網膜動脈閉塞症

ある日突然、片方の目が見えにくくなったり、視野の一部が欠けたりするような経験はありませんか。網膜動脈閉塞症は、脳梗塞や心筋梗塞が目の中で発生したような状態で、緊急性が高いにもかかわらず、痛みを伴わないため症状に気づきにくいことがあります。

この記事では、目の奥の血管が詰まる網膜動脈閉塞症について、その概要や種類、全身の健康状態と密接に関わる原因と症状、そして重要な治療法を掘り下げて解説します。実際、この病気を経験した方の閉塞していない方の目でも、網膜毛細血管ネットワークの密度が低いことが研究で示されています。

網膜動脈閉塞症は、早期に適切な診断と治療を受けることで、視機能の温存が期待できる病気です。本記事をお読みいただくことで、目の異常だけでなく、全身の健康状態との関連性も理解でき、大切な視力を守るための一歩を踏み出すきっかけとなるでしょう。

網膜動脈閉塞症の概要

網膜動脈閉塞症は、目の奥にある網膜の動脈が詰まり、視力に重大な影響を及ぼす病気です。網膜は、カメラのフィルムのように光を感じ取る大切な部分で、ここで得られた情報が脳に送られて「見える」という認識につながります。この網膜へ血液を送る動脈が詰まると、網膜への酸素や栄養の供給が途絶え、その機能が低下してしまいます。これは、脳梗塞や心筋梗塞が目の中で発生したような状態であり、非常に緊急性が高い病気といえます。

この病気の特徴は、突然片方の目の視力が低下したり、視野の一部が見えなくなったりする点です。網膜動脈閉塞症は、目に急な異常をきたすだけでなく、全身の血管状態を映し出す鏡のような側面も持ち合わせています。

実際、網膜動脈閉塞症を経験した患者さんの、閉塞していない方の目(対側眼)の網膜毛細血管にも変化が見られることがわかっています。最近の研究では、光干渉断層計血管造影(OCT-A)という、網膜の血管を詳細に観察できる検査を用いて評価したところ、網膜の表面近くに広がる毛細血管のネットワークの密度(表層毛細血管ネットワークの総血管密度)が、健康な人と比べて有意に低いことが示されました※。さらに、視力に最も重要な「黄斑(おうはん)」と呼ばれる中心部分から300ミクロンの範囲でも、血管密度が低い傾向にあったと報告されています※。

このような所見は、網膜動脈閉塞症が発症する前から、全身の血管にすでに微細な変化が起きている可能性を強く示唆しています。網膜の血管状態を観察することは、将来的に脳卒中や心筋梗塞といった重篤な血管イベントが起こる前兆(早期診断窓)となる可能性も考えられるため、単に目の病気としてだけでなく、全身の健康状態を知る上で重要な手がかりになるといえるでしょう。

視力を守るためには、症状が現れたらすぐに眼科を受診し、迅速な診断と治療を受けることが重要です。

網膜動脈閉塞症の種類

網膜動脈閉塞症は、網膜のどの動脈が詰まるかによって、症状の現れ方や視力への影響が異なります。そのため、種類を正確に把握することが、適切な診断と治療方針を決める上で重要です。

網膜動脈閉塞症の主な種類は、次の4つが挙げられます※。

・中心網膜動脈閉塞症(CRAO): 網膜全体に血液を送る主要な動脈が詰まるタイプです。最も多く報告されている症状の種類であり、急激な視力低下や広い範囲の視野障害を引き起こすことがあります※。片方の目に発生することが多く、両方の目に発生するケースも次に多く報告されています※。

・半中心網膜動脈閉塞症(hCRAO): 中心網膜動脈の一部が閉塞するタイプです。中心視力は比較的保たれることもありますが、視野の一部に欠損が生じることがあります。

・枝網膜動脈閉塞症(BRAO): 網膜の一部に血液を送る細い動脈が詰まるタイプです。全体の視力への影響は少ないこともありますが、視野の一部が見えなくなるなどの症状が出ます。片方の目だけでなく、両方の目に発生するケースも報告されています※。

・毛様体網膜動脈閉塞症(CLRAO): 網膜や視神経乳頭に血液を送る毛様体網膜動脈が詰まるタイプです。この動脈は、視力にとって非常に重要な部分への血液供給を担っています。片方の目に発生するケースが多く報告されています※。

