慢性疼痛
3カ月以上続く原因不明の痛みに、終わりが見えず悩んでいませんか。日本の調査では成人の約5人に1人が何らかの慢性疼痛を抱えていると報告されており、決して珍しい問題ではありません。
この記事では、慢性疼痛がなぜ長引くのか、その原因を「身体・神経・心」の3つの側面から解説します。痛みの種類に応じた薬物療法や理学療法、心理療法といった多様な治療の選択肢も詳しく紹介します。
ご自身の痛みの背景を理解し、適切な対処法を知ることで、漠然とした不安が和らぎます。痛みと上手に付き合い、自分らしい生活を取り戻すための具体的な一歩が見えてくるはずです。
慢性疼痛の概要
慢性疼痛とは、けがや病気が治るのに必要な期間を過ぎても、痛みが3カ月以上続く状態を指します。
国際疼痛学会(IASP)は「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こり得る状態に伴う、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」と定義しており、単なる体の感覚だけでなく、気分の落ち込みといった感情の変化も「痛み」の一部として捉えられています。
この状態では、もともとの原因よりも「痛みそのもの」が独立した病気のように振る舞い、生活の質を大きく損なう問題となります。具体的には、以下のような症状を引き起こし、仕事や社会生活に深刻な支障をきたすケースも少なくありません。
・不眠
・食欲不振
・気力の低下
・抑うつ
・不安
例えば、変形性関節症で人工関節の手術を受けたにもかかわらず、痛みが続いてしまうことがあります。こうした手術後の慢性痛に対しては、痛みの信号を伝える神経の働きを抑える治療(膝関節周囲神経ラジオ波焼灼術など)も研究されています。しかし、その効果は一時的である可能性も指摘されており、より持続的な効果を目指した研究が今も続けられています。※
日本で行われた調査では、成人の約5人に1人(22.5%)が何らかの慢性疼痛を抱えていると報告されており、決して他人事ではない、ごく身近な問題といえます。
慢性疼痛の種類
慢性疼痛は、その痛みがどこから来ているのか、つまり「発生源」によって、主に3つのタイプに分類されます。
ただし、実際の患者さんの痛みは1つのタイプだけで説明できることは稀で、これらのタイプがパズルのように複雑に組み合わさっていることが少なくありません。
ご自身の痛みがどのタイプに当てはまるか、以下の表で確認してみましょう。
痛みのタイプ | 原因のイメージ | 痛みの特徴(患者さんの言葉)
侵害受容性疼痛 (しんがいじゅようせいとうつう) | 体の組織のケガや炎症 | ・切り傷や打撲のような「ズキズキ」する痛み ・関節が「じんじん」痛む
神経障害性疼痛 (しんけいしょうがいせいとうつう) | 神経そのものの損傷や圧迫 | ・「ビリビリ」「ジンジン」としびれる痛み ・電気が走るような鋭い痛み
痛覚変調性疼痛 (つうかくへんちょうせいとうつう) | 脳の痛み制御システムの不調 | ・原因不明の広範囲な痛み ・天候で悪化する重だるい痛み
侵害受容性疼痛
ケガや火傷、関節の炎症などによって体の組織が傷つくと、その危険信号を脳に伝えるために痛みを感じる神経(侵害受容器)が刺激されます。これが、最もイメージしやすい「侵害受容性疼痛」です。
神経障害性疼痛
神経そのものが傷ついたり、圧迫されたりすることで起こる痛みです。
けがは治ったはずなのに痛みが残る場合、それは傷ついた神経が過敏になり、”警報”を鳴らし続けている状態(感作)が考えられます。帯状疱疹後神経痛や坐骨神経痛がその代表例です。
また、人工関節の手術後に痛みが続いてしまう慢性痛も、このタイプに含まれることがあります。このようなケースに対し、痛みの信号を伝える神経の働きを直接抑える治療法(膝関節周囲神経ラジオ波焼灼術など)も研究されています。しかし、その効果が一時的である可能性も指摘されており、より持続的な効果を目指したさらなる研究が求められています※。
痛覚変調性疼痛
体や神経に明らかな異常が見当たらないにもかかわらず、痛みが続くタイプです。
