深部静脈血栓症

片足だけのむくみや、ふくらはぎの痛み。「ただの疲れだろう」と、つい見過ごしてはいませんか。その何気ないサインは、体の奥深くにある静脈に血の塊(血栓)ができる「深部静脈血栓症」かもしれません。

「エコノミークラス症候群」の名で知られるこの病気の本当に恐ろしい点は、できた血栓が血流に乗り、肺の血管を詰まらせる「肺塞栓症」を引き起こす可能性があることです。これは、突然の息切れや胸の痛みを伴い、命を脅かすこともある非常に危険な状態なのです。

この記事では、長時間のデスクワークなど、誰の身にも起こりうるこの病気の原因から自分で気づける症状、そして最新の治療法までを詳しく解説します。あなたと大切な人の命を守るための知識を、ぜひここで確認してください。

深部静脈血栓症の概要

深部静脈血栓症は、体の奥深く、主に筋肉の間を走る太い静脈という血管に、「血栓」と呼ばれる血のかたまりができてしまう病気です。

「エコノミークラス症候群」という名前なら、聞いたことがあるかもしれません。長時間同じ姿勢でいると足の血の流れが滞り、血栓ができやすくなることからそう呼ばれています。

深部静脈血栓症のポイント

  • どんな病気?
  • 体の奥にある太い静脈に、血のかたまりが詰まる病気です。
  • どこにできる?
  • 主に足(ふくらはぎ、太もも)に多く発生します。
  • 何が危険?
  • 血栓が血流に乗り、肺の血管を詰まらせる「肺塞栓症」を起こすことがあります。

この病気で最も注意すべき点は、できた血栓がはがれて血流に乗り、肺の血管を詰まらせてしまう「肺塞栓症」です。これは命に関わることもある危険な状態で、深部静脈血栓症が原因の第1位とされています。

また、手術の際に出血を減らす目的で「トラネキサム酸」という薬が使われることがあります。この薬の作用から血栓症のリスクを心配する声がありました。しかし、多くの研究をまとめた分析によると、手術の際にこの薬を使っても深部静脈血栓症のリスクが高まるわけではないことが示唆されています。ただし、この安全性について確固たる結論を出すには、さらなる情報が必要と考えられています。

深部静脈血栓症の種類

深部静脈血栓症は、血のかたまりである「血栓」ができた場所や、その原因によっていくつかの種類に分けられます。 どこに、なぜ血栓ができたかを知ることは、適切な治療や予防法を考える上で非常に重要になります。

場所による分類

血栓ができる体の場所によって、主に3つのタイプに分けられます。

種類

特徴

下肢(かし)深部静脈血栓症

足の静脈に血栓ができる、最も多いタイプです。ふくらはぎや太ももにできやすく、できた血栓が大きいため血流に乗り、肺の血管を詰まらせる「肺塞栓症」を引き起こす危険性が最も高いとされています。

上肢(じょうし)深部静脈血栓症

腕の静脈に血栓ができるタイプです。全体の4~13%ほどを占めます。点滴の管(カテーテル)を入れたことなどがきっかけで起こることがあります。

骨盤内(こつばんない)深部静脈血栓症

お腹の骨盤の中を通る太い静脈にできるタイプです。こちらも肺塞栓症につながるリスクがあります。

原因による分類

血栓ができたきっかけがはっきりしているかどうかでも分けられます。

  • 続発性(ぞくはつせい)
  • 手術やけが、長期間体を動かせないなど、はっきりとしたきっかけがあって起こるタイプです。
  • 例えば、足の手術、特に人工膝関節の手術後は血栓ができやすくなるため、予防がとても大切です。
  • このような手術後の血栓予防には、アスピリンという薬が使われることがあります。
  • 16万人以上のデータをまとめた信頼性の高い研究によると、アスピリンは他の主要な薬と比べて、血栓を防ぐ効果や安全性に大きな差はないことが示されています。
  • 特発性(とくはつせい)
  • はっきりとした原因が見当たらないのに起こるタイプです。
  • 明確なきっかけはなくても、ご自身の体質などが背景に隠れている可能性があります。

深部静脈血栓症の原因

深部静脈血栓症は、決して一つの原因だけで起こるわけではありません。 多くの場合、いくつかの悪い条件がパズルのように組み合わさって発症します。 その主な原因は、大きく分けて次の3つの要素が知られています。

