網膜色素変性

暗い場所で見えにくい、視野が狭くなった、と目の異変を感じていませんか。網膜色素変性は、網膜の光を感じる細胞が徐々に機能を失い、進行性に視力が低下する遺伝性の目の病気です。長らく根本的な治療が難しいとされてきましたが、近年、その状況は大きく変わりつつあります。

本記事では、1857年に初めて命名された網膜色素変性の概要、100種類以上が特定されている原因遺伝子や具体的な症状、検査・診断方法を解説します。遺伝子治療や細胞療法など、多様な最新治療の選択肢についても詳しくご紹介する内容です。

この情報を通じて、網膜色素変性に関する理解を深め、ご自身や大切な方の治療選択に役立つ確かな情報を得られるでしょう。不安を解消し、前向きな一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。

網膜色素変性の概要

網膜色素変性は、目の奥にある網膜の光を感じる細胞(光受容細胞)が、少しずつその働きを失っていくことで、進行性に視力が低下していく、遺伝性の目の病気です。

1857年に初めて命名された※この病気は、遺伝子の異常によって引き起こされることがわかっています。初期には暗い場所で見えにくい「夜盲」や、見える範囲が狭くなる「視野狭窄」といった症状が現れることが特徴です。

これまで100年以上にわたり、網膜色素変性症の治療は、食事療法の調整や、黄斑(おうはん)と呼ばれる物を見る中心部分に水がたまる「嚢胞状黄斑浮腫(のうほうじょうおうはんふしゅ)」への対処、視力が低下した際の補助具の利用といった、症状を和らげる対症療法が中心でした※。そのため、根本的な治療は難しい状況が長く続いていたといえます。

しかし近年、技術の目覚ましい進歩と、ヒトの遺伝子(ゲノム)に関する理解が深まったことで、網膜色素変性の治療法は大きな転換期を迎えています。遺伝子の異常を直接修正する「遺伝子治療」や、細胞を移植する「細胞療法」、光に対する網膜の反応を調整する「オプトジェネティクス」、網膜の神経細胞を守る「神経保護薬」、さらには失われた視覚を補う「電子網膜インプラント」など、多岐にわたる新たな治療候補の研究・開発が急速に進められており、患者さんに新たな希望をもたらしていると考えられています※。

網膜色素変性の種類

網膜色素変性は、症状の広がりや原因となる遺伝子によって、いくつかのタイプに分けられます。病気のタイプを理解することは、適切な診断と、将来的な治療選択の重要な手がかりになると考えられます。

網膜色素変性は、おもに「目以外の全身症状の有無」と「原因となる遺伝子」という二つの側面から分類できます。

目の症状以外の全身症状の有無による分類

網膜色素変性では、目の症状だけでなく、全身にさまざまな症状を伴うことがあります。全身症状の有無によって、病気は次の2つのタイプに分類されます。

・非症候群性網膜色素変性症(nsRP)

・目だけに症状があらわれるタイプです。

・聴覚障害や、腎臓の異常、肥満などの全身症状を伴いません。

・症候群性網膜色素変性症

・目の症状に加えて、耳の聞こえにくさや腎臓の異常、肥満といった全身症状を併せ持つタイプです。

・代表的なものには、難聴を伴うウッシャー症候群や、多指症・肥満などを伴うバーデット・ビードル症候群があります。

・非症候群性のタイプと比較して、より若い時期に発症し、視力が不良である傾向が見られます※。また、網膜の中心部(黄斑)に水がたまって腫れる「嚢胞様黄斑浮腫(CME)」や、網膜の外側にある血管が豊富な組織である「脈絡膜」が厚くなる傾向も報告されています※。

原因となる遺伝子による分類

網膜色素変性は、その原因となる遺伝子の種類によっても分類されます。この病気には多くの原因遺伝子が特定されており、例えば「USH2A遺伝子」の異常が挙げられます。

USH2A遺伝子の異常による網膜色素変性症には、目だけの症状のタイプ(非症候群性)と、難聴を伴う2型Usher症候群というタイプがあります。ある研究では、光干渉断層計(OCT)やOCT血管造影(OCTA)という、目の奥の網膜や血管の状態を詳しく調べる検査によって、USH2A遺伝子に関連する若年患者さんを調べたところ、非症候群性網膜色素変性症と2型Usher症候群の患者さんの間で、網膜や目の奥の血管の微細な変化に大きな違いがないことが報告されています※。

これは、全身症状の有無にかかわらず、同じ遺伝子異常が原因であれば目の病態が似ている可能性を示唆していると考えられます。このように、遺伝子の種類を知ることは、病気のメカニズムを深く理解し、将来的な治療法を検討する上で非常に重要です。

網膜色素変性の原因

網膜色素変性の原因は、光を感じる網膜細胞の機能不全や細胞死を引き起こす遺伝子の異常にあります。この病気は、遺伝性網膜ジストロフィー(Inherited Retinal Dystrophies: IRDs)と呼ばれる遺伝性の目の病気の一つです※。IRDsは、目の奥にある網膜の機能が生まれつき弱かったり、時間の経過とともに低下していく病気の総称です。網膜色素変性も、このIRDsに含まれる進行性の視力低下を引き起こす疾患として、1857年に命名されました※。

網膜色素変性では、光を感じる大切な細胞(光受容細胞)が遺伝子の異常により、少しずつその働きを失っていきます。最終的には細胞が死滅し、進行性の視力低下につながるのです。

多様ながんの原因遺伝子

網膜色素変性に関わる遺伝子異常は多様であり、現在までに100種類を超える原因遺伝子が特定されています※。これらの遺伝子の異常によって、光を感じる網膜細胞が正しく機能しなくなったり、細胞自体が徐々に壊れていってしまったりします。

遺伝子の異常には、いくつか主なパターンがあります。両親からどのような形で病気の遺伝子を受け継ぐかによって、発症のしやすさや家族内での病気の広がり方が変わってきます。

遺伝形式 | 特徴

常染色体優性遺伝 | ・親から子へ病気の遺伝子を受け継ぐことで発症します。 ・家族の中に同じ病気の方がいる場合に多く見られます。

常染色体劣性遺伝 | ・両親からそれぞれ病気の遺伝子を受け継ぐことで発症します。 ・両親は症状がなくても、病気の遺伝子を持っている場合があります。

X染色体連鎖遺伝 | ・主に男性に症状が現れます。 ・女性が病気の遺伝子を持っていても症状が出ないか、軽度の場合が多いです。

また、家族の中に同じ病気の方がいない場合でも、遺伝子に突然の変異が起こって発症することがあります。このようなケースは「孤発例」と呼ばれますが、多くの場合、やはり遺伝子の異常が原因と考えられています。

網膜色素変性は、このように多岐にわたる遺伝子の異常が複雑に絡み合って発症する病気であり、患者さんによって原因となる遺伝子が異なることがあります。近年、ヒトゲノムに関する理解が深まったことで、遺伝子治療は眼科後部疾患(PSEDs)に対する有望なアプローチとして注目されています※。

遺伝子の異常を直接修正する遺伝子増強、遺伝子編集、RNAベースの治療法、そして光反応を調整するオプトジェネティクスなど、さまざまな遺伝子治療戦略が研究されています※。例えば、RPE65関連IRDsに対する遺伝子治療薬「ボレチゲン ネパルボベク(Luxturna®)」の米国での承認は、眼遺伝子治療が実際に臨床で役立つ可能性を検証しました※。

このように、原因となる遺伝子を特定することは、病気のメカニズムを深く理解し、個々の患者さんに合わせた精密な治療法を探る上で極めて重要と考えられます。

網膜色素変性の症状

網膜色素変性では、視覚をつかさどる網膜の光を感じる細胞(光受容細胞)の働きが失われることで、夜盲(やもう)や視野狭窄(しやきょうさく)、視力低下といった症状が徐々に現れることが特徴です※。この病気は、比較的ゆっくりと進行していくケースが多いと考えられています※。

網膜色素変性の主な症状は次のとおりです。

・夜盲(やもう)

・暗い場所で物が見えにくくなる症状で、病気の初期に自覚することが多い変化です。

・例えば、映画館に入った時や、夜間の屋外で、目が慣れるまでに時間がかかったり、周囲が人よりも見えにくく感じたりします。

・これは、主に暗い場所での視覚を担う「桿体(かんたい)細胞」という光受容細胞が、最初にダメージを受けやすいためと考えられています。

・視野狭窄(しやきょうさく)

・見える範囲が少しずつ狭くなっていく症状です。

・特に、視野の周辺部から中心に向かって狭まる「求心性視野狭窄(きゅうしんせいしやきょうさく)」が特徴で、「トンネルの中から外を見ているようだ」と感じる方もいます。

