腹部大動脈瘤

「静かなる病」とも呼ばれる腹部大動脈瘤は、初期に自覚症状が乏しく、気づかないうちに進行していることも少なくありません。健康診断などで指摘され、命に関わるかもしれないという不安を抱えていませんか。

本記事では、腹部大動脈瘤の概要から、動脈硬化などの原因、症状、そして最新の検査・治療法までを詳しく解説します。特に、80歳以上の高齢者でも負担の少ない内視鏡治療(EVAR)が選択されるケースが増えている点にも触れます。

この記事を通じて、腹部大動脈瘤に対する理解を深め、早期発見の重要性や適切な治療選択へ向けた知識を得られるでしょう。ご自身の健康状態を把握し、安心して病気と向き合うための第一歩となることを目指します。

腹部大動脈瘤の概要

腹部大動脈瘤は、心臓から全身に血液を送る大動脈のうち、お腹の部分にある血管がコブのように膨らんでしまう病気です。このコブ(動脈瘤)が徐々に大きくなると、最終的に破裂するおそれがあります。動脈瘤が破裂すると大量出血を起こし、命にかかわる危険な状態に陥ることがあるため、早期発見と適切な管理が何よりも重要です。

この病気は初期段階では自覚症状がほとんどなく、患者さんご自身で気づくことはまれです。そのため、健康診断や、他の病気の検査を受けたときに偶然発見されるケースが多くあります。

特に高齢の方に多く見られる病気ですが、近年では80歳以上の患者さんでも、全身状態を総合的に評価したうえで手術が選択肢となるケースが増えています※。これは、高齢でフレイルな患者さんにおいても、内視鏡を用いた手術(EVAR:エヴァー)が、従来の開腹手術と比べて短期的な死亡率や合併症のリスクを抑え、入院期間も短縮できる可能性が示されているためです※。

腹部大動脈瘤と診断された際は、コブの大きさや形、患者さんの全身状態などを総合的に評価し、破裂を未然に防ぐための治療方針が立てられます。

腹部大動脈瘤の種類

腹部大動脈瘤は、発生する原因や病変の形態によって、大きく分けて3つの種類があります。これらの違いを理解することは、ご自身の病状を正しく把握し、適切な治療選択を考える上で重要です。

腹部大動脈瘤は、主に以下の3つのタイプに分類されます。

種類 | 特徴 | 主な原因

真性動脈瘤 (しんせいどうみゃくりゅう) | 大動脈の壁全体が膨らむ、最も一般的なタイプです。血管の壁が薄くなり、もろくなることで発生します。 | 動脈硬化 (血管の老化や損傷)

仮性動脈瘤 (かせいどうみゃくりゅう) | 血管壁の一部が損傷し、そこから血液が漏れ出し、周囲の組織が血液を包み込む形で瘤状になったものです。真性動脈瘤とは異なり、血管そのものの壁ではなく、血管外に血液が貯留している状態です。 | 外傷 感染 過去の手術

解離性動脈瘤 (かいりせいどうみゃくりゅう) | 大動脈の壁の内側に裂け目ができ、そこに血液が流れ込むことで、血管の壁が二層に剥がれてしまう状態です。これは通常の動脈瘤とは異なり、急性大動脈解離と呼ばれる緊急性の高い疾患の一部として捉えられます。 | 高血圧 動脈硬化

また、上記以外に炎症性腹部大動脈瘤(IAAA)と呼ばれる特殊なタイプも存在します。これは、動脈瘤の周囲に炎症を伴う特徴があり、通常の腹部大動脈瘤とは異なる特性を持つことが知られています。

炎症性腹部大動脈瘤の治療では、患者さんの臨床状態や動脈瘤の特性に応じて、薬で経過を観察する保存療法、血管内治療(ステントグラフト内挿術)、または開腹手術が選択肢となります。特に、動脈瘤が7cm以上の大きさである場合や、活動性の炎症、腹腔後破裂の兆候がある患者さんにおいては、血管内治療(ステントグラフト内挿術)が開放手術よりも良好な結果を示す可能性があると指摘されています。

実際に、海外の報告では、血管内治療を受けた患者さんの手術中の死亡率は1.5%、合併症率は6%と、開放手術(それぞれ6%、18%)に比べて有意に低い結果が示されました。このことから、炎症性腹部大動脈瘤においても、血管内治療が有力な選択肢の一つと考えられています※。

なお、血管内治療の後に活動性炎症の兆候が見られる場合、腎臓に水がたまる状態であるハイドロネフローシス(水腎症)が20%の患者さんに認められることがありますが、長期にわたるハイドロネフローシスが進行することは稀とされています※。一方で、アジア地域の患者さんにおいては、開放手術と血管内治療の短期および中期での結果は同程度であったという報告もあり、治療選択は個々の患者さんの状態や地域の特性も考慮して慎重に判断されます※。