  1. 血液の流れの滞り(静脈うっ滞)
  • 長時間同じ姿勢でいると、足の筋肉によるポンプ機能が働きません。 その結果、心臓へ戻るべき血液の流れが滞り、血栓ができやすくなります。
  1. 血管の壁が傷つくこと(血管内皮障害)
  • 手術やけが、点滴の管を入れることなどで血管の内側の壁が傷つきます。 傷ついた部分には、かさぶたのように血のかたまりが付着しやすくなります。
  1. 血液が固まりやすい状態になること(凝固能亢進)
  • がんなどの病気や薬の影響、脱水、遺伝的な体質などが原因です。 血液そのものがドロドロになり、固まりやすい状態になってしまいます。

これらの原因を引き起こす、具体的な危険因子には以下のものがあります。 ご自身に当てはまるものがないか、チェックしてみましょう。

【深部静脈血栓症の危険因子チェックリスト】

  • 生活習慣や状況
  • □ 長時間、飛行機や車に乗る、デスクワークをする
  • □ ギプスで足を固定している
  • □ 最近、大きな手術を受けた
  • □ 病気やけがで長期間寝たきりの状態だった
  • □ 肥満である(BMI25以上)
  • □ 喫煙の習慣がある(受動喫煙も含む)
  • □ 体の水分が不足している(脱水状態)
  • 病気や体質
  • □ 60歳以上である
  • □ がんを患っている、または治療中である
  • □ 心不全や腎臓の病気(ネフローゼ症候群)がある
  • □ 家族に血栓症になった人がいる
  • □ 過去に深部静脈血栓症になったことがある
  • 女性特有の要因
  • □ 妊娠中または出産後である
  • □ 経口避妊薬(ピル)やホルモン補充療法を受けている

特に、がんや肝臓の病気など、他の病気が原因で血栓症が起こる場合もあります。 このような場合、血液を固まりにくくするお薬での治療が必要になりますが、出血のリスクが心配されることもありました。 しかし、複数の研究をまとめた分析によると、肝臓の病気がある方でも、新しいタイプのお薬は従来のお薬と比べて出血のリスクを抑えられる可能性が示されています。

これらの危険因子が複数重なるほど、発症の可能性は高まります。 気になる点があれば、ご自身で判断せず、早めに医療機関へご相談ください。

深部静脈血栓症の症状

深部静脈血栓症のサインは、血栓ができた方の足だけに現れるのが特徴です。 しかし、症状がはっきりと出ないことも珍しくないため、見過ごさないことが大切です。

ご自身の足に以下のような変化がないか、普段から確認する習慣をつけましょう。

【足で確認できる主なサイン】

  • 片方の足の腫れ
  • ふくらはぎや太ももがパンパンに腫れます。
  • 指で押すと跡が残るようなむくみが出ることもあります。
  • 痛み
  • ふくらはぎを軽く押したり、歩いたりすると痛みを感じます。
  • 漠然とした疼くような痛みが続くこともあります。
  • 見た目の変化
  • 足の皮膚が赤紫色っぽく変色します。
  • 血の流れを助けるため、表面の血管が浮き出て見えることもあります。
  • 熱っぽさ
  • 血栓ができた部分を中心に、足全体が熱を帯びたように感じます。

特に「左右の足の太さの違い」は、ご自身で確認できる重要なサインです。 ふくらはぎの一番太い部分の周りを測り、左右で3cm以上の差がある場合は注意が必要です。

また、近年の米国の研究では、手術後に深部静脈血栓症が起こるリスクに人種差がある可能性が示唆されています。ご自身の背景にかかわらず、気になる症状があれば医療機関に相談しましょう。

最も危険なのは、足の血栓が血流に乗って肺に達する「肺塞栓症」です。 突然の息切れや胸の痛み、意識を失うなどの症状は命に関わります。 このような場合は、ためらわずに救急車を呼ぶなど、緊急の対応が必要です。

深部静脈血栓症の検査・診断

足の腫れや痛みで病院を訪れると、まずはお話を聞くことから始まります。 いつから症状があるか、最近の生活の様子などを詳しくお伺いします。 その後、足の状態を直接見て、触って確かめる「身体診察」を行います。

【医師がチェックするポイント】

  • 左右の足の太さに違いはないか
  • メジャーで実際に測って、客観的に比較することもあります。
  • 押したときに痛みを感じる場所はあるか
  • 血栓ができやすい、ふくらはぎなどを丁寧に確認します。
  • 皮膚の色に赤紫のような変化はないか
  • 指で押すと跡が残るような、むくみはないか

これらの診察で病気が疑われる場合、より詳しく調べるために検査に進みます。

【深部静脈血栓症の主な検査】

検査の種類

内容

血液検査(Dダイマー)

体の中に血のかたまり(血栓)があると数値が高くなる項目を調べます。この値が低い場合は、血栓症の可能性は低いと考えられます。ただし、この数値はケガなど他の原因でも上がることがあるため、確定診断には他の検査も必要です。

超音波(エコー)検査

診断の中心となる、とても重要な検査です。超音波で血管の中を直接映し出し、血栓の有無や血液の流れを確認します。痛みや放射線被ばくの心配がなく、体に負担の少ない検査です。

造影CT検査

超音波検査で診断が難しい場合や、血栓が肺に飛んでいる(肺塞栓症)可能性が疑われる場合に行います。造影剤という薬を注射し、血管の状態をより詳しく調べます。

これらの検査結果を総合的に判断して、診断を確定します。 正確な診断は、一人ひとりに合った適切な治療法を選ぶための第一歩です。 例えば、肝臓の病気がある方でも、新しいタイプのお薬(DOACs)は、従来のお薬と比べて出血のリスクを抑えられる可能性が研究で示されています。 ご自身の体の状態に合わせた最善の治療法を選択するためにも、まずはしっかりと検査を受けることが大切です。

深部静脈血栓症の治療

深部静脈血栓症の治療で最も大切な目標は、2つあります。 一つは血のかたまりがこれ以上大きくなるのを防ぐこと。 もう一つは、血のかたまりが血流に乗り、肺の血管を詰まらせてしまう「肺塞栓症」という命に関わる状態を防ぐことです。

治療の基本は、血液を固まりにくくする「抗凝固療法」というお薬を使った治療になります。

血液を固まりにくくする治療(抗凝固療法)

この治療は、できてしまった血のかたまりを直接溶かすのではなく、これ以上大きくならないようにして、体自身の力で自然に溶けていくのを助けるものです。

  • 治療のスタート(初期治療)
  • まず「ヘパリン」という注射のお薬を数日間使います。 これにより、血のかたまりが大きくなるのをすばやく抑えます。
  • 治療の継続(長期治療)
  • その後は飲み薬に切り替えて、治療を続けます。 飲み薬には、昔から使われているお薬のほかに、新しいタイプのお薬(DOACs)があります。 特に肝臓に持病がある方の場合、新しいタイプのお薬は従来のものと比べて、出血のリスクを抑えられる可能性が研究で示されています。

治療を続ける期間は、血栓症ができた原因によって変わりますが、通常は3ヶ月から半年ほどが目安です。 場合によっては、それ以上の期間、治療が必要になることもあります。

その他の特別な治療法

血液を固まりにくくする治療が難しい場合や、症状がとても重い場合には、以下のような特別な治療を検討します。

治療法

どんな時に行うか

下大静脈(IVC)フィルター

お薬が使えない場合に、足から肺へ向かう太い血管にフィルターを置き、血のかたまりが肺へ流れるのを防ぎます。

血栓溶解療法

カテーテルという細い管を血管に入れ、血のかたまりに直接薬を届けて溶かす治療です。

手術(血栓除去術)

まれですが、血流が完全に止まってしまい足が危険な状態になった際に、手術で血のかたまりを取り除きます。

手術後の血栓予防

特定の大きな手術、特に人工膝関節の手術などの後には、深部静脈血栓症が起こりやすくなるため予防が重要です。

  • 手術後の予防には、アスピリンというお薬が他の主要な薬と同等の効果を持つことが、16万人以上のデータをまとめた研究でわかっています。
  • また、手術中に出血を減らすために使われる「トラネキサム酸」というお薬は、血栓症のリスクを心配する声もありますが、多くの研究ではリスクを高めるわけではないと報告されています。

治療法は、患者さん一人ひとりの体の状態や原因に合わせて慎重に選びます。 ご自身の判断で治療をやめたりせず、医師とよく相談し、指示に従って治療を続けることが何よりも大切です。