これは、痛みをコントロールする脳の機能(痛覚抑制系)に不調が生じ、いわば痛みの”ブレーキ”がうまく効かなくなっている状態と考えられています。線維筋痛症などがこのタイプにあたり、ストレスといった心理的な要因が影響することもわかっています。
このように、慢性疼痛は1つの原因で説明できないことがほとんどです。
例えば、変形性関節症(侵害受容性疼痛)が長引くうちに神経が過敏になり(神経障害性疼痛)、さらに痛みのストレスから脳の機能にも不調が起きる(痛覚変調性疼痛)といった具合に、痛みが混じり合い複雑化します。
だからこそ、専門医が痛みの種類とその背景を正確に見極めることが、適切な治療への重要な第一歩となるのです。
慢性疼痛の原因
慢性疼痛は、単一の原因で起こることはまれで、「身体」「神経」「心」という3つの要因が複雑に絡み合うことで、痛みを長引かせ、悪化させると考えられています。
ご自身の痛みがどの要因から影響を受けているか、確認してみましょう。
・身体的な要因(痛みの火種)
関節リウマチや変形性関節症といった病気、あるいは事故によるケガや手術の傷などが、痛みの最初の「きっかけ」となります。これらの病気やケガが治癒した後も、痛みの火種だけが体の中にくすぶり続けてしまう状態です。
・神経の要因(警報システムの誤作動)
痛みが長く続くと、痛みの信号を伝える神経そのものが過敏になり、いわば”警報システム”が誤作動を起こします。この状態を「感作(かんさ)」と呼びます。感作が起こると、神経はわずかな刺激にも過剰に反応し、脳に大量の痛み信号を送り続けるため、触れられただけでも強い痛みを感じるようになります。
・心理・社会的な要因(痛みの増幅装置)
「この痛みはいつまで続くのだろう」という不安や恐怖、痛みによる気分の落ち込み(抑うつ)、仕事や家庭でのストレスは、痛みをコントロールする脳のブレーキ(痛覚抑制系)の働きを弱めてしまいます。その結果、痛みを感じやすくなり、悪循環に陥ってしまうのです。
例えば、変形性関節症で人工関節の手術を受けたにもかかわらず、痛みが続いてしまうケースは、これらの要因が複雑に絡み合った典型例です。
このような手術後の慢性痛に対しては、痛みの信号を伝える神経の働きを直接抑える「膝関節周囲神経ラジオ波焼灼術(GNRFA)」といった治療法も研究されています。
この治療により、鎮痛剤の使用量や入院期間が減る可能性も示唆されていますが、慢性化した痛みへの効果は一時的であるとも指摘されています。これは、まだ研究の規模が小さく、治療手技が標準化されていないことなどが理由であり、より持続的な効果を目指したさらなる検証が求められています。※
慢性疼痛の症状
慢性疼痛の症状は、3カ月以上続く体の痛みだけでなく、心と体にさまざまな不調を引き起こします。
痛みそのものが強いストレスとなって自律神経のバランスを乱し、以下のような「精神自律神経徴候」と呼ばれる多彩な身体症状が現れると考えられています。
・全身の倦怠感
・寝付けない、夜中に目が覚めるなどの睡眠障害
・食欲不振や味覚の変化
・体重の減少
・便秘
・性欲の減退
また、終わりが見えない痛みは精神的にも大きな負担となり、意欲の低下や抑うつ、不安感などを引き起こすことも珍しくありません。その結果、仕事や家事が手につかなくなり、社会的な活動が著しく妨げられてしまうケースもあります。
さらに、痛みのある部位によっては、その部分の機能が低下することもあります。例えば、顎関節に慢性的な痛みがあると、食事や会話の際に使う「咬筋(こうきん)」という筋肉がこわばり、口が開きにくくなる(顎関節の可動域制限)といった深刻な問題につながることもわかっています※。
このように、慢性疼痛は単なる「痛み」の問題にとどまらず、生活の質(QOL)を全体的に低下させてしまうため、多角的な視点での対応が求められます。
慢性疼痛の検査・診断
慢性疼痛の検査・診断は、まず痛みの「火種」となっている身体的な異常がないかを丁寧に評価することから始まります。
問診では、以下のような内容を詳しくお聞きし、痛みの全体像を把握します。
・痛みの場所・強さ・性質(ズキズキ、ビリビリなど)
・いつから、どのようなきっかけで痛むようになったか
・どんな時に痛みが強まり、どんな時に和らぐか
・痛みによる日常生活(睡眠、仕事、気分など)への影響
その後、必要に応じて血液検査や、レントゲン・CT・MRIといった画像検査を行い、痛みの原因となりうる病気やケガがないかを確認します。