これらの種類は、閉塞している動脈の部位によって分類されます。中には、「巨大細胞性動脈炎(GCA)」と呼ばれる全身の血管に炎症が起きる病気が原因で、網膜動脈閉塞症を引き起こすケースもあります。この場合は「動脈性網膜動脈閉塞症(A-RAO)」と呼ばれ、以下のような特徴が挙げられます※。

・全身症状の有無: GCAが原因の場合、頭痛や顎の痛み、全身倦怠感といったGCAに特徴的な症状を伴うことが多く、これにより他の原因による網膜動脈閉塞症と区別できることがあります。

・診断の手がかり: 側頭動脈という頭部の血管の一部を採取して調べる「側頭動脈生検」を行うと、GCAの有無が確認されることがほとんどです。

網膜動脈閉塞症は、単に目の病気としてだけでなく、全身の健康状態と密接に関わっている場合があります。目の症状だけでなく、全身の体調の変化にも注意を払うことが、早期発見と適切な治療につながると考えられます。

網膜動脈閉塞症の原因

網膜動脈閉塞症は、目の奥にある網膜の動脈が詰まることで発症します。この「詰まり」の背景には、主に全身の血管の健康状態が深く関わっており、原因は大きく分けて「血管内でできた血液の塊(血栓・塞栓)によるもの」と「血管そのものの炎症によるもの」が考えられます。

血液の塊(血栓・塞栓)による詰まり

網膜動脈閉塞症を引き起こす最も一般的な原因は、全身の血管で生じた血栓や塞栓が、網膜の細い動脈に運ばれて詰まってしまうことです。これは、まるで水道管に異物が詰まるような状態といえます。

1. 動脈硬化の進行

加齢とともに、血管は少しずつ弾力性を失い硬くなります。特に、高血圧、脂質異常症(高脂血症)、糖尿病といった生活習慣病は、この動脈硬化を加速させる主な要因です。動脈硬化が進むと、血管の内壁に脂質(コレステロールなど)が沈着して「プラーク」と呼ばれるコブが形成されやすくなります。このプラークが何らかの拍子に剥がれ落ち、血液の塊(血栓)となって血流に乗って網膜の動脈まで運ばれて詰まることがあります。

特に、高脂血症や糖尿病といった代謝異常がある方は、網膜動脈閉塞症の発症リスクが高まることが示唆されています※。糖尿病患者さんにおいて、両方の目に連続して網膜動脈閉塞症を発症するケースは稀ですが、発症した場合には厳格な治療を行っても重度の視力障害につながることも少なくありません※。そのため、日頃からの血糖値やコレステロール値の適切な管理が、視力を守る上で非常に重要となります。

2. 心臓や頸動脈からの塞栓

心臓の不整脈(特に心房細動)があると、心臓の中で血液の流れが滞り、血栓ができやすくなることがあります。この心臓内でできた血栓が血流に乗って全身に運ばれ、網膜の動脈を詰まらせることがあります。

また、首にある太い動脈である「頸動脈」の動脈硬化も、同様に血栓の原因となり得ます。頸動脈の動脈硬化が進むと、その内壁にできたプラークから血栓が剥がれ落ち、網膜の動脈に流れ着いて閉塞を引き起こす可能性があるのです。

血管そのものの炎症による変化

稀なケースですが、全身性の血管の炎症が原因で網膜動脈閉塞症が引き起こされることがあります。

・巨大細胞性動脈炎(GCA)

全身の血管に炎症が起こる病気で、特に頭部の動脈に炎症を起こしやすい特徴があります。GCAが原因で網膜動脈閉塞症(動脈性網膜動脈閉塞症:A-RAO)が発症する際には、しばしば以下のGCAに典型的な全身症状を伴うことが多いとされています※。

・強い頭痛

・顎の痛み

・発熱

・全身倦怠感

これらの症状が網膜動脈閉塞症と同時に現れる場合は、他の原因による閉塞症と区別する重要な手がかりになります。GCAの診断には、側頭部の動脈組織を採取して詳しく調べる「側頭動脈生検」が行われることも多く、この検査でGCAが確認されることがほとんどです[※](https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39037359]。

網膜動脈閉塞症の原因は、目の問題だけでなく、全身の血管の状態や健康と密接に関わっています。そのため、目の異常だけでなく、全身の体調の変化にも注意を払い、これらの原因を早期に把握し対策を行うことが大切です。

