減圧症

スキューバダイビングで非日常の海を楽しんだ後、体に感じる少しの疲れや関節の痛み。「よくあること」と見過ごしていませんか?その症状、放置すれば深刻な後遺症にもつながる「減圧症」のサインかもしれません。

実は、減圧症のなりやすさはダイビングの技術だけでなく、生まれつきの体の特徴が大きく関わります。特に心臓に「卵円孔開存」という穴が開いている人はリスクが高く、神経症状を伴う減圧症のダイバーでは、この特徴を持つ確率が約3.8倍にものぼるという研究報告もあるのです。

この記事では、減圧症のメカニズムから症状、そして命を守るための正しい対処法まで詳しく解説します。自分は大丈夫と思わず、ダイビングを愛するすべての方に知ってほしい情報です。

減圧症の概要

減圧症は、スキューバダイビングの後などに起こる病気です。 水中に深く潜ると、体に高い圧力がかかります。 このとき、呼吸する空気中の窒素が血液や組織に溶け込みます。

その後、急いで水面に浮上すると、圧力が急に低くなります。 すると、液体に溶けていた窒素が気体に戻り、泡を発生させます。 この窒素の泡が血管を詰まらせたり、組織を傷つけたりします。 これが、手足のしびれや痛みなど、様々な症状の原因となるのです。

実は、減圧症のなりやすさには、生まれつきの体の特徴が関係します。 その一つが「卵円孔開存(らんえんこうかいぞん)」という状態です。 これは心臓の右心房と左心房という部屋の間の壁に、小さな穴が開いている状態を指します。

この穴があると「右左シャント」という血流の近道ができます。 通常、窒素の泡は静脈を通って心臓から肺へ送られ処理されます。 しかし、穴があると泡の一部が肺を通り抜け、直接全身に流れます。 この現象は、脳や脊髄といった重要な神経に泡が運ばれるリスクを高めます。

ある研究では、神経症状を伴う減圧症のダイバーは、そうでないダイバーに比べ、この右左シャントを持つ確率が約3.8倍高いと報告されています。 特に、めまいなどを起こす内耳型の減圧症で、関連が強いことがわかっています。 このように、減圧症は環境だけでなく、個人の体の特徴も発症に大きく関わっているのです。

減圧症の種類

減圧症は、症状が出る場所や重さによって、主に2種類に分けられます。 症状を正しく知ることで、体のサインに早く気づき、適切に対応できます。

I型減圧症(軽症型)

体の表面に近い皮膚や関節、筋肉などに症状が現れるタイプです。

  • 皮膚の症状 かゆみやチクチク感、皮膚がまだら模様になるなどがあります。
  • 関節や筋肉の症状 関節や筋肉に痛みを感じます。これは「ベンズ」と呼ばれます。
  • リンパ系の症状 手足がむくむことがあります。

これらの症状は、疲れや筋肉痛と間違えやすいため注意が必要です。 ダイビング後の不調は、軽く考えずに観察することが大切です。

II型減圧症(重症型)

神経や呼吸器など、体の中心機能に影響が及ぶ重いタイプです。 命に関わることもあるため、緊急の対応が求められます。

  • 神経系の症状 手足のしびれ、めまい、言葉がうまく話せない、意識がもうろうとします。
  • 呼吸器・循環器系の症状 息苦しさや胸の痛み(チョークス)、激しい咳などが出ます。

I型だと思っていても、後からII型の重い症状が現れることもあります。 どんなに軽い症状でも、減圧症が疑われる場合はすぐに医療機関を受診しましょう。

減圧症と間違えやすい「気圧変動性顔面神経麻痺」

ダイビング後、顔の片側が麻痺することがあります。 これは減圧症の神経症状と似ていますが、別の病気の可能性があります。

それは「気圧変動性顔面神経麻痺」という、一時的な顔面神経の麻痺です。 耳の中の圧力バランスが崩れ、顔を動かす神経が圧迫されて起こります。 あくびや唾を飲み込むことで、圧力が調整され、症状が治まることが多いです。

減圧症と間違えると、必要のない大がかりな治療を受けることにもなりかねません。 しかし、放置すると永久的な麻痺が残るリスクも報告されています。 自己判断はせず、必ず専門の医師に相談してください。