・視野がどの程度狭まっているかは、視野検査などで詳しく評価されます※。

・症状が進むと、これまで見えていたはずの周囲の物が視界から欠け始め、日常生活に支障をきたすことがあります。

・視力低下

・病気が進行すると、最終的には物を見る中心部分である黄斑(おうはん)にも影響が及び、視力が徐々に低下していきます。

・文字を読むことや人の顔を識別することが難しくなり、日常生活のさまざまな場面で不自由を感じるようになります。

これらの症状の現れ方や進行の速度には個人差があります。また、多くの場合、両方の目に同様の症状が出現する傾向にあります。病気の初期段階では自覚しにくいこともありますが、少しでも目の異変を感じた場合は、できるだけ早く眼科医に相談することを検討してください。

網膜色素変性の検査・診断

網膜色素変性の診断は、患者さんの目の状態を多角的に評価する精密な検査が欠かせません。この病気の種類や進行度を正確に把握することは、適切な治療方針を立てる上で非常に重要となります。

網膜色素変性の診断に用いられる主な検査は、次のとおりです。

・問診と視力検査

まず、患者さんが自覚されている症状について詳しくお伺いします。「暗い場所で見えにくい(夜盲)」や「見えている範囲の異常(視野狭窄)」など、網膜色素変性の初期症状に気づかれているかを確認します。同時に、現在の視力状態を測定し、視機能の基本的な評価を行います。

・眼底検査

眼底検査では、目の奥にある網膜を直接観察します。網膜色素変性症に特徴的な所見として、骨の細胞のように見える色素沈着(骨小体様色素沈着)や、網膜が薄くなる萎縮などが確認されることがあります。これらは、病気が進行しているサインとなる所見です。

・視野検査

視野検査では、見えている範囲がどれくらい狭くなっているか、またはどの部分が見えにくくなっているかを調べます。網膜色素変性症では、視野の周辺部から徐々に欠損が始まる「求心性視野狭窄」が多い傾向にあります。この検査で、患者さんが「トンネルの中から外を見ているようだ」と感じる視野の状態を客観的に評価します。

・網膜電図(ERG)

網膜電図は、網膜が光の刺激に対してどれくらいの電気的な反応を示すかを測定する検査です。これにより、網膜の機能がどの程度低下しているかを数値として客観的に評価できます。病気のタイプや進行度によって、反応のパターンに特徴が見られることがあります。

・光干渉断層計(OCT)

光干渉断層計(OCT)は、網膜の断面を非常に詳しく観察できる画像検査です。網膜の厚さや各層の構造の変化、さらには網膜の中心部分に水がたまってむくむ「嚢胞様黄斑浮腫(CME)」の有無などを詳細に確認できます。

特に、USH2A遺伝子に関連する網膜色素変性症では、CMEや、網膜の外側にある脈絡膜の厚さなどが評価の対象となることがあります。症候群性のUSH2A関連網膜色素変性症(難聴などを伴うタイプ)の患者さんは、非症候群性の患者さん(目だけに症状があるタイプ)に比べてCMEの発生率が高く、脈絡膜が厚い傾向が見られましたが、統計的に明確な差があるとは言えませんでした※。この検査は、網膜の微細な変化を捉える上で重要な情報をもたらします。

・OCT血管造影(OCTA)

OCTAは、造影剤を使うことなく、網膜の血管の状態を詳細に観察できる新しいタイプの画像検査です。網膜の微小な血管の様子や血流の変化を評価できます。USH2A関連の網膜色素変性症では、症候群性の患者さんと非症候群性の患者さんの間で、微小血管の変化に統計的な有意差は認められませんでした※。血管の状態を確認することで、病態の理解を深めることにつながります。

・遺伝子検査

網膜色素変性は多くの遺伝子の異常が原因となることがわかっています。原因となる遺伝子を特定することは、病気の種類を明確にし、将来的な治療法の選択肢や、ご家族への遺伝カウンセリングに役立つ非常に重要な検査です。現在の症状だけでなく、病気の全体像を理解するために不可欠な情報となります。

これらの検査結果を総合的に評価することで、網膜色素変性症の診断が確定します。そして、患者さんの病状に合わせた、きめ細やかな治療方針を立てることが可能となるのです。