網膜動脈閉塞症の症状

網膜動脈閉塞症の症状は、突然の視力低下が最も特徴的です。目の奥の網膜へ血液が届かなくなると、酸素や栄養が不足し、視機能が急激に損なわれてしまいます。しかし、この病気は目に痛みを感じることがほとんどないため、症状に気づくのが遅れる場合もあります。

視力低下の程度は、どの血管が詰まったかによって異なります。

・中心網膜動脈閉塞症(CRAO)の場合: 網膜全体に血液を送る太い血管が詰まると、ほとんど光を感じないほどの重い視力障害が突然起こることがあります。

・分枝網膜動脈閉塞症(BRAO)の場合: 網膜の枝分かれした細い血管が詰まることで、視野の一部がカーテンで覆われたように見えなくなったり、部分的にぼやけて見えたりする症状が現れます。

いずれのタイプも、放置すると重度の視力障害につながる場合が少なくありません。特に、糖尿病などの代謝異常がある患者さんの場合、たとえ迅速な治療が行われたとしても、重い視力障害に至ることがあるため、注意が必要です※。

しかし、早期に発見し、例えば動脈内血栓溶解療法のような適切な治療を迅速に行うことで、視力予後を良好に保つことが期待できる場合もあります※。このため、異常を感じたらすぐに眼科を受診し、速やかな診断と治療を受けることが極めて重要です。

網膜動脈閉塞症の検査と診断は、視力温存、ひいては全身の健康を守る上で欠かせません。この病気が疑われる場合、複数の検査を組み合わせ、患者さんの状態に応じた治療方針を迅速に立てていきます。主に、次の検査が行われます。

・問診と視力検査

網膜動脈閉塞症が疑われる際、まず患者さんご自身が気づいた急な視力低下や、視野の一部が見えにくいといった症状について詳しくお聞きします。その上で、視力を測定し、どの程度の障害があるかを確認します。

・眼底検査

眼底鏡という器具を使い、目の奥にある網膜を医師が直接観察します。動脈が詰まっていないか、網膜が白く濁っていないか、むくみ(浮腫)や出血がないかなど、網膜動脈閉塞症に特有の変化を探します。この検査は、肉眼で病変を確認する上で非常に重要です。

・眼圧検査

眼球の硬さ(眼圧)を測定する検査です。網膜動脈閉塞症そのものが眼圧を直接変動させることは稀ですが、他の目の病気が隠れていないか、あるいは将来的に影響を及ぼす可能性がないかを確認するために行われます。

・光干渉断層計(OCT)

光の波を利用して、網膜の断面図を詳しく撮影する検査です。血管が詰まることで、網膜の層が厚くなったり(浮腫)、栄養不足で組織が傷ついたり(虚血)していないか、ミリ単位以下の変化も正確に評価できます。

・光干渉断層血管造影(OCTA)

造影剤を体に入れることなく、網膜の血管の構造や血液の流れを鮮明に画像化できる画期的な検査です。どの血管が詰まっているのか、どこまで血流が滞っているのかを詳細に特定できます。網膜の血管障害は、多くの目の病気の原因となるため、OCTAのような眼球の血流を画像化する技術は、現在の眼科医療において病態を把握する上で非常に重要な役割を担っています※。将来的に、この技術は新生児の網膜疾患の診断や、より広範囲の網膜を一度に観察できる超広視野OCTA、さらにはAIと融合して血管の状態を自動解析するといった発展も期待されています。

・蛍光眼底造影

腕の静脈から特別な造影剤を注入し、その造影剤が網膜の血管内を流れていく様子を連続的に撮影する検査です。血流が途絶えている箇所や、血管の異常を、よりダイナミックかつ詳細に把握する目的で行われます。

・全身検査

網膜動脈閉塞症は、単に目の病気としてだけでなく、全身の血管の状態や心臓の病気が深く関わって発症するケースが少なくありません。そのため、再発予防のためにも、目の検査に加えて以下のような全身検査を行うことで、根本的な原因を探っていきます。

・頸動脈エコー:首にある太い血管(頸動脈)の動脈硬化の程度や、血栓の有無を確認します。

・心電図:心臓のリズムの異常(不整脈、特に心房細動など)がないかを確認し、心臓が原因の血栓ができていないかを調べます。

・血液検査:高血圧や脂質異常症、糖尿病といった生活習慣病の有無や程度を評価します。

網膜動脈閉塞症の診断は、これらの多角的な検査結果を総合的に判断して下されます。失われた視力を少しでも取り戻し、さらなる悪化を防ぐためには、早期に正確な診断を受け、一刻も早く治療を始めることが、視力を守る上で極めて重要な鍵となります。

