感神経とは、ストレスを感じた時や興奮した時に活発になる神経で、CRPSではこの神経が過剰に働き、痛みを増幅させたり、患部の血流を悪くしたりすることがあるのです。神経ブロックでは、その活動を一時的に抑えることで、血流を改善し、痛みを軽減する効果が期待できます。
特に、以下の治療法が選択肢となります。
・交感神経ブロック
痛みや腫れの原因となっている交感神経の活動を一時的に遮断することで、患部の血流を改善し、痛みの軽減を図ります。
・腕神経叢ブロック
腕や手足にCRPSが発症している場合に、その部位を支配する神経のブロックが行われることがあります※。
・交感神経切除術
交感神経の働きを永続的に遮断する方法で、重度のCRPS患者さんの選択肢となることがあります※。
リハビリテーション(理学療法・作業療法)
CRPSの治療において、リハビリテーションは非常に重要な役割を担います。特に、早期から理学療法に取り組むことが症状の改善に有効とされています※。これは、患部の固定によって関節が硬くなったり、筋肉が衰えたりするのを防ぎ、早期から機能を回復させるためです。
・即時の理学療法
関節の動きを保ち、筋肉の萎縮を防ぐことを目指します。痛みが伴う場合でも、専門家のもとで安全かつ効果的に進めることが大切です。
・機能回復訓練
痛みに配慮しながら、段階的に患部の可動域を広げ、筋力を回復させるための訓練を行います。これらの訓練は、日常生活の動作をスムーズに行えるようにすることを目指します。
精神療法・心理的サポート
CRPSによる慢性的な痛みや身体機能の低下は、患者さんの心にも大きな負担をかけます。不安や抑うつといった精神的な症状を引き起こすことは稀ではありません。そのため、精神療法や心理カウンセリングを通じて、痛みにどう向き合い、ストレスを管理していくかを学ぶことも重要です。これらのサポートは、単に精神的な苦痛を和らげるだけでなく、CRPSの治療全体に良い影響を与え、生活の質を高めることにつながります。
CRPSの治療法は、現在のところ最適な治療法に関する質の高い研究が不足しており、今後のさらなる研究が待たれる分野でもあります※。患者さん一人ひとりの病状や痛みの感じ方によって最適な治療法は異なるため、担当医とよく相談し、納得した上で治療を進めることが大切です。





