マルファン症候群
高身長や細長い指、背骨の曲がりなど、ご自身やご家族の体の特徴が気になっていませんか。マルファン症候群は日本では約5,000人に1人が発症すると推定される遺伝性の病気で、結合組織のもろさが全身に影響を及ぼします。
この記事では、マルファン症候群の基本的な知識について解説します。骨格や眼に現れる特徴的なサインから、命に関わる心臓・血管系の合併症、診断方法、そして治療の選択肢までを網羅的に紹介します。
読み進めることで、ご自身の体のサインが何を意味するのかