大動脈解離

ある日突然、胸や背中に「引き裂かれるような」と表現される、今までに経験したことのない激痛が走る。それは、心臓から全身へ血液を送る最も重要な血管「大動脈」が裂ける、命に直結する危険なサインかもしれません。この「大動脈解離」は極めて進行が速く、発症から48時間以内に約半数の方が亡くなるともいわれる恐ろしい病気です。

主な原因は高血圧や動脈硬化で、70代に多いとされますが、決して高齢者だけの病気ではありません。この記事では、大動脈解離のメカニズムから、治療法を左右する種類の違い、そして一刻を争う症状までを詳しく解説します。自分や大切な人の命を守るために、この病気に関する正しい知識を身につけましょう。

大動脈解離の概要

大動脈は心臓から全身へ血液を送る、体で最も太い血管です。 水道管に例えるなら、町全体に水を供給する最も重要な本管です。

大動脈の壁は、丈夫な3層構造でできています。

  • 内膜(ないまく) 血液に直接ふれる、つるつるとした内側の層です。
  • 中膜(ちゅうまく) 血管の弾力性を保つ、ゴムのような真ん中の層です。
  • 外膜(がいまく) 血管全体を補強する、最も外側の丈夫な層です。

何らかの原因で一番内側の内膜に亀裂が入ることがあります。 そこから血液が勢いよく流れ込み、層の間を剥がすように裂きます。 これが「大動脈解離」という、命に関わる非常に危険な状態です。

本来の通り道とは別に、血管の壁の中に新たな道ができてしまいます。 この状態は、血液の流れを薄い外膜一枚で支えているようなものです。 いつ破裂してもおかしくなく、迅速な診断と治療が求められます。

放置すると48時間以内に約半数の方が亡くなるともいわれています。 また、まれに細菌感染で血管に炎症が起き、壁がもろくなって発症するケースもあります。 この病気は70代に多いですが、高血圧があると若くても起こります。

大動脈解離の種類

大動脈解離は、血管がどこで裂けたかによって種類が分かれます。 この分類は、治療方法を決め、命を救うために非常に重要です。

一般的には「スタンフォード分類」という分け方が用いられます。 心臓から出てすぐの「上行大動脈」に裂け目があるかで判断します。

分類

裂け目がある場所

治療の考え方

A型

上行大動脈に裂け目がある

緊急手術が必要なことが多い

B型

上行大動脈に裂け目がない

まずは薬で血圧を下げることが多い

スタンフォードA型

心臓に最も近い部分で血管が裂けている、非常に危険なタイプです。 心臓の周りに出血し、心臓の動きを妨げる合併症を起こしやすいです。 このため、診断されるとすぐに緊急手術が必要になることがほとんどです。

ある研究では、A型は女性の方が男性より高齢で発症する傾向があり、 心臓の動きを止めてしまう「心タンポナーデ」も起こしやすいとされます。

スタンフォードB型

裂け目が背中側の「下行大動脈」という部分に限られているタイプです。 A型に比べると、すぐに破裂する危険性は低いと考えられています。 そのため、まずは安静にして血圧を厳重に管理する内科的な治療を行います。

ただし、破裂しそうな場合や、内臓への血流が悪くなった場合は、 B型でも緊急手術が必要になるため、決して油断はできません。 このほか、発症後2週間以内を「急性期」と呼び、特に注意が必要です。

大動脈解離の原因

大動脈解離は、主に2つの条件がそろうと起こりやすくなります。 一つは血管の壁が弱くなること、もう一つはそこに強い圧力がかかることです。 原因は一つではなく、複数の要因が重なって発症すると考えられています。

考えられる主な原因には、以下のようなものがあります。

  • 高血圧 大動脈解離の最も重要な危険因子です。 血圧が高い状態が続くと、血管の壁は常に強い力で押されます。 この圧力が血管を傷つけ、もろくする原因となります。 特に、怒りや寒さで急に血圧が上がることが引き金になり得ます。
  • 動脈硬化 血管が硬くなり、弾力性を失う状態です。 高血圧や糖尿病、脂質異常症、喫煙などが原因で起こります。 しなやかさを失った血管は、血圧の力に耐えられず裂けやすくなります。
  • 遺伝的な要因 生まれつき血管の壁が弱い体質の方もいます。 代表的な病気に「マルファン症候群」があります。 これは全身の組織をつなぐ「結合組織」が弱くなる病気です。 血管がもろくなり、大動脈解離を起こすリスクが高まります。

さらに、近年の研究では腸内環境との関連も注目されています。 お腹の中にいる細菌(腸内細菌叢)のバランスが崩れることです。 この乱れが、体内で良くない炎症を引き起こすことがあります。

この炎症が血管の壁を傷つけ、動脈硬化を進める一因とされています。 つまり、腸内細菌の乱れが心臓や血管の病気につながる可能性があるのです。 このように、大動脈解離の原因は生活習慣から体質まで多岐にわたります。

大動脈解離の症状

大動脈解離の症状で最も多いのは、ある日突然、前触れもなく現れる激痛です。 「杭で刺された」「引き裂かれる」と表現されるほどの、経験したことのない痛みが特徴です。

この痛みは、大動脈の壁が裂けていくのに合わせて移動することがあります。 胸から背中へ、そしてお腹や足へと痛む場所が変わっていくのは、病気が進行している危険なサインです。