減圧症の原因

減圧症の直接的な原因は、体の中で窒素が「泡」になることです。 水中に深く潜ると体にかかる圧力が高まります。 すると、呼吸で吸った空気中の窒素が、普段より多く血液や組織に溶け込んでいきます。

その後、急いで水面に浮上すると、周りの圧力が一気に下がります。 その結果、液体に溶けていた窒素が気体の泡に変わってしまうのです。 この窒素の泡が血管を詰まらせ血流を止めたり、周りの組織を圧迫したりして、様々な症状を引き起こします。

しかし、同じようにダイビングをしても、減圧症になる人とならない人がいます。 その違いを生む、発症リスクを高める要因がいくつか知られています。

ダイビングの方法や体調

減圧症のリスクは、ダイビングのやり方やその日の体調に大きく左右されます。

  • ダイビングの方法 潜る時間が長い、水深が深い、浮上するスピードが速いなど。
  • 体の状態 疲労、寝不足、脱水、飲酒、肥満、体の冷え、月経など。
  • ダイビング後の行動 潜った後すぐに飛行機に乗ったり、山に登ったりして高地へ移動する。

生まれつきの体の特徴

減圧症の発症には、生まれつきの体の特徴が大きく関わることがあります。 特に、心臓に「卵円孔開存(PFO)」という小さな穴が開いている状態です。

この穴があると、本来は肺で処理されるはずの窒素の泡の一部が、穴を通り抜けてしまいます。 そして、脳や脊髄といった重要な神経へ、泡が直接運ばれてしまうのです。 研究によれば、神経症状を伴う減圧症のダイバーは、この穴を持つ確率が高いと報告されています。 特に、めまいを起こす「内耳型」の減圧症で、この関連性が非常に強いことがわかっています。 このPFOは、減圧症だけでなく若年性の脳梗塞や片頭痛の原因になることもあり、注意が必要です。

減圧症の症状

減圧症の症状は、窒素の泡が体のどこで悪さをするかによって様々です。 症状の重さや場所によって、主に2つのタイプに分けられます。 症状を正しく知ることが、早期発見と適切な治療につながります。

タイプ

主な症状の場所

具体的な症状

I型(軽症型)

皮膚・関節・筋肉

・皮膚のかゆみ、赤み、まだら模様

・関節や筋肉の痛み(ベンズ)

・手足のむくみ

II型(重症型)

神経・呼吸器・循環器

・手足のしびれ、力が入りにくい

・めまい、耳鳴り、吐き気

・息苦しさ、胸の痛み、激しい咳

・意識がもうろうとする

I型(軽症型)の症状

比較的軽い症状で、ダイビング後の疲れや筋肉痛と間違えやすいです。 しかし、これは体が発している危険信号なので、見逃さないでください。

  • 皮膚の症状 チクチクしたかゆみや、大理石のようなまだら模様が出ることがあります。
  • 関節や筋肉の痛み 「ベンズ」とも呼ばれ、肩やひじ、ひざなどに関節痛を感じます。 場所をはっきり特定できない、鈍い痛みとして現れることもあります。

II型(重症型)の症状

神経や呼吸器など、体の中心機能に影響が及ぶため、緊急の対応が必要です。 脳や脊髄に窒素の泡が運ばれることで、深刻な後遺症につながる恐れがあります。

  • 神経の症状 手足のしびれや麻痺、言葉のもつれ、意識障害などが起こります。 特に、めまいや吐き気を伴う内耳型の症状は注意が必要です。 ある研究では、この内耳型減圧症は心臓に「右左シャント」という血流の近道がある人と、特に関連が深いことが報告されています。
  • 呼吸器・循環器の症状 肺の血管に多数の泡が詰まることで、突然の息切れや胸の痛みが出ます。 これは「チョークス」と呼ばれ、命に関わる非常に危険な状態です。

I型の軽い症状だと思っていても、後からII型の重い症状へ移行することがあります。 どんなに軽い不調でも、減圧症が疑われる場合はすぐに専門の医療機関を受診しましょう。