なお、診断後に食事療法やサプリメントについて関心を持たれる患者さんもいらっしゃるかもしれません。網膜色素変性症に対する食事療法サプリメントの効果については、ビタミンA、ドコサヘキサエン酸(DHA)、ルテインなどに関する研究も行われていますが、アメリカ眼科学会の報告によると、その効果を裏付ける質の高いエビデンスは不足しているのが現状です※。ただし、安全性に関する顕著な懸念は、これまでの研究では報告されていません※。治療や食事に関する疑問があれば、主治医に相談することをお勧めします。

網膜色素変性の治療

網膜色素変性の治療は、近年大きな転換期を迎えています。100年以上にわたり、病気の進行を遅らせる食事療法や、黄斑(おうはん)と呼ばれる物を見る中心部分に水がたまる「嚢胞状黄斑浮腫(のうほうじょうおうはんふしゅ)」の管理、視力低下への補助具利用といった対症療法が中心でした※。しかし、近年は遺伝子や細胞レベルでの理解が深まったことで、病気の根本にアプローチする治療が検討できるようになりました※。

現代における網膜色素変性の主な治療選択肢は、次のとおりです。

・遺伝子治療

病気の根本原因である遺伝子異常を直接修正するアプローチです。眼科後部疾患(網膜や視神経など、目の奥に起こる病気)の治療において、持続的かつ根本的な効果をもたらす可能性を秘めた、期待される治療法といえます※。

・多様な遺伝子治療戦略

遺伝子治療には、機能が失われた遺伝子の働きを補う「遺伝子増強」、異常な遺伝子を修復する「遺伝子編集」、遺伝子の発現を調整する「RNAベースの治療法」など、さまざまな戦略が開発されています※。また、光を感じる能力を失った網膜細胞に、光に反応する遺伝子を導入することで、光感受性を取り戻そうとする「オプトジェネティクス」も、遺伝子治療の一種として注目されています※。

・承認された治療薬と今後の展望

特に、RPE65遺伝子の異常が原因で起こる遺伝性網膜疾患に対しては、「ボレチゲン ネパルボベク(Luxturna®)」という遺伝子治療薬が米国で承認され、遺伝子治療が実際に臨床で使えることを証明する大きな一歩となりました※。この治療薬を網膜に届ける方法(送達システム)も進化しており、特定のウイルスを利用した方法や、脂質ナノ粒子(非常に小さい油の粒)を利用した方法などが、治療効果の効率を高めています※。

・残された課題

しかし、ウイルスに対する体の免疫反応や、治療が必要な網膜の特定の細胞に遺伝子を届きにくさ、目の構造による物理的な障壁など、今後の研究で解決すべき課題もまだ残っています※。将来的には、さらに精密な遺伝子編集技術や、遺伝子治療と幹細胞移植、神経保護薬を組み合わせる複合的な治療法なども研究されています※。

・細胞療法

病気で失われた網膜の光受容細胞を補うために、幹細胞などを移植する方法です。網膜の組織を再生させることで、視機能の回復を目指します※。

・神経保護薬

網膜の神経細胞がダメージを受けるのを防ぎ、細胞の寿命を延ばすことを目指す薬です※。これにより、病気の進行を遅らせたり、残っている視機能を維持したりする効果が期待されます。

・電子網膜インプラント

網膜の機能が広範囲に失われた場所に、小さな電子チップを埋め込む方法です。カメラで捉えた映像を電気信号に変えて脳に送り、視覚を補助することで、失われた光覚を取り戻すことを目指します※。

代替療法としての鍼治療

従来の治療法が限定的であったことから、代替療法として鍼治療に関心を持つ患者さんもいらっしゃいます※。鍼治療が網膜色素変性に対してどのようなメカニズムで作用するのかはまだ完全に解明されていませんが、これまでの研究では、光を感じる細胞の死を抑える、網膜の血流を改善する、あるいは関連する脳の機能を高める可能性が示唆されています※。

現時点では、鍼治療はあくまで補助的な治療としての可能性が考えられます。その有効性や安全性については、今後のさらなる科学的な検証が必要といえるでしょう※。

治療選択のポイント

網膜色素変性の治療は常に進化しています。現在の症状の段階や進行度、そして患者さん一人ひとりの原因となる遺伝子型によって、最適な治療法は異なります。治療にあたっては、眼科医と十分に話し合い、ご自身の状態に最も適した治療計画を立てることが重要です。