網膜症
目がかすむ、ゆがんで見えるなど、視覚に異変を感じていませんか。あるいは、まだ自覚症状はないけれど、糖尿病などで目の合併症が気になるという方もいるでしょう。
網膜症は、目の中の網膜に異常が生じ、視力低下や失明に至る可能性もある病気です。特に糖尿病網膜症では、最新の研究で脳卒中リスクが約2倍になるとも示されています。この記事では、網膜症の主な種類や原因、自覚しにくい症状から、早期発見のための検査、適切な治療までを解説します。
ご自身の目の状態を理解し、適切なケアを始めることで、大切な視力を守り、全身の健康維持にもつながる一歩を踏み出すきっかけとなるでしょう。
網膜症の概要
網膜症は、目の中にある網膜という組織に異常が生じることで、視力低下や、場合によっては失明に至る可能性もある目の病気です。網膜は、目に入った光の情報を感知し、電気信号に変えて脳へと送ることで、私たちは物を見ることができます。カメラのフィルムに例えられるほど、見るという機能において重要な役割を担う部分です。このデリケートな網膜に何らかの障害が起こると、見え方に深刻な影響が出てきます。
網膜症にはさまざまな種類がありますが、主なものは次のとおりです。
・糖尿病網膜症:糖尿病が原因で発症する網膜症です。
・高血圧性網膜症:高血圧が関係して発症する網膜症です。
・加齢黄斑変性:加齢に伴って発症する網膜症です。
特に糖尿病網膜症は、単に目だけの病気として捉えるべきではありません。全身の健康状態と深く関わっており、重篤な合併症を引き起こす可能性があります。最新の研究では、糖尿病網膜症がある患者さんは、そうでない糖尿病患者さんに比べて、脳卒中を発症するリスクが2倍以上に高まることが示されています※。これは、糖尿病網膜症が脳卒中発生を予測する重要な指標となりうると考えられています。そのため、糖尿病の治療中に定期的に眼科で検査を受けることは、目の健康を守るだけでなく、脳卒中などの全身性のリスクを早期に発見し、予防する上でも極めて重要といえるでしょう。
このように、網膜症は早期に発見し、適切な治療を開始することが、視力維持のために不可欠です。ご自身の目の健康状態を把握し、必要な治療を受けるためにも、定期的な眼科検診を心がけてください。
網膜症の種類
網膜症には多くの種類があり、それぞれ異なる原因や病態で発症します。主な網膜症は、次のとおりです。
・糖尿病網膜症:糖尿病の合併症として、網膜の血管がダメージを受けることで起こる病気です。血管がもろくなると出血やむくみが生じ、進行すると新しい血管(新生血管)が発生して、網膜剥離や緑内障を引き起こし、最終的には失明に至る可能性もあります。糖尿病網膜症は、単に目の病気としてだけでなく、全身の健康状態を映し出す鏡ともいえます。最新の研究では、糖尿病網膜症がある方は、脳卒中を発症するリスクがそうでない糖尿病患者さんに比べて約2倍以上高いことが示されています。これは、糖尿病網膜症の存在が脳卒中発生を予測する重要なサインとなり得ると考えられているため、目の状態だけでなく全身の健康管理が不可欠です※。さらに、この脳卒中リスクは、糖尿病網膜症に合併症がある場合とない場合でも異なり、合併症を伴う糖尿病網膜症の患者さんでは、よりリスクが高まる傾向にあると指摘されています※。
・網膜静脈閉塞症:網膜の静脈が詰まって血液の流れが悪くなり、網膜に出血やむくみが生じる病気です。これにより、視力が低下する場合があります。高血圧や動脈硬化などが背景にあることが多く、早期の発見と治療が大切です。
・加齢黄斑変性:加齢とともに、網膜の中心部にある「黄斑(おうはん)」という部分に異常が生じる病気です。黄斑は物を見るための最も重要な部分であり、変性が進むとゆがんで見えたり、視野の中心が暗くなったりするなどの症状が現れます。
・網膜剥離:網膜が眼球の壁から剥がれてしまう状態です。網膜に裂け目(裂孔)ができることで眼内の水分が網膜の下に入り込み、剥離が進行します。放置すると失明につながる危険性があるため、早期の手術が必要です。飛蚊症(目の前に虫やゴミが飛んでいるように見える)や光視症(光がチカチカ見える)などの症状に注意が必要です。