減圧症の検査・診断

減圧症が疑われる場合、診断は時間との勝負です。 早く治療を始めることが、後遺症を防ぐカギだからです。 診断は、主に詳しいお話を聞く「問診」と、体の診察で行われます。

お医者さんからの質問(問診)

まず、ダイビングの状況や症状について詳しくお聞きします。 これは減圧症の可能性や重症度を判断する、とても大切な手がかりです。

【問診で確認すること】

  • ダイビングのこと いつ、どこで、どのくらいの深さまで、何分間潜りましたか?
  • 浮上のしかた 浮上するスピードや、安全停止(水中で少し止まること)をしましたか?
  • 症状のこと いつから、体のどこに、どんな症状(痛み、しびれなど)がありますか?
  • ダイビングの後のこと お酒を飲んだり、飛行機に乗ったり、山に登ったりしましたか?

これらの情報から、体の中にどれくらい窒素が溶け込んだかを推測します。

体のチェック(身体診察)

次に、体に異常がないかを直接チェックします。 皮膚にまだら模様がないか、関節がスムーズに動くかなどを調べます。 手足の感覚や力の入り具合も確認し、神経に問題がないかを見ます。 これにより、窒素の泡が体のどこで悪さをしているのかを特定します。

追加で行われることがある検査

減圧症の原因である窒素の泡は、レントゲンなどでは直接見えません。 しかし、減圧症になりやすい体質かどうかを調べる検査があります。 その一つが、心臓の超音波(心エコー)検査です。

この検査では「卵円孔開存(PFO)」という心臓の穴の有無を調べます。 この生まれつきの穴があると、窒素の泡が肺を通り抜けてしまいます。 そして泡が直接全身に流れる「右左シャント」という現象が起こります。 これにより、脳や神経に泡が運ばれるリスクが高まるのです。

減圧症と診断されたら、専門的な治療(高気圧酸素療法)が必要です。 この治療ができる病院は限られているため、すぐに移動することが大切です。 救急の現場では、速やかに専門施設へ転送できるよう判断が求められます。

減圧症の治療

減圧症が疑われる場合、その治療はまさに時間との勝負です。 症状は自然に治ることはなく、放置すれば体に深刻な後遺症が残る可能性があります。 できるだけ早く専門的な治療を始めることが、回復への一番の近道です。

治療の柱は「高気圧酸素療法」

減圧症の治療の基本は「高気圧酸素療法(こうきあつさんそりょうほう)」です。 これは、普段私たちが生活する場所より気圧を高くした特別な治療装置の中で、濃度の高い酸素を吸う治療法です。 この治療には、主に次の3つの大切な効果が期待できます。

  • 1. 泡を小さくする 高い圧力をかけることで、症状の原因である窒素の泡を物理的に押しつぶし、再び血液などに溶かします。
  • 2. 窒素を追い出す 濃い酸素を吸うと、体にたまった余分な窒素が呼吸を通して効率よく体の外へ排出されやすくなります。
  • 3. 酸素を届ける 窒素の泡によって血の流れが悪くなった体のすみずみまで、しっかりと酸素を届け、組織のダメージを回復させます。

治療は専門施設への移動がカギ

減圧症は、救急での対応が求められる緊急性の高い疾患です。 ある研究レビューでは、救急医が高気圧酸素療法施設へ緊急転送を検討すべき疾患の一つとして、減圧症が挙げられています。 この治療ができる病院は限られているため、迅速な判断と専門施設への移動が非常に重要になります。

治療法

対象となる症状

特徴

高気圧酸素療法

軽症から重症まで全て

減圧症治療の基本です。

気圧を上げた装置内で高濃度酸素を吸い、窒素の泡を小さくして排出を促します。

再圧治療

特に重症な場合

より強力な治療法です。

症状が改善するまで高い圧力をかけ、ゆっくりと圧力を戻していきます。

症状が特に重い場合は、再圧治療という、より強力な治療が行われることもあります。 軽い症状だと思っても、自己判断で様子を見るのは絶対にやめてください。 すぐに医療機関に相談するか救急車を呼び、ダイビングをしたことと症状を正確に伝えましょう。