「サイレントキラー」と呼ばれる大動脈瘤をご存知でしょうか?私たちの体で最も大切な血管である大動脈の一部が風船のように膨らむこの病気は、初期段階ではほとんど自覚症状がないため、気づかないうちに進行し、最悪の場合、破裂して命に関わる危険な状態を引き起こします。特に、高血圧や動脈硬化を抱える方にとって、決して他人事ではありません。
大動脈瘤には胸部、腹部など様々な種類があり、心臓近くにできる稀な「バルサルバ洞動脈瘤」は、およそ1000人に1人に見られることがあります。症状がないからと放置せず、自分の体に何が起こっているのかを知ることは、未来の健康を守る第一歩です。この記事では、見過ごされがちな大動脈瘤の全貌を、その種類から原因、そして最新の治療法まで詳しく解説します。
大動脈瘤の概要
私たちの体には、心臓から体全体へきれいな血液を送る、いちばん太くて大切な血管があります。それが「大動脈」です。大動脈瘤は、この大動脈の一部が風船のように大きく膨らんでしまう病気です。血管の壁が弱くなることで、その部分がふくらんでできてしまいます。
この病気は、困ったことに初期の段階では、ほとんど症状が出ません。そのため「サイレントキラー(ひっそりと進行する恐ろしい病気)」とも呼ばれていて、気づかないうちに進行してしまうことがあります。もし大動脈瘤が大きく膨らんで破裂してしまうと、命にかかわる大変危険な状態になってしまうため、早めに発見して適切な対応をすることがとても大切です。
大動脈瘤にはさまざまな種類がありますが、その一つに「バルサルバ洞動脈瘤」というものがあります。これは心臓のすぐ近く、弁(血液の逆流を防ぐ扉)の周りの大動脈の根元の部分にできる、比較的まれなタイプの動脈瘤です。この病気は、生まれつき、あるいは後から、血管の壁を支えるゴムのように伸び縮みする部分が弱くなることで発生します。バルサルバ洞動脈瘤は、およそ1000人に1人いるかいないかという珍しい病気で、全ての生まれつきの心臓病の中では、35人に1人くらいに見られることがあります。
多くの場合、心臓のエコー検査やCT検査といった体の内部を詳しく見る検査で、偶然見つかることがよくあります。特に、胸の上から行う「経胸壁二次元心エコー検査」は、動脈瘤の状態を詳しく確認するための最初の検査として選ばれることが多く、この検査で特徴的な形が見つかることもあります。動脈瘤が見つかった場合は、その場所や大きさによって、治療の方法が検討されます。
大動脈瘤の種類
大動脈瘤は、体の中で最も太い血管である「大動脈」にできるコブのことです。このコブができる場所や、大動脈のどの部分が弱くなるかによって、いくつかの種類に分けられます。大きく分けると、胸にある大動脈にできる「胸部大動脈瘤」と、お腹にある大動脈にできる「腹部大動脈瘤」の二つがあります。ご自身のコブがどのタイプなのかを知ることは、治療を考える上でとても大切です。
胸部大動脈瘤
胸部大動脈瘤には、さらにいくつかの種類があります。
- これは心臓から出てすぐ、上に伸びる大動脈にできるコブです。
- コブの大きさが中くらい(たとえば5.0cm〜5.4cm程度)に広がってしまった場合、すぐに手術をするか、慎重に様子を見るか(経過観察)を判断します。
- 私たち医師は、コブのサイズだけでなく、患者さんの年齢や持病の有無、生活環境など、さまざまな要素を総合的に考えて治療方針を提案しています。
- これは、国際的な研究(TITAN:SvS)でも、大動脈のサイズだけでなく患者さんの体の状態や住む場所が治療の選択に影響することが示されているからです。
- バルサルバ洞動脈瘤(バルサルバどうどうみゃくりゅう)
- 心臓のすぐ近くにある「バルサルバ洞」という特殊な部分にできるコブです。
- これは非常にまれな病気で、一般の方ではおよそ1000人に1人くらい、心臓の生まれつきの病気があるお子さんでは35人に1人くらいに見られることがあります。