網膜動脈閉塞症の治療

網膜動脈閉塞症を発症した場合、視力を守るためには一刻も早く眼科を受診し、適切な治療を開始することが何よりも大切です。この病気は、目の奥の網膜に血液を送る動脈が詰まることで、網膜の細胞が酸素不足に陥り、時間とともに不可逆的なダメージを受けてしまうからです。治療は大きく分けて、閉塞した血管の血流を再開させる「緊急治療」と、病気の根本的な原因に対処する「全身管理」の二つの側面から進めます。

緊急治療:血流を再開させる

網膜の神経細胞が壊死してしまう前に血流を再開させることが、緊急治療の目的です。どの治療法を選択するか、またその効果は、発症からの時間経過や閉塞の種類によって大きく異なります。

主な緊急治療は次のとおりです。

・眼球マッサージ

眼球を優しく圧迫したり、離したりを繰り返すことで、物理的に血栓を移動させ、血液の流れを再開させることを試みます。

・眼圧下降剤の点滴

眼球内の圧力(眼圧)を下げる点滴を行い、網膜の血管にかかる圧迫を軽減することで、血流改善を目指します。

・血管拡張薬の投与

網膜の血管を広げる作用のある薬を、点滴や内服で投与し、血流の改善を促します。

・動脈内血栓溶解療法

特に発症からできるだけ早い時期に行うと効果が期待できる治療法です。カテーテルという細い管を使い、閉塞した網膜動脈の近くまで薬を送り込み、血栓を直接溶かします。糖尿病の患者さんが網膜動脈閉塞症を発症した場合、厳格な治療を行っても重度の視力障害につながるケースが多いとされますが、この治療を迅速に行ったことで、視力が著しく改善した症例も報告されています※。例えば、視力が20/400から20/100に、あるいは20/2000から20/33.3まで改善した事例があることからも、この治療の重要性がわかります※。

・高気圧酸素療法(HBOT)

高圧な環境下で、通常よりも高い濃度の酸素を吸入することで、網膜への酸素供給を増やす治療法です。網膜の細胞は酸素不足に非常に弱いため、この方法で酸素を補給します。特に、網膜全体に血液を送る主要な血管が詰まる「中心網膜動脈閉塞症(CRAO)」においては、救急医療の現場で、専門の高気圧施設への転送を含めて検討する価値のある治療法の一つとされています※。

これらの緊急治療は、網膜の神経細胞が完全に機能を失う前に血流を確保し、視機能を少しでも温存するために行われます。

根本的な原因への対処

網膜動脈閉塞症は、単に目の病気というだけでなく、全身の血管の状態や心臓の病気が深く関係して発症することがほとんどです。そのため、目の治療と並行して、原因となっている全身疾患への対処が非常に重要になります。

例えば、高脂血症や糖尿病といった代謝異常は、網膜動脈閉塞症の発症リスクを大幅に高めることがわかっています※。心臓病、動脈硬化、高血圧なども同様に、網膜動脈閉塞症の引き金となり得る基礎疾患です。

病気の再発を防ぐためには、次のような対策が不可欠です。

・基礎疾患の適切な管理

糖尿病、高血圧、脂質異常症など、背景にある病気を内科医などの専門医と連携しながら適切に治療します。薬物療法はもちろん、食事や運動といった生活習慣の改善も同時に進めていくことになります。

・定期的な眼科診察

治療後も、視力や眼底の状態に変化がないか、再発の兆候がないかを確認するため、定期的に眼科医の診察を受けることが大切です。

・全身の健康状態のモニタリング

目の症状だけでなく、全身の体調にも注意を払い、必要に応じて全身検査を継続することが、将来的な脳卒中や心筋梗塞といった重篤な血管イベントの予防にもつながります。

網膜動脈閉塞症の治療は、発症後の緊急対応と、長期的な全身管理の両輪で行われます。早期に正確な診断を受け、適切な治療を迅速に開始すること、そして再発予防のための全身管理を継続することが、視力を守り、ひいては全身の健康を守る上で極めて重要な鍵となるでしょう。