腹部大動脈瘤の原因

腹部大動脈瘤は、お腹の中を通る大動脈にこぶができる病気です。この病気は、一つの原因だけで発症するわけではなく、さまざまな要因が複雑に絡み合って起こると考えられています。

動脈硬化が腹部大動脈瘤の最大の原因

腹部大動脈瘤の発生に最も深く関わっているのが動脈硬化です。動脈硬化とは、血管の壁が硬く厚くなり、弾力性が失われる状態を指します。健康な血管はしなやかで弾力がありますが、動脈硬化が進むと、この弾力性が失われ、血圧の負担に耐えきれなくなることがあります。その結果、血管の一部が風船のように膨らみ、動脈瘤が形成されてしまうのです。

腹部大動脈瘤の発症に関わる主なリスク要因

動脈硬化の進行を促し、腹部大動脈瘤の発症リスクを高める要因は、主に以下のとおりです。

・加齢

年齢を重ねるにつれて、血管は少しずつ弾力性を失い、動脈硬化が自然と進みます。特に80歳以上の高齢者での発症が多く、加齢は避けて通れない重要なリスク要因の一つといえるでしょう※。

・喫煙

たばこに含まれる有害物質は、血管の内側(内皮細胞)を直接傷つけ、動脈硬化を強力に促進します。喫煙は、血管の老化を加速させる最も大きな要因の一つです※。

・高血圧

血圧が高い状態が長く続くと、常に強い圧力が血管の壁にかかります。これにより血管壁がダメージを受け、動脈硬化が進みやすくなるだけでなく、既にできた動脈瘤が拡大するリスクも高まる可能性があります。

・脂質異常症(高脂血症)

血液中の悪玉コレステロールや中性脂肪が増えすぎると、これらが血管の壁に蓄積し、動脈硬化を引き起こします。健康な血管を保つためには、脂質のバランスが重要です。

・糖尿病

糖尿病もまた、血管に大きな負担をかける病気です。血糖値が高い状態が続くことで血管が傷つき、動脈硬化を進行させる主要なリスク因子の一つと考えられています※。

・遺伝的要因・家族歴

血縁者に腹部大動脈瘤を患った方がいる場合、そうでない方と比べてご自身も発症するリスクが高まることがわかっています。家族歴がある方は、より注意深く経過を観察する必要があるでしょう。

・その他の病気

慢性閉塞性肺疾患(COPD)、心臓病、腎臓病、脳血管疾患、末梢血管疾患といった病気も、腹部大動脈瘤のリスク因子として関連があるとされています※。これらの病気は、動脈硬化と共通のリスク要因を持つことが多いからです。

・炎症

ごくまれに、血管壁に炎症が生じることで動脈瘤ができる「炎症性腹部大動脈瘤」と呼ばれる特殊なタイプもあります※。これは一般的な動脈硬化とは異なるメカニズムで発生するケースです。

これらの要因は単独で作用するだけでなく、複数組み合わさることで、腹部大動脈瘤の発症リスクをさらに高めることがあります。ご自身の生活習慣や健康状態を見直し、リスク要因をできる限り管理することが、病気の予防や早期発見につながります。

腹部大動脈瘤の症状

腹部大動脈瘤は、初期段階ではほとんど自覚症状が現れません。これは、大動脈のコブがゆっくりと大きくなるため、体がその変化に順応しやすく、患者さん自身が異常を感じにくいことに起因します。そのため、「静かなる病」とも呼ばれることがあります。

しかし、動脈瘤が徐々に大きくなると、周囲の臓器や神経を圧迫し始めることで、以下のような症状がみられることがあります。

・腹部の不快感や鈍い痛み: おへそのあたりや、その少し左側に漠然とした違和感や軽い痛みが現れることがあります。これは、拡大した動脈瘤が腹腔内の組織や神経を圧迫しているために生じます。

・腰や背中の痛み: 動脈瘤が背中側に向かって大きくなると、腰や背中に鈍い痛みが続くことがあります。これもまた、圧迫による症状の一つです。

・拍動性のしこり: お腹を触ったときに、ドクドクと拍動するしこりに気づくことがあります。特に痩せている方や、入浴時などに偶然発見されるケースがあります。これは、腹部の表面近くまで動脈瘤が拡大し、その拍動が体表から触れるためです。

これらの症状は、腹部大動脈瘤に特有のものではなく、他の一般的な消化器系の病気や腰痛でも現れることがあるため、すぐに動脈瘤と結びつけることは難しいといえます。

注意すべき緊急性の高い症状

最も危険なのは、動脈瘤が破裂することです。破裂が起こると、大量出血を伴い、命にかかわる極めて重篤な状態に陥ります。破裂時、あるいは破裂寸前の状態では、次のような激しい症状が突然現れます。

