慢性炎症性脱髄性多発神経炎
2カ月以上続く手足のしびれや力の入りにくさに、原因のわからない不安を感じていませんか。その症状は、国内の患者数が約5,000人と推定されるまれな神経疾患、慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)の可能性があります。
この記事では、免疫が自身の神経を攻撃するCIDPという病気について、概要や原因、症状の多様性を解説します。診断から治療に至るまでの一連の流れも網羅し、病気の全体像を明らかにします。
ご自身の症状と照らし合わせながら読み進めることでCIDPへの理解が深まり、専門医への相談や今後の治療に向けた次の一歩を踏み出すための知識が得られます。
慢性炎症性脱髄性多発神経炎の概要
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)は、本来体を守るはずの免疫システムが、誤って自分自身の「末梢神経」を攻撃してしまう自己免疫疾患です。
末梢神経とは、脳や脊髄といった中枢神経から枝分かれし、全身に張り巡らされている神経のことです。この神経は「髄鞘(ずいしょう)」というカバーで覆われており、これによって脳からの指令(電気信号)が手足へスムーズに伝わります。
CIDPでは、この髄鞘が免疫の攻撃で破壊される「脱髄」という状態が起こります。その結果、信号伝達に支障が生じ、手足の筋力低下やしびれなどの症状が現れるのです。
CIDPの大きな特徴は、症状が8週間(2カ月)以上かけてゆっくりと進行する、あるいは良くなったり悪くなったりを繰り返す「慢性的な経過」をたどる点にあります。この点で、数日から数週間で急激に症状が進むギラン・バレー症候群(GBS)とは明確に区別されています。
日本におけるCIDPの患者数は約4,180人〜5,100人ほどと推定され、まれな神経疾患の一つです。CIDPは、ギラン・バレー症候群などとともに「免疫介在性ニューロパシー」という病気の一群に含まれています。この種の病気では、診断や治療の開始が遅れると、回復が難しい不可逆的な障害につながる可能性があるため、早期の診断と治療介入が極めて重要です。※
慢性炎症性脱髄性多発神経炎の種類
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)は、症状の現れ方によって「典型的CIDP」と、それ以外の「非典型型CIDP」の2つに大きく分けられます。
CIDPは免疫の異常によって起こる「免疫介在性ニューロパシー」という病気の一群に含まれます。このため、どのような症状が出ているか(臨床像)を正確に見極め、どの種類に当てはまるかを判断することが、適切な治療方針を立てるための最初の重要な一歩です。※
典型的CIDP
CIDPと診断される方の多くがこのタイプです。主な特徴は以下の2点です。
・左右対称の症状:体の右側と左側に、ほぼ同じように症状が現れます。
・近位・遠位の両方の障害:腕の付け根や太ももといった体の中心に近い部分(近位部)と、手足の先(遠位部)の両方に、筋力低下や感覚障害が起こります。
非典型型CIDP
典型的CIDPに当てはまらない、さまざまな症状の現れ方をするタイプをまとめて「非典型型CIDP」と呼びます。他の病気と症状が似ている場合もあるため、より慎重な診断が求められます。
非典型型CIDPの主な種類を下記に整理します。
・遠位優位型(distal CIDP)
手足の先など、体の末端部分の症状が中心に現れるタイプです。「手袋・靴下型」と呼ばれるように、手袋や靴下で覆われる範囲にしびれや筋力低下が目立ちます。
・非対称型/多巣性型(multifocal CIDP)
症状が体の左右どちらか片側に偏っていたり、複数の末梢神経がバラバラに、まだらに障害されたりするタイプです。
・純粋運動型(motor CIDP)
感覚神経は攻撃されず、運動神経だけが選択的に障害されるため、しびれなどの感覚障害は起こりません。腕が上がらない、歩きにくいといった筋力低下の症状のみが現れます。
・純粋感覚型(sensory CIDP)
運動神経は保たれ、感覚神経だけが選択的に障害されるタイプです。筋力低下はなく、しびれや痛み、感覚が鈍くなるといった感覚障害の症状のみがみられます。
・限局型(focal CIDP)
腕や肩につながる「腕神経叢(わんしんけいそう)」や、足につながる「腰仙骨神経叢(ようせんこつしんけいそう)」など、特定の神経の束にだけ症状が限定して現れます。
これらの分類は、問診や診察所見に加え、神経伝導検査をはじめとする電気診断学的検査(EDX)の結果などを組み合わせて総合的に判断されます。どのタイプのCIDPであるかを正確に特定することが、効果的な治療への道筋を立てるうえで不可欠です。※