しかし、慢性疼痛では、これらの検査で明らかな異常が見つからないケースも珍しくありません。これは、痛みの原因が目に見える組織の損傷ではなく、脳の痛み制御システムの不調(痛覚変調性疼痛)にある場合などが考えられるためです。
そのため、診断と並行して、どのような治療が効果的かを見極めるための評価も重要になります。
例えば、顎の周りに慢性的な痛みを抱える顎関節疾患(TMD)の患者さんを対象とした研究では、筋肉の緊張や関節の動きを評価した上で、手を使った理学療法(マニュアルセラピー)を行うことが、痛みの軽減やこわばった筋肉の緊張緩和に有効であると報告されています※。
このように、体の状態を多角的に評価することで、薬物療法以外の有効な治療の選択肢が見つかることもあります。
一度、痛みの原因について十分な評価が行われた後は、新たな症状が出ない限り、何度も同じ検査を繰り返すことは通常推奨されません。これは、患者さんの身体的・経済的な負担を考慮するためであり、むしろ痛みの背景にある他の要因に目を向けることが、回復への近道になる場合があるからです。
特に、痛みが長引くことで生じる不安や抑うつといった心の状態が、脳の痛み抑制システムを弱め、痛みをさらに増幅させている可能性も考えられます。その場合は、必要に応じて精神科的な評価を行い、心の側面からのアプローチを検討することもあります。
慢性疼痛の治療
慢性疼痛の治療は、痛みの原因が身体・神経・心と複雑に絡み合っているため、一つの方法で痛みを完全に取り去ることを目指すのではありません。
薬物療法、理学療法、心理療法などを組み合わせた「集学的治療」によって、痛みを可能な限りコントロールし、「痛みはあっても、自分らしい生活を送れる」状態へと導くことを最大の目標とします。
急性期の痛みとは異なり、生活そのものに深く根差した痛みと向き合うための、主な治療戦略は以下のとおりです。
・薬物療法
痛みや炎症を直接抑える一般的な消炎鎮痛剤(NSAIDs)だけでなく、慢性疼痛に特化したさまざまな薬が用いられます。例えば、神経の過剰な興奮が原因の痛みには、その”警報”を鎮める薬(神経障害性疼痛治療薬)が有効です。また、痛みをコントロールする脳のブレーキ機能(痛覚抑制系)を助けるために、抗うつ薬が使われることもあります。
・理学療法・運動療法
「痛いのに動くなんて…」と不安に思うかもしれませんが、体を動かさないでいると、かえって筋肉がこわばり、血行が悪化して痛みが強まる悪循環に陥ります。理学療法や運動療法は、この悪循環を断ち切るために不可欠です。
例えば、顎の周りに慢性的な痛みを抱える患者さんを対象とした研究では、理学療法士が手を使って筋肉の緊張をほぐす「マニュアルセラピー(徒手療法)」が、痛みの軽減だけでなく、こわばった筋肉の緊張緩和や、口の開きやすさ(関節の可動域)の改善に有効であったと報告されています※。
・神経ブロック・ラジオ波治療
痛みの信号を伝えている神経の近くに局所麻酔薬を注射し、痛みの伝達を一時的に遮断(ブロック)する治療法です。痛みの悪循環をリセットする効果が期待できます。
また、膝の人工関節手術後の慢性痛など、特定の痛みに対しては、痛みの信号を送る神経を特殊な熱で鎮める「ラジオ波焼灼術」という選択肢もあります。この治療によって、鎮痛剤の使用量が減る可能性も示唆されていますが、慢性化した痛みへの効果は一時的である可能性も指摘されており、まだ治療手技の標準化といった課題も残っています※。
・心理療法
終わりが見えない痛みは、誰でも不安や気分の落ち込みを招きます。そして、そのネガティブな感情が、脳の痛み抑制システムを弱め、さらに痛みを増幅させてしまうことがわかっています。
この悪循環を断ち切るために、「認知行動療法」などの心理療法が役立ちます。これは、痛みに対する考え方の癖や行動パターンを見直し、痛みと上手に付き合いながら、生活の質を高めていくためのスキルを身につける治療法です。
これらの治療法は、どれか一つが優れているというわけではありません。
患者さん一人ひとりの痛みの種類、原因、そして生活背景を総合的に評価し、最適な治療をオーダーメイドで組み合わせていくことが、回復への最も確かな一歩となります。