症状 | 特徴

突然の激しい腹痛や腰痛 | これまで経験したことのない・突き刺すような・あるいは引き裂かれるような強烈な痛みが特徴です 出血による腹膜刺激や神経圧迫が原因で起こります

冷や汗 | 激しい痛みや出血によるショック症状に伴い・全身に冷や汗をかくことがあります

吐き気・嘔吐 | 痛みやショックから・吐き気や実際に嘔吐を伴うことがあります

意識の低下、めまい、失神 | 大量出血により脳への血流が不足することで・意識が遠のいたり・めまいを感じたり・意識を失って倒れてしまうことがあります

血圧の急激な低下 | 大量出血によって体内の血液量が急減し・血圧が維持できなくなるために生じます

このような症状が一つでも現れた場合は、迷わず直ちに救急車を呼ぶなどして、緊急での医療介入が不可欠です。症状がないからといって放置せず、健康診断などで異常を指摘されたり、ご自身の家族に腹部大動脈瘤の既往があるなどリスク要因がある場合は、早めに専門医の診察を受けることが重要です。定期的な検査は、命に関わる事態を未然に防ぐ上で、きわめて大切な行動につながります。

腹部大動脈瘤の検査・診断

腹部大動脈瘤の検査と診断は、病気の早期発見と適切な治療計画を立てるために不可欠なプロセスです。自覚症状がほとんどないため、定期的な健康診断や他の病気の検査で偶然発見されるケースが多くあります。

1. 身体診察と問診

身体診察と問診は、患者さんの全身の状態を把握し、腹部大動脈瘤の発症や進行に関わるリスク要因を評価する上で重要です。医師は、まず患者さんのこれまでの病歴や現在服用している薬、特に喫煙の有無について詳しくお伺いします。

具体的には、動脈硬化を加速させる生活習慣(喫煙など)がないか、また、動脈硬化と関連の深い慢性閉塞性肺疾患(COPD)、心臓病、腎臓病、脳血管疾患、糖尿病、末梢血管疾患といった持病がないかを確認します。これらの情報を得ることで、患者さん個別のリスクを評価し、その後の検査方針や治療選択を検討するための貴重な参考にできます※。

2. 画像診断

腹部大動脈瘤の診断には、瘤の正確な状態を確認するために以下の画像検査が主に用いられます。

・腹部超音波(エコー)検査

体への負担が少なく、手軽に受けられる検査です。お腹の大動脈がどの程度広がっているか(瘤径)を確認するためのスクリーニング検査として非常に有効といえます。痛みを伴わず、ベッドサイドで気軽にできるため、定期的な経過観察にも適しています。

・CT検査(コンピューター断層撮影)

CT検査は、腹部大動脈瘤の正確な診断に不可欠な画像検査です。瘤の正確な位置、大きさ(瘤径)、形、血管壁の状態、さらに周囲の臓器との関係を詳細に把握できます。特に、造影剤を用いることで血管の様子が鮮明になり、今後の治療方針、例えば手術の選択肢や難易度を具体的に検討するための極めて重要な情報を提供します※。

・MRI検査(磁気共鳴画像法)

MRI検査もCT検査と同様に、腹部大動脈瘤の詳細な状態を確認できる検査です。特に、CT検査の造影剤にアレルギーがある方や、血管壁の構造、血栓の有無などをさらに詳しく評価したい場合に選択されます。

3. その他の検査

画像診断に加えて、必要に応じて血液検査や心電図検査なども実施されます。

・血液検査

血液検査では、体内の炎症反応を示すマーカー(CRPなど)を確認することがあります。これは、動脈瘤の周囲に炎症が認められる特殊なタイプである「炎症性腹部大動脈瘤(IAAA)」の可能性を探るためです。活動性の炎症がある場合、手術方法や術後の管理に影響を与える重要な情報となります※。

・心電図検査

心電図検査は、心臓の状態を確認するために行われます。腹部大動脈瘤の患者さんは動脈硬化が進んでいることが多いため、心臓にも何らかの影響が出ている可能性があるからです。

これらの検査結果は、患者さんの年齢、全身の状態、心臓や腎臓などの持病の有無※なども含めて総合的に評価されます。その上で、最も適した治療計画が立てられ、今後の見通しについても丁寧に説明が行われます。

腹部大動脈瘤の治療

腹部大動脈瘤の治療は、動脈瘤の大きさや拡大速度、そして患者さんの全身状態を総合的に評価し、破裂リスクと治療に伴う負担を比較検討した上で決定されます。治療法は大きく分けて「経過観察」と「手術」の2種類です。医師と十分に話し合い、ご自身の状態に最も適した治療方針を選ぶことが大切です。