これらの網膜症は、それぞれ病態や進行が異なりますが、共通して早期発見と適切な治療が視力維持のために非常に重要となります。気になる症状がある場合は、早めに眼科を受診することが大切です。
網膜症の原因
網膜症は、網膜の機能に異常をもたらす多様な原因によって発症します。その背景には、全身の病気や目の病気が深く関係していることが多くあります。
主に、以下の病態が網膜症を引き起こす原因と考えられています。
・糖尿病網膜症
糖尿病による高血糖状態が長く続くと、網膜の毛細血管はダメージを受けやすくなります。その結果、血管が詰まったり、出血したり、あるいは血管の透過性が高まって血液中の成分が漏れ出し、網膜がむくむことで、視機能が低下します。この状態が糖尿病網膜症です。これは単に目だけの問題ではなく、全身の血管に起こる変化の一部と捉えられます。
最新の研究では、糖尿病網膜症がある患者さんは、そうでない糖尿病患者さんに比べて、脳卒中を発症するリスクが2倍以上に高まることが示されました。これは、糖尿病網膜症が脳卒中発生を予測する重要な指標(バイオマーカー)となりうるという見方です。具体的には、糖尿病網膜症がない患者さんでは脳卒中のリスク比が1.70であるのに対し、網膜症に加えてその他の合併症がある場合は、リスク比が2.29とさらに高くなる傾向があることも指摘されています※。そのため、糖尿病の治療中に定期的な眼科検査を受けることは、網膜症の早期発見だけでなく、脳卒中などの全身の重篤な合併症リスクを予測し、早期に対策を講じる上でも極めて重要であるといえます。
・高血圧
血圧が高い状態が続くと、網膜の細い血管には常に過度な圧力がかかります。これにより、血管の壁が厚く硬くなったり、時には血管が破れて出血したりすることがあります。これが網膜症につながるメカニズムです。
・動脈硬化
動脈硬化は、血管が硬くなり、弾力性が失われる状態を指します。網膜の血管も動脈硬化の影響を受けると、血流が悪化し、網膜組織への酸素や栄養の供給が滞ってしまいます。この血流障害が、網膜症の発症や進行を促す原因の一つです。
・加齢黄斑変性
網膜の中心部にある「黄斑(おうはん)」は、物を見る上で最も重要な部分です。加齢とともに、この黄斑に老廃物が蓄積したり、異常な血管(新生血管)が発生したりすることで、視機能が障害される病気が加齢黄斑変性です。これは、加齢が最大の危険因子とされています。
・網膜剥離
網膜剥離は、何らかの原因で網膜に穴(裂孔)が開き、眼球内の水分がその穴を通って網膜の裏側に流れ込むことで、網膜が眼球の壁から剥がれてしまう病気です。近視の強い方や、目を強く打った経験がある方、加齢などがリスク要因となることがあります。放置すると失明につながる危険性があるため、早期の発見と手術が不可欠です。
これらの病態は、網膜のデリケートな構造にダメージを与え、視力低下や失明につながる可能性があります。特に糖尿病網膜症のように、目の状態が全身の健康状態、特に脳卒中などの重篤な合併症リスクと密接に関連しているケースも少なくありません。だからこそ、網膜症の原因を理解し、早期に発見し、適切な治療を開始することが、視機能を守るために極めて重要であると考えられます。
網膜症の症状
網膜症は、その種類や進行度合いによって、現れる症状が大きく異なります。特に初期段階では、自覚症状がないことも多く、病気の進行に気づきにくいケースも珍しくありません。
病気が進行すると、次のような症状が現れることがあります。
・視力低下: 網膜がダメージを受けることで、光を感じ取る能力が低下し、視界全体がぼやけたり、まるで薄い膜がかかったように見えにくくなったりします。
・飛蚊症(ひぶんしょう): 目の前に小さな虫や糸くずのようなものが飛んで見える症状です。これは、網膜からの出血や、眼球内の硝子体(しょうしたい)というゼリー状の物質に濁りが生じることで、その影が網膜に映り込む現象といえます。視線を動かすと、影も一緒に動くように感じられます。