慢性炎症性脱髄性多発神経炎の原因
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)は、自身の免疫システムが末梢神経を誤って攻撃してしまう「自己免疫」が原因ですが、なぜそのような異常な反応が起きてしまうのか、その根本的な引き金はまだ特定されていません。
本来、ウイルスなどの外敵から体を守るはずの免疫が、何らかのきっかけで神経を覆う「髄鞘(ずいしょう)」や、神経の信号伝達に重要な役割を果たす部分を異物と誤認して攻撃します。
その結果、神経に炎症が起こり、髄鞘が破壊される「脱髄」が生じてしまうのです。
CIDPの原因解明が難しい大きな理由の一つに、この病気に特有の目印となる物質(特異的バイオマーカー)が見つかっていない点が挙げられます。
この「決定的な目印の欠如」は、CIDPの診断や治療管理における主要な課題(未充足ニーズ)の一つと認識されています。原因究明を妨げるだけでなく、診断の確定や治療効果の客観的な評価を困難にする要因にもなっているのです。※
現在、CIDPの原因についてわかっていること、わかっていないことを下記に整理します。
・根本的な引き金は不明
免疫システムがなぜ自分自身を攻撃し始めるのか、その直接的なきっかけはまだ解明されていません。
・遺伝はしない
親から子へ遺伝する病気ではないとされています。
・自己抗体の存在は一部のみ
神経のつなぎ目(ランヴィエ絞輪)周辺のタンパク質などに対する「自己抗体」が見つかることがありますが、これは一部の患者さんに限られ、検出されない方も多くいます。
このように、原因の全容がまだ明らかになっていないため、世界中で原因解明や新しい治療法の開発に向けた研究が続けられています。
慢性炎症性脱髄性多発神経炎の症状
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)の症状は、主に「筋力低下」と「感覚障害」の2つです。
これらの症状が8週間(2カ月)以上かけてゆっくりと悪化する、あるいは良くなったり悪くなったりを繰り返す点が、この病気の大きな特徴といえます。
発症年齢によって経過が異なる傾向があり、比較的若い方では再発を繰り返すタイプが、高齢の方では休みなくゆっくりと進行していくタイプが多いとされています。
症状の具体例を下記に整理します。
運動の症状(力が入らない)
運動神経が障害されることで、主に以下のような「力が入りにくい」と感じる症状が現れます。
・腕が上がりにくく、重いものが持てない
・ペットボトルの蓋が開けられない
・箸が使いにくい、字がうまく書けない
・階段の上り下りがつらい、よくつまずく
・進行すると、使わない筋肉がやせて細くなる(筋萎縮)
感覚の症状(しびれや感覚の異常)
感覚神経が障害されることで、しびれや感覚の鈍さとして現れます。
・手足がじんじん、ビリビリとしびれる
・ものに触れた感覚が鈍くなる(手袋や靴下を一枚多くはいているような感覚)
・地面を踏んでいる感覚が分かりにくく、ふらつく
症状の多様性が診断を難しくする
CIDPの症状は、体の左右に同じように現れるのが典型的ですが、片側だけ、あるいは手足の先だけに強く出るなど、人によって現れ方がさまざまです。
このような症状の多様性は、他の病気と見分けるのを難しくし、診断の遅れにつながる一因となっています。
実際、CIDPの診断を確定できるような特有の目印(バイオマーカー)はまだ見つかっておらず、臨床現場では患者さんの症状や各種検査結果を慎重に組み合わせて診断せざるを得ないのが現状です。※
この複雑さから、ときに誤診されたり、診断がつくまでに時間がかかったりするケースも少なくありません。※
思い当たる症状が2カ月以上にわたって続く場合は、自己判断せずに神経内科などの専門医へ相談することが、適切な診断と治療への第一歩です。
慢性炎症性脱髄性多発神経炎の検査・診断
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)の診断は、この病気に特有の目印(バイオマーカー)がないため、単独の検査で確定することはできません。※
そのため、問診や診察で得られる情報と、複数の検査結果を国際的な診断基準(2021年EAN/PNS診断基準など)に照らし合わせ、総合的に判断を下します。
症状の多様性から他の病気と見分けることが難しく、診断が遅れたり、誤診に至ったりするケースも少なくありません。※
正確な診断のためには、CIDPを積極的に疑い、以下の検査を体系的に進めていく必要があります。
1. 問診・身体診察
診断の出発点となるのが、患者さんからのお話と医師による診察です。