- 生まれつきの場合と、大人になってから血管の壁が弱くなることでできる場合があります。
- 診断には「経胸壁二次元心エコー検査」という超音波の検査がよく使われ、特徴的な形(ウィンドソック変形)が見つかることもあります。
- もしコブが見つかった場合は、破裂しているか、まだ破裂していないかにかかわらず、手術で治す方法や、カテーテルという細い管を使った治療法があります。
- 二弁性大動脈弁(にべんせいだいどうみゃくべん)に伴う大動脈の広がり
- 大動脈弁は通常3枚の弁でできていますが、まれに生まれつき2枚しかない方がいます。
- このような場合、大動脈の根元(大動脈基部)が広がりやすく、「大動脈症」と呼ばれることもあります。
- 二弁性大動脈弁は、形が左右対称でなかったり、根元の部分が広がりやすかったりと、独特の複雑さを持っています。
- 特に、成長期のお子さんの大動脈弁に病気がある場合、Ozaki法という手術で弁の機能を治すことで、大動脈が本来持っている自然な動きや、成長していく力を守り、維持していくことが期待できます。
- このOzaki法は、人工の弁を使わず、自分の組織を使って弁を再建するため、抗凝固剤を飲む必要がなく、お子さんの成長に合わせた治療が可能です。
腹部大動脈瘤
お腹の部分にできる大動脈瘤もあります。
- これは腎臓へ行く血管の近くなど、形が少し特殊な大動脈のコブを指します。
- 治療には、お腹を開いて直接コブを治す「開腹手術」と、足の付け根などから細い管(カテーテル)を入れて体の内側から治す「血管内修復術」の2つの方法があります。
- 血管内修復術は、手術直後の体の負担が少ない利点があります。しかし、長期的な視点で見ると、開腹手術の方が命に関わるような合併症が少なく、長生きできる可能性があるという研究結果(メタアナリシス)も出ています。
- 私たち医師は、患者さんの体の状態やコブの形、年齢、他の病気の有無などを総合的に評価し、どちらの治療法が一番良いかを患者さんとよく相談して決めています。
- 特に、開腹手術のリスクが高いと判断される方には、血管内修復術を考慮することもあります。
大動脈瘤の原因
大動脈瘤は、体で一番太い大切な血管である大動脈が、一部風船のように膨らんでしまう病気です。血管の壁は、本来とてもしなやかで丈夫にできています。しかし、いくつかの理由でそのしなやかさが失われ、弱くなってしまうと、血圧の力で次第に膨らんでコブができてしまうのです。
この「血管の壁が弱くなる」原因は、大きく分けて二つあります。一つは「生まれつきのもの」、もう一つは「生活習慣などが関係する後からくるもの」です。私たちが診察する中で、患者さんが「なぜ自分に大動脈瘤ができたのだろう」と不安に感じるのは自然なことです。一つずつ、その原因を詳しく見ていきましょう。
生まれつきの血管の弱さ
ごくまれですが、生まれつき大動脈の壁が弱く、大動脈瘤ができやすい方がいます。
- これは心臓のすぐ近く、大動脈の根元にある「バルサルバ洞」という特殊な部分にできるコブです。
- 生まれつき、あるいは後から、血管の壁を支えるゴムのように伸び縮みする部分(弾性板と呼びます)が弱くなることで発生します。
- 一般的な方の約1000人に1人くらいに見られる比較的珍しい病気です。
- 私たち医師は、心臓の超音波検査などでこの特徴的な形を見つけることがあります。
- 心臓の出口にある大動脈弁は、通常3枚の扉(弁尖)でできています。
- しかし、生まれつき2枚しかない方がいらっしゃいます。
- この場合、弁の形がいびつで、血液の流れに偏りが生じることがあります。
- そのため、大動脈の根元の部分に通常よりも負担がかかりやすくなり、結果として大動脈の壁が広がりやすくなることが知られています。