・変視症(へんししょう): 物がゆがんで見える症状です。網膜の中心部である黄斑にむくみや損傷が生じると、まっすぐな線が波打って見えたり、物の形がゆがんで見えたりします。これは、黄斑が正確な形を感知する機能が損なわれるためと考えられます。
・中心暗点(ちゅうしんあんてん): 視野の中心部分が見えにくくなる、あるいは暗くなる症状です。黄斑の機能が著しく低下すると、見たいものの中心が黒く抜け落ちたり、ぼやけて見えたりします。読書や人の顔を見るときに、特に不便を感じることがあります。
・視野欠損: 見える範囲の一部が欠けてしまう症状です。網膜の特定の部位が広範囲に損傷を受けると、視野の一部が暗くなったり、全く見えなくなったりします。進行すると、欠損部分が広がる可能性もあります。
特に、糖尿病が原因で発症する糖尿病網膜症は、発症からかなり進行するまで自覚症状が現れない点が特徴です。症状がないからといって放置すると、重篤な視力障害や失明につながるリスクを高める可能性があります。
この糖尿病網膜症は、単に目の病気にとどまりません。糖尿病の微小血管合併症の一つであり、糖尿病患者さんの病気の進行中に高頻度で発生することが知られています※。
さらに、近年の研究では、糖尿病網膜症の有無が、脳卒中リスクの重要な予測因子となりうることが示されています。糖尿病網膜症がある患者さんは、そうでない糖尿病患者さんに比べて、脳卒中を発症するリスクが約2倍(リスク比2.04)に高まることが報告されています※。この脳卒中リスクは、糖尿病網膜症に他の合併症がない場合は約1.7倍、他の合併症を伴う場合は約2.3倍と、その状況によっても変動することがわかっています※。
つまり、糖尿病網膜症の存在は、目の健康状態だけでなく、脳卒中発生を予測するバイオマーカーとしても注目されているといえます※。
このような背景から、糖尿病と診断された方や、目の健康に少しでも不安を感じる方は、自覚症状の有無に関わらず、定期的に眼科で検査を受けることが極めて重要です。早期に網膜症を発見し、適切な治療を開始することで、網膜症の進行を遅らせ、大切な視力を守るだけでなく、脳卒中などの全身の重篤な合併症リスクを早期に把握し、予防につなげると考えられます。
網膜症の検査・診断
網膜症の検査と診断は、視力低下や失明という重篤な事態を避けるために、非常に重要なプロセスです。自覚症状がない段階で病気を見つけ、適切な治療につなげることが、大切な目の健康だけでなく、全身の健康を守る上でも不可欠といえます。特に糖尿病を持つ方にとって、定期的な眼科検査は、網膜症の早期発見だけでなく、脳卒中などの全身性の重篤な合併症リスクを早期に把握し、予防することにもつながると考えられています。
網膜症の検査では、主に次の方法が用いられます。
・眼底検査(がんていけんさ)
特殊な目薬で瞳孔(ひとみ)を広げた後、検眼鏡という器具を使い、医師が直接、目の奥にある網膜の状態を観察します。網膜の血管の状態や出血、むくみ(浮腫)、網膜剥離(もうまくはくり)の有無などを詳細に確認できる検査です。
・眼底撮影(がんていさつえい)
眼底カメラという専用の装置で網膜の写真を撮影する検査です。これにより、網膜全体の詳細な記録が残せます。病状の進行や治療効果を客観的に比較・評価する上で、非常に役立ちます。
・光干渉断層計(OCT:Optical Coherence Tomography)
光の性質を利用し、網膜の断面図を高い解像度で画像化する検査です。網膜のむくみや、網膜の下にたまった液体、あるいは非常に微細な構造の変化などを立体的に把握できます。特に、網膜症による黄斑(おうはん)という視力に最も関わる部分の変化を診断する上で、重要な情報を得る検査です。
・蛍光眼底造影検査(けいこうがんていぞうえいけんさ)
腕の血管から造影剤を注入し、その造影剤が網膜の血管を流れる様子を時間経過とともに撮影する検査です。血管からの血液漏れや、詰まって血流が悪くなった血管、あるいは病気が進行して発生した新しい血管(新生血管)など、通常の検査では見つけにくい異常を詳しく調べることができます。
