多巣性運動ニューロパチー

「最近、ペットボトルの蓋が開けにくい」「箸がうまく使えず物を落としやすい」そんな経験はありませんか?単なる疲れや年齢のせいだと見過ごしているその症状は、体を動かす神経だけがゆっくりと傷つく希少な病気、「多巣性運動ニューロパチー(MMN)」のサインかもしれません。

この病気は非常に珍しく、2021年の調査では日本における患者数は約500人と推定されています。しびれや痛みを伴わないため発見が遅れやすい一方、徐々に筋力の低下が進行していくのが特徴です。特に40歳前後の男性に発症しやすい傾向があります。

この記事では、多巣性運動ニューロパチーとはどのような病気なのか、その原因や症状、似た病気との違いについて詳しく解説します。もしかして、と感じる方はご自身の状態と照らし合わせてみてください。

多巣性運動ニューロパチーの概要

多巣性運動ニューロパチーは、体を動かすための神経だけがゆっくりと傷つく病気です。 英語名の頭文字をとって「MMN」とも呼ばれます。

私たちの体には、脳からの指令を筋肉に伝える「運動神経」があります。 この神経のおかげで、私たちは手足を自由に動かせます。 MMNでは、この運動神経だけが狙われてしまうのが大きな特徴です。

一方で、熱さや痛みを感じるための「感覚神経」には異常が起きません。 そのため、しびれや痛みといった症状がないことが、他の病気と見分ける重要な手がかりになります。

項目

特徴

障害される神経

運動神経のみ

主な症状

・手の指が伸ばしにくい

・物がつまみにくい

・腕が上がらない

など、手足の筋力低下や筋肉のやせ細りが、左右で違う場所に現れる

感覚の症状

しびれや痛みはない

2021年の調査では、日本での患者数は約500人と推定されています。 発症する年齢は平均すると40歳前後で、男性は女性の2倍以上かかりやすい傾向があります。

はっきりとした原因はまだわかっていませんが、体を守るはずの免疫が、誤って自分の運動神経を攻撃してしまう「自己免疫」という仕組みが関係すると考えられています。

最近の研究では、この病気の患者さんでは、体内の炎症に関わる物質の一種である「インターロイキン-1受容体アンタゴニスト(IL-1Ra)」が高い値を示すことが報告されています。 しかし、MMNについてはまだ解明されていない点も多く、詳しい原因を明らかにするための研究が続けられています。

多巣性運動ニューロパチーの種類

現在のところ、この病気には医学的にはっきりと分けられた「種類」はありません。 しかし、症状が似ている病気との違いを知ることで、特徴をより深く理解できます。

似ている病気との違い

多巣性運動ニューロパチーは、手足の動きに関わる「運動神経」だけが傷つく病気です。 一方、よく比較される病気に「慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(CIDP)」があります。 この二つの病気は治療法が違うため、正しく見分けることが非常に重要です。

比較項目

多巣性運動ニューロパチー(MMN)

慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(CIDP)

傷つく神経

運動神経のみ

運動神経と感覚神経

主な症状

筋力低下、筋肉のやせ細り

筋力低下に加えて、しびれや感覚の鈍さ

ステロイド治療

効果が期待できず、悪化することもある

効果が期待できる場合がある

このように、しびれなどの「感覚の症状」があるかないかが、二つの病気を見分ける大きなポイントになります。

体の中で起きていることの違い

最近の研究では、体内で増える物質にも違いがあることがわかってきました。 病気の活動に関わる「サイトカイン」という情報伝達物質の種類が異なるのです。

  • 多巣性運動ニューロパチー(MMN)
  • 炎症に関わる「IL-1Ra」という物質が増えることが報告されています。
  • 慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(CIDP)
  • 「IL-6」や「TNF-α」など、MMNとは別の種類の物質が増える傾向があります。

こうした体の中の目印を調べる研究が進むことで、将来的には新しい分類や、より効果的な治療法が生まれるかもしれません。

多巣性運動ニューロパチーの原因

この病気がなぜ起こるのか、その明確な原因はまだ完全にはわかっていません。 しかし、多くの研究から体の「免疫システム」の誤作動が深く関わっていると考えられています。

私たちの体には、ウイルスや細菌などから身を守るための免疫という仕組みが備わっています。 この免疫が何らかのきっかけで異常を起こし、自分自身の正常な神経を攻撃してしまうのです。 この状態を「自己免疫」と呼び、MMNの主な原因であると推定されています。

具体的には、以下の2つの要因が関係していると考えられています。

  • 1. 自己抗体の存在 患者さんの血液を調べると、約半数の方から「抗GM1 IgM抗体」という特殊なタンパク質が見つかります。 この抗体が運動神経の表面にくっつき、神経の働きを邪魔すると考えられています。
  • 2. 免疫を調整する物質の乱れ 免疫細胞の働きを調整する「サイトカイン」という物質のバランスも影響します。 近年の研究レビューでは、MMNの患者さんで「インターロイキン-1受容体アンタゴニスト(IL-1Ra)」という、炎症の調整に関わる物質が増加していることが報告されました。

このように、自己抗体やサイトカインなどが複雑に絡み合って発症すると考えられています。 しかし、なぜ免疫の誤作動が起きてしまうのか、その根本的な引き金は今も研究が続けられています。