生活習慣が関係する原因
大動脈瘤の多くは、日々の生活習慣が大きく影響する「後からくるもの」です。
- 高い血圧が長い間血管にかかり続けると、常に血管の壁に大きな負担がかかります。
- これにより、血管の壁は徐々に傷つき、弱くなっていきます。
- 高血圧は、大動脈瘤の最も大きな原因の一つです。
- 血管が硬くなり、しなやかさを失ってしまう状態を動脈硬化といいます。
- 動脈硬化が進むと、血管の壁はもろくなり、コブができやすくなります。
- 喫煙、脂質異常症(コレステロールや中性脂肪が高い)、糖尿病なども動脈硬化を悪化させる原因となります。
- これらの病気があると、大動脈瘤のリスクがさらに高まります。
その他、感染症や血管の炎症、遺伝的な要因が大動脈瘤の原因となることもあります。大動脈瘤が見つかった場合、その後の治療方法を決める際には、動脈瘤の大きさだけでなく、患者さんの年齢や他に持病があるかといった体全体の状況を総合的に評価して判断していきます。
大動脈瘤の症状
大動脈瘤は、体の中で最も太い大切な血管にできるコブです。この病気は、初期の段階ではほとんど症状を感じないのが特徴です。そのため、隠れている病気のように、ゆっくりと進行することがあります。健康診断などで、偶然見つかることが多いのもそのためです。
しかし、大動脈瘤が少しずつ大きくなると、そのコブが周りの大切な臓器を圧迫し始め、さまざまな症状が出てきます。健康な血管は他の臓器にそっと寄り添いますが、コブが大きくなると、そのバランスが崩れてしまうのです。
胸部大動脈瘤の症状
胸にある大動脈瘤の場合、次のようなサインが出ることがあります。
- 声帯を動かす神経が瘤に圧迫されると、声がかすれたり、思うように出にくくなったりすることがあります。
- 喉に何かが詰まったような違和感を感じる方もいらっしゃいます。
- 食道が圧迫されると、食べ物がスムーズに飲み込めなくなったり、胸につかえたりする感覚があるかもしれません。
- 心臓や肺の近くにあるため、胸の奥や背中に重苦しさや、締め付けられるような痛みを感じる方もいます。
- 気管支が圧迫されると、風邪でもないのに咳が止まらないことがあります。
腹部大動脈瘤の症状
お腹にある大動脈瘤の場合も、特徴的な症状が現れることがあります。
- お腹を触ると、ドクドクと強く脈打つ感じがすることがあります。
- これは大きくなったコブが、血液の流れに合わせて脈を直接伝えるためです。
- お腹の中や腰に、鈍い痛みや違和感が続くことがあります。
緊急時の危険なサイン
一番注意してほしいのは、大動脈瘤が破裂してしまったり、大動脈解離といって血管の壁が突然裂けてしまったりする緊急事態です。この時、突然、これまで経験したことのないような激しい痛みが、胸や背中、またはお腹や腰に起こります。これは命に関わる大変危険なサインですので、一刻も早く病院を受診してください。
大動脈瘤の症状は、そのコブができる場所や大きさだけでなく、患者さん一人ひとりの体の状態によっても現れ方が大きく異なります。私たち医師は、患者さんの症状を注意深く観察し、他の体の状態や生活背景なども詳しくお聞きして、その方に合った最適な治療方法を考えていきます。症状がないから大丈夫と油断せずに、特に高血圧や喫煙の習慣がある方は、定期的に健康チェックを受けることが、ご自身の体を守るためにとても大切です。
大動脈瘤の検査・診断
大動脈瘤は、からだの中で最も太い大切な血管にできるコブです。この病気は、初期の段階では、ほとんど症状を感じないのが特徴です。そのため、気づかないうちに進行してしまう「サイレントキラー」とも呼ばれています。だからこそ、からだの内部をしっかり調べて、早期に病気を見つけることが、とても大切になります。動脈瘤が見つかれば、その状態に合わせて適切な対処を考えることができます。
どんな検査をするの?