これらの検査は、特に糖尿病のある方には、自覚症状の有無に関わらず定期的に受けることが強く推奨されます。なぜなら、糖尿病網膜症は、病気がかなり進行するまで自覚症状が出にくいという特徴があるためです。しかし、早期に発見し治療を開始できれば、失明のリスクを大幅に減らすことができます。
さらに、近年の研究では、糖尿病網膜症の存在が、脳卒中を発症するリスクと密接に関連していることが明らかになっています。糖尿病網膜症のある患者さんは、そうでない糖尿病患者さんに比べて、脳卒中を発症するリスクが約2.04倍(95%信頼区間1.25~3.32)に高まるという報告があります※。特に、糖尿病網膜症に加えて他の合併症がある場合は、脳卒中リスクが約2.29倍とさらに高くなる傾向も示されています※。これは、糖尿病網膜症が脳卒中発生を予測する重要なバイオマーカーとして機能していることを示しており、脳卒中予防のためにも定期的な眼科検査が不可欠であると考えられます※。
検査で得られた情報をもとに、医師は網膜症の種類や進行度を正確に診断し、患者さん一人ひとりの状態に合った最適な治療計画を立てていきます。正確な診断が、効果的な治療への大切な第一歩となるのです。
網膜症の治療
網膜症の治療は、進行を食い止め、大切な視力を守るだけでなく、全身の健康状態にも良い影響をもたらす可能性があります。病気の種類や進行度合いに応じて、最も適した治療法が選ばれます。
1. 原因疾患の管理
多くの網膜症、特に糖尿病網膜症では、原因となる全身疾患の管理が治療の土台です。たとえば糖尿病網膜症であれば、厳格な血糖コントロールが病気の進行を遅らせる上で欠かせません。高血圧や脂質異常症が背景にある網膜症でも、それぞれの基礎疾患をしっかり治療することが重要です。
2. 直接的な治療法
網膜症の進行を直接的に抑えるため、以下のような治療法が用いられます。
・レーザー光凝固術
病変のある網膜の細胞をレーザーで凝固させ、病気の進行を抑える治療法です。特に糖尿病網膜症で、酸素不足になった網膜の部位(虚血部位)や、もろくて出血しやすい新しい血管(新生血管)の発生を抑制します。これにより、出血や網膜のむくみ(黄斑浮腫)が悪化するのを防ぐ目的があります。
・硝子体注射
網膜のむくみ(黄斑浮腫)や、病的な新しい血管(新生血管)の増殖を抑えるため、目の奥にある硝子体(しょうしたい)という部分に直接薬を注射します。主に「抗VEGF薬(こうブイイージーエフやく)」という薬剤が使われ、血管から血液成分が漏れ出すのを抑えたり、新生血管の成長を妨げたりする働きがあります。効果を維持するために、医師の指示に基づき定期的な注射が必要です。
・硝子体手術
網膜剥離や、目の奥の硝子体に出血がたまった場合など、より進行した網膜症に対して行われる外科手術です。眼内にある濁りや出血、網膜を引っ張る膜などを除去し、網膜が本来の位置に戻るよう整えます。これにより、網膜の状態を改善し、視機能を保つことを目指します。
3. 全身疾患との関連性
特に糖尿病網膜症の治療は、目の健康だけでなく、全身の重大な病気の予防にも関わることがわかってきました。最新の研究では、糖尿病網膜症のある患者さんは、網膜症のない糖尿病患者さんに比べて、脳卒中を発症するリスクが約2.04倍に高まることが示されています※。さらに、糖尿病網膜症に加えて他の合併症がある場合は、脳卒中リスクが約2.29倍とさらに高くなる傾向があることも指摘されています※。
この結果は、糖尿病網膜症が単に目の病気にとどまらず、脳卒中発生を予測する重要なサイン(バイオマーカー)となりうることを意味します。そのため、網膜症を早期に発見し、適切な治療を受けることは、大切な視力を守るだけでなく、脳卒中などの全身性のリスクを早期に把握し、予防につなげる上でも極めて重要であるといえるでしょう。ご自身の状態に合わせた最適な治療法を、主治医とよく相談して見つけていくことが大切です。