多巣性運動ニューロパチーの症状

この病気は、体を動かすための「運動神経」だけがゆっくりと傷つけられるのが特徴です。 そのため、しびれや痛みといった「感覚神経」の症状は現れません。

症状は左右非対称に、多くはどちらか片方の手や腕の使いにくさから始まります。 神経からの指令が筋肉にうまく伝わらなくなるため、力が入りにくくなるのです。

主な症状

  • 筋力の低下 手や指の力が弱くなることから始まる場合が多く、徐々に腕や足にも広がっていきます。
  • 筋肉のやせ(萎縮) 力が入りにくくなった部分の筋肉は、時間とともにやせて細くなっていきます。

日常生活で気づきやすいサイン

ご自身の状態と当てはまるものがないか、確認してみましょう。

  • 以前より箸がうまく使えず、食べ物を落としやすい
  • ペットボトルのふたや瓶のふたが開けにくくなった
  • ワイシャツのボタンをかけたり外したりしにくい
  • ペンを握りにくく、文字がうまく書けなくなった
  • ドアノブを回すのに力がいるようになった
  • ドライヤーを持つ腕がすぐに疲れてしまう
  • 何もないところで足がもつれ、つまずきやすい

その他の特徴的な症状

  • 筋肉のピクつき(筋線維束性攣縮) 自分の意思とは関係なく、腕や足の筋肉の一部がピクピクと動くことがあります。
  • こむら返り(筋痙攣) 特にふくらはぎなどが、つりやすくなることがあります。
  • 寒さによる悪化 寒い場所にいると、神経の伝わりがさらに悪くなり、一時的に症状が強まることがあります。

これらの症状は、体を守るはずの免疫が誤って運動神経を攻撃することで起こります。 最近の研究では、体内の炎症を調整する物質のバランスが崩れている可能性も指摘されています。 気になるサインがあれば、自己判断せずにお早めに専門医へご相談ください。

多巣性運動ニューロパチーの検査・診断

この病気の診断は、まず患者さんのお話を詳しく聞くことから始まります。 いつから、体のどの部分に、どのような症状が出ているかを丁寧に確認します。 そのうえで、診断を確定するためにいくつかの専門的な検査を組み合わせます。

診断で特に重要なのが、「末梢神経伝導検査」です。 これは手足の神経にごく弱い電気を流し、脳からの命令の伝わり方を調べます。 この病気では、運動神経の特定の場所で命令が滞る「伝導ブロック」が見られます。 感覚を伝える神経には異常がないことも、診断の大きな手がかりになります。

また、診断の助けとするため、他の検査も行います。

検査の種類

検査でわかること

血液検査

・患者さんの約半数で「抗GM1 IgM抗体」という特殊なタンパク質が見つかります。

・最近の研究では、体内の炎症に関わる「インターロイキン-1受容体アンタゴニスト(IL-1Ra)」が増えていることも報告されています。

画像検査

・超音波(エコー)やMRI検査で、神経が太くなっていないかなどを画像で直接確認します。

脳脊髄液検査

・他の似た病気の可能性がないか調べるために、腰から脳脊髄液という液体を少量採取して調べることがあります。

これらの検査結果を総合的に判断することが非常に重要です。 似た症状が出る他の病気ではないことを慎重に見極め、最終的な診断に至ります。

多巣性運動ニューロパチーの治療

この病気の治療は、誤って自分の神経を攻撃する免疫の働きを整えることが中心です。 治療の柱となるのは、薬を使った治療とリハビリテーションの二つです。

薬を使った治療

現在の治療で、最も中心的な役割を果たすのが「免疫グロブリン療法」です。 これは、健康な人の血液から集めた「免疫グロブリン」という体を守る成分を、点滴で体の中に入れる治療法です。 この治療により、多くの患者さんで筋力の改善が期待できます。

治療の段階

投与量の目安

投与期間の目安

初回の治療

体重1kgあたり2,000mg

5日間かけて点滴します

症状が安定した後

体重1kgあたり1,000mg

3週間ごとに継続します

この治療で効果が不十分な場合、他の免疫抑制薬が考えられることもあります。 しかし、その効果についてはまだはっきりと確立されていないのが現状です。

一つ、とても大切な注意点があります。 他の似た病気で使われるステロイド薬は、この病気では効果がないばかりか、かえって症状を悪化させる可能性があるため、原則として使用しません。

リハビリテーション

薬による治療とあわせて、リハビリテーションを行うことも非常に重要です。 筋力が低下すると、体を動かす機会が減り、関節が固まってしまうことがあります。 日常生活の質を保つためにも、専門家と相談しながら体を動かしましょう。

ただし、この病気の患者さんは疲れやすい傾向があるため、過度な運動は禁物です。 理学療法士などの専門家と相談し、無理のない範囲で行うことが大切です。

最近の研究では、この病気の患者さんでは、体内の炎症を調整する物質の一種である「インターロイキン-1受容体アンタゴニスト(IL-1Ra)」が増えていることが報告されています。 しかし、まだ解明されていない点も多く、今後のより大規模な研究が待たれます。 こうした知見が、将来の新しい治療法の開発につながることが期待されています。