しかし、症状は痛みだけではありません。 裂けてできた新たな血液の通り道が、本来の道をふさいでしまうことがあります。 これにより「血流障害」が起こり、体の様々な場所で深刻な問題を引き起こします。 どの血管の血流が悪くなるかによって、現れる症状は全く異なります。

解離が影響する場所

現れる可能性のある症状

心臓を養う血管

(冠動脈など)

・息が苦しくなる

・心臓がうまく動けなくなる(心タンポナーデ)

・心筋梗塞と同じような胸の痛み

脳へ向かう血管

・意識を失う、気を失う

・手足の片側が動かなくなる麻痺

・言葉がうまく話せない

お腹の臓器へ向かう血管

・お腹や腰に激しい痛み

・便に血が混じる(下血)

・肝臓の機能が低下する

背骨の中の神経へ向かう血管

(脊髄動脈)

・両足が動かなくなる(対麻痺)

腎臓へ向かう血管

(腎動脈)

・おしっこが出なくなる(腎不全)

特に注意が必要なのが、脳への血流が妨げられた場合です。 意識を失ったり、麻痺が起きたりと、脳梗塞とよく似た症状が出ることがあります。

ある研究レビューでは、血管の病気が脳の働きに直接影響することがわかっています。 例えば、物事を理解したり判断したりする「認知機能」が低下する可能性が指摘されています。 このように、血管のトラブルが脳の神経症状として現れることも少なくありません。

まれに、特徴的な激しい痛みがほとんどないまま、いきなり意識を失って倒れることもあります。 これらの症状が一つでも当てはまる場合は、命に関わるサインかもしれません。 ためらわずに、すぐに救急車を呼んで医療機関を受診してください。

大動脈解離の検査・診断

大動脈解離が疑われる場合、診断はまさに時間との戦いです。 命の危険が迫っている可能性があり、一刻も早く正確な診断が求められます。 そのため、いくつかの検査を迅速に組み合わせて大動脈の状態を詳しく調べます。

診断のために行われる主な検査は、以下の通りです。

検査の種類

検査内容とわかること

胸部X線検査

胸のレントゲン写真です。まず行われる基本的な検査で、大動脈の影が普段よりふくらんでいないかなどを確認します。

心エコー(超音波)検査

体の外から超音波をあて、心臓や大動脈の動きをリアルタイムで観察します。ベッドサイドですぐに行えるため、緊急時にとても役立ちます。

造影CT検査

血管を見やすくする薬(造影剤)を点滴しながら撮影します。大動脈がどこからどこまで裂けているかを立体的に詳しく調べ、診断を確定させる上で非常に重要な検査です。

MRI検査

磁気の力を使い、体の断面を撮影します。CT検査と同じように、血管が裂けている範囲や状態を詳しく把握できます。

大動脈解離の症状は、時に他の病気との区別が難しいことがあります。 特に、疲れやすさや頭痛といった一見関係なさそうな症状が続く場合、まれに血管の炎症が隠れていることもあります。 ある研究では、こうした非特異的な症状のために診断が遅れ、気づかないうちに大動脈に深刻なダメージが及ぶ可能性が指摘されています。

そのため、患者さんの症状を詳しく聞くだけでなく、画像検査で血管の状態を直接確認することが、正確な診断には不可欠です。 これらの検査結果を総合的に判断し、一刻も早く治療の方針を決定します。

大動脈解離の治療

大動脈解離の治療は、まさに時間との戦いです。 血管がどこで裂けているかによって治療法が大きく変わります。 そのため、診断がついたらすぐに治療の方針を決めることが重要です。 治療法は「スタンフォード分類」という分け方で判断されます。

分類

裂けている場所

基本的な治療法

A型

心臓に近い「上行大動脈」

緊急手術

B型

心臓から遠い「下行大動脈」

まずは薬で血圧を下げ、安静にする

A型の治療:緊急手術が基本

A型は心臓のすぐ近くで血管が裂けている、非常に危険な状態です。 心臓を包む膜の中に血液が漏れ出し、心臓の動きを止めてしまうこともあります。 このため、診断がつくとすぐに緊急手術で治療を行うのが原則です。 手術では、裂けてしまった血管を丈夫な人工の血管に入れ替えます。

B型の治療:まずは血圧の管理から

B型は、すぐに命に関わる危険性はA型より低いと考えられます。 そのため、まずは安静にして、血圧を厳しく下げる薬の治療が中心です。 血圧計の上の数値を100~120mmHg以下に保つことを目指します。 血管にかかる圧力を下げ、解離が広がるのを防ぐのが目的です。

ただし、B型でも血管が破裂しそうな場合などは手術が必要です。 手術では、カテーテルを使い血管の内側から金属の筒で補強する方法などがあります。

原因によっては特別な治療も

まれに、高血圧などではなく血管自体の炎症が原因の場合もあります。 例えば「高安動脈炎」という病気では、血管の壁に炎症が起きます。 このような特殊な原因には、炎症を抑えるための治療が必要です。

近年の研究では、新しい治療法の開発も進められています。 ある研究では、2種類の薬を組み合わせることで、従来の治療法より良い結果が期待できると報告されています。 治療後も、再発を防ぐために禁煙や減塩、血圧の薬を続けることが何より大切です。