最初に「大動脈瘤があるかも」と疑うきっかけになる検査は、いくつかあります。特に、よく行われるのが「経胸壁(けいきょうへき)心臓(しんぞう)エコー検査」という、超音波を使った検査です。
- この検査は、からだの外から超音波を当てて、心臓や大動脈の様子をリアルタイムで観察するものです。
- 痛みは全くなく、安全に行うことができます。
- この検査では、大動脈瘤がどのように広がっているか、例えば「ウィンドソック変形」という特徴的な形をしていないかなどを確認します。
大動脈瘤の治療
大動脈瘤が見つかったとき、私たちは患者さんの体の状態や動脈瘤の大きさ、形、そしてどこにできたかによって、一番良い治療法を一緒に考えていきます。治療の選択肢は大きく分けて、注意深く様子を見る「経過観察」と、実際にコブを治す「手術治療」の二つがあります。
治療の選択肢を知ろう
大動脈瘤の治療は、一人ひとりの患者さんに合わせて慎重に選びます。 もしコブが小さくて、すぐに破裂する心配がない場合は、定期的に検査をして、動脈瘤が大きくならないかを「経過観察」で見ていくことがあります。 しかし、コブが一定の大きさになったり、大きくなるスピードが速かったり、破裂の危険性が高まったりした場合には、「手術治療」を検討します。特に、経過観察を選ぶ患者さんには、高齢で他にたくさんの病気をお持ちの方が多くいらっしゃいます。
手術治療の種類
手術治療には、主に二つの方法があります。
- お腹や胸を切って、コブになった血管の部分を丈夫な「人工血管」に
- 取り替える方法です。
- 足の付け根などから細い管(カテーテル)を入れて、体の内側から
- 人工血管をコブの中に留め置く方法です。
どちらの方法も、それぞれに良い点と気を付ける点があります。例えば、お腹の奥深くにある複雑な大動脈瘤の場合、血管内治療は手術の直後の体の負担が少ないという良さがあります。しかし、この血管内治療を受ける患者さんは、高齢で糖尿病や心臓の病気、腎臓の病気など、他の病気を多く持っている傾向があります。長期的に見ていくと、開腹手術の方が命にかかわるような合併症が少なく、より長く元気に過ごせる可能性があるという研究結果もあります。そのため、開腹手術のリスクが高いと判断される方には、血管内治療を考えることもあります。
大動脈瘤の場所やタイプによる治療の違い
胸のあたりにできた大動脈瘤の場合
胸のあたり、特に心臓からすぐの上行大動脈という部分にできたコブで、大きさが中くらい(5.0cmから5.4cm程度)の場合、手術をすると、1年後の「心の健康」が良くなるという研究データも出ています。これは、手術を受けることで「いつ破裂するかもしれない」という心配が減り、気持ちが楽になる方が多いことを示しています。
しかし、治療を決める際には、コブのサイズだけでなく、患者さんの年齢や他に持っている病気、さらには住んでいる場所や生活環境など、さまざまなことを総合的に考えて治療方針を決めていくことが大切です。これは、国際的な研究(TITAN:SvS)でも、治療の選択に影響することが示唆されています。
心臓のすぐ近くの特別なコブ(バルサルバ洞動脈瘤)の場合
心臓のすぐ近くにある「バルサルバ洞」という部分にできる珍しいコブ(バルサルバ洞動脈瘤)は、一般の方ではおよそ1000人に1人くらい、先天性の心臓病のあるお子さんでは35人に1人くらいに見られます。これは、生まれつき、あるいは後から、血管の壁を支える「ゴムのような部分(弾性板)」が弱くなることでできます。このタイプのコブが見つかった場合、外科的な手術で治す方法と、カテーテルという細い管を使った治療法があります。
生まれつき心臓の弁に病気がある場合
心臓の出口にある大動脈弁が生まれつき2枚しかない「二弁性大動脈弁」という方もいます。この病気で、血液の逆流を防ぐ弁が硬くなってしまう「大動脈弁狭窄症」という状態になった場合、カテーテルで新しい弁を植え込む「TAVI(経カテーテル大動脈弁植え込み術)」という治療法が進歩しています。TAVIの技術は日々進化しており、比較的若い患者さんへの適用も増えてきています。
しかし、二弁性大動脈弁は、弁の石灰化の形が左右で違っていたり、大動脈の根元の部分が膨らんでいたり、弁の形が人それぞれ違っていたりするため、TAVIを行う際には、弁がうまく広がりにくかったり、隙間ができやすかったり、長期的に見て耐久性に課題が出たりすることもあります。そのため、外科手術が依然として重要な役割を果たすことも少なくありません。
特に小さなお子さんの場合、自分の組織を使って弁を作り直す「Ozaki法(オザキほう)」という手術も有効な治療法の一つです。この方法は、人工の弁を使わないので、お子さん自身の体が成長していく力や、大動脈が本来持っている自然な動きを守りながら治療を進めることができます。そのため、お薬を飲み続ける必要がなく、お子さんの成長に合わせた治療ができるという大きなメリットがあります。さらに、心臓の一部である左心室やバルサルバ洞、大動脈の働きが協調しやすくなり、血液の流れもより自然な状態に戻すことが期待できます。このOzaki法は、幅広い年齢の患者さんに適用でき、医療資源が限られた地域でも経済的なメリットがあることも知られています。
大切なこと:医師との相談
私たちは、患者さん一人ひとりの状態や、どんな生活を大切にしたいかを詳しくお聞きし、一緒に最適な治療方法を見つけていきたいと考えています。心配なことがあれば、どんな小さなことでも遠慮なくご相談ください。