経過観察

動脈瘤が比較的小さい場合(一般的に直径5cm未満)や、破裂のリスクが低いと判断される場合には、すぐに手術せず、定期的な検査で瘤の状態を注意深く見守る「経過観察」が選択されます。

なぜ経過観察を行うかというと、小さな動脈瘤は急に破裂する可能性が低いため、手術による合併症のリスクを避けるためです。この期間中は、動脈瘤の拡大を抑え、破裂のリスクを減らすために、動脈硬化の進行を防ぐ生活習慣の改善が非常に重要になります。

具体的には、以下の点に注意が必要です。

・血圧の管理: 高血圧は血管に負担をかけ、動脈瘤の拡大を促すため、適切な血圧を維持するよう努めます。

・禁煙: たばこは血管を傷つけ、動脈硬化を強力に促進します。禁煙は動脈瘤の進行を抑制する上で不可欠です。

・持病の治療: 脂質異常症(高コレステロール血症)や糖尿病など、動脈硬化を悪化させる持病がある場合は、主治医の指示に従いしっかり治療を継続します。

定期的な画像検査(超音波検査やCT検査など)で、動脈瘤の大きさ、形、成長速度を詳細にモニタリングし、瘤が急速に拡大したり、破裂リスクが高まる一定の大きさに達したりした場合は、手術が検討されます。

腹部大動脈瘤を持つ患者さんは、全身の動脈硬化が進んでいることが多く、心臓病や脳血管疾患など他の動脈硬化性疾患を合併しているケースも少なくありません。ステントグラフト内挿術(後述)を受けた患者さんの長期的な死亡リスクを予測するモデルでは、年齢、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、心臓疾患、腎疾患、脳血管疾患、糖尿病、末梢血管疾患、そして喫煙の有無などが複合的に影響することが示されています※。このようなモデルは、個々の患者さんに合わせた精密なリスク評価と、より適切なフォローアップ計画の立案に役立つと考えられています※。

手術による治療

動脈瘤が破裂する危険性が高いと判断された場合や、瘤が一定の大きさ(一般的に直径5cm以上)に達した場合には、手術が選択されます。手術の主な目的は、動脈瘤の破裂を未然に防ぎ、患者さんの命を守ることです。

手術方法には、大きく分けて「開腹手術」と「ステントグラフト内挿術(EVAR:エヴァー)」の2種類があります。

開腹手術

開腹手術は、お腹を大きく切開し、動脈瘤を直接見て、その部分を人工血管に置き換える伝統的な手術方法です。

なぜこの方法が選択されるかというと、動脈瘤の形や位置、血管の走行といった解剖学的条件にかかわらず、幅広い動脈瘤に対応できるためです。また、人工血管を直接縫い付けて血管を再建するため、長期的な耐久性が高いという特徴があります。

一方で、開腹手術は体への負担が大きく、術後の回復には比較的長い期間を要するというデメリットがあります。

ステントグラフト内挿術(EVAR)

ステントグラフト内挿術は「カテーテル治療」とも呼ばれる、体への負担が少ない手術方法です。

この手術では、まず足の付け根にある太ももの動脈を小さく切開します。そこから細いカテーテルを挿入し、X線透視(リアルタイムのレントゲン映像)で確認しながら、折りたたまれた人工血管(ステントグラフト)を腹部大動脈瘤の内側に留置します。ステントグラフトが瘤の内部で拡張すると、血液はステントグラフトの中を流れる新しいルートを通り、動脈瘤に直接血液が流れ込まなくなるため、瘤の破裂が防がれます。

ステントグラフト内挿術の最大のメリットは、開腹手術と比較して体への負担が非常に少なく、術後の回復が早い点です。特に、以下のような利点が報告されています。

・80歳以上の高齢患者さんを対象とした研究では、ステントグラフト内挿術が開腹手術よりも術後直後の死亡率、そして心臓・腎臓・肺・出血に関連する合併症のリスクを、統計学的に有意に低減できると示されています※。

・出血量、手術時間、集中治療室(ICU)への滞在期間、そして全体の入院期間も、ステントグラフト内挿術の方が有意に短い傾向があることが報告されています※。

これらの利点から、特に高齢で体力が低下している患者さん(フレイルな患者さん)においても、ステントグラフト内挿術がより良い選択肢となる可能性があります※。

ただし、ステントグラフト内挿術には注意点もあります。体への負担が少ない一方で、術後にステントグラフトの位置がずれたり、ステントグラフトと血管壁の間から血液が漏れる「エンドリーク」という合併症が発生したりする可能性があります。そのため、手術後も定期的な画像検査(CT検査など)で、ステントグラフトの状態や動脈瘤の経過を長期的に観察していくことが重要です。なお、長期的な生存率に関しては、ステントグラフト内挿術と開腹手術で大きな差がないという報告もあります※。