・問診:いつから、体のどの部分に、どのような症状が出ているか、8週間(2カ月)以上かけて進行または再発しているかなどを詳しくお伺いします。過去の病気や家族の病歴、使用中の薬剤なども重要な情報です。※
・身体診察:ハンマーで膝などを叩いて反応を見る腱反射の検査や、筋力、感覚の検査を行います。CIDPでは腱反射が弱くなったり、消失したりすることが特徴です。
2. 末梢神経伝導検査(電気診断学的検査)
CIDPの診断において、最も重要な客観的評価となる検査です。
手足の神経に微弱な電気を流し、神経を信号が伝わる速さ(伝導速度)や強さを測定します。
CIDPの本体である「脱髄(ずいしょう)(神経を覆うカバーが壊れること)」が起きていると、以下のような特徴的な異常が見られます。
・伝導速度の低下(信号が伝わるスピードが遅くなる)
・伝導ブロック(信号が途中で弱まったり、途絶えたりする)
・遠位潜時(えんいせんじ)の延長(刺激を与えてから筋肉が反応するまでの時間が長くなる)
これらの所見は、脱髄の存在を電気的に証明する強力な証拠となります。※
3. 髄液検査
腰から細い針を刺して、脳と脊髄の周りを満たしている「脳脊髄液」を少量採取する検査です。
CIDPでは、神経の炎症を反映して髄液中のタンパク質の濃度が上昇する一方、炎症細胞の数は正常範囲内であることが多くなります。
この「蛋白細胞解離(たんぱくさいぼうかいり)」と呼ばれる所見は、診断を強く後押しする手がかりとなります。
4. その他の補助検査
上記の検査に加え、診断の精度を高めるために以下の検査を行うことがあります。
検査の種類 | 目的
MRI検査 | ・脊髄から出る神経の根元(神経根)が炎症で太くなっていないかを確認する ・画像で他の病気の可能性がないかを調べる
血液検査 | ・糖尿病や膠原病、ビタミン欠乏、甲状腺機能の異常など、 似た症状を起こす他の病気(鑑別疾患)がないかを調べる※
神経生検 | ・確定診断が難しい場合に、足の感覚神経の一部を採取して 顕微鏡で炎症や脱髄の様子を直接確認する(必須の検査ではない)
このように、CIDPの診断は、パズルのピースを一つひとつ集めて全体像を明らかにしていくようなプロセスです。思い当たる症状が長く続く場合は、自己判断せず、まずは専門の神経内科医に相談することが、正確な診断への第一歩となります。
慢性炎症性脱髄性多発神経炎の治療
慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)の治療は、神経を攻撃している異常な免疫の働きを抑え、症状の進行を食い止めることを目的とします。治療法は画一的ではなく、患者さん一人ひとりの症状の重さや体の状態に応じて、最適なものが選択されます。
治療の土台となるのは、主に以下の3つの「第一選択治療」です。
治療法 | 内容と目的
副腎皮質ステロイド療法 | ・免疫全体の働きを強力に抑えるステロイド薬を服用します。
免疫グロブリン大量静注療法 (IVIg) | ・「免疫グロブリン」という血液製剤を点滴で投与します。 ・異常な免疫の働きを調整する作用が期待されます。
血液浄化療法 (血漿交換療法) | ・血液を一時的に体の外へ取り出し、病気の原因と考えられる 自己抗体などを取り除いてから体内に戻します。
これらの第一選択治療で効果が不十分な場合や、症状を安定させるための維持療法として、アザチオプリンなどの免疫抑制剤が使われることもあります。
治療の「ゴール設定」が難しい理由
CIDPの治療は、他の多くの病気と異なり、その効果判定に難しさがあります。なぜなら、治療がうまくいっているかを客観的に示す決定的な指標(バイオマーカー)が、まだ見つかっていないからです。
そのため、「症状が良くなった(寛解)」「再び悪化した(再発)」といった判断が、どうしても医師の評価に頼る部分が大きくなってしまいます。
この課題を乗り越えるため、現在、専門家の間ではこれらの用語の定義を世界的に標準化し、誰が見ても同じように治療効果を評価できる基準を作ろうという取り組みが進められています。※
治療中の生活とリハビリテーション
治療が長期間にわたる中で、感染症対策も重要です。例えば、新型コロナワクチンの接種について、CIDPの患者さんが接種しても日常生活の機能に影響はなかったという研究結果が報告されており、安全性を裏付ける情報の一つといえます。※
また、薬による治療と並行して、筋力や日常動作の機能を維持・改善するためのリハビリテーションも欠かせません。薬物療法が「守りの治療」なら、リハビリテーションは失われた機能を取り戻すための「攻めの治療」であり、治療の両輪として非常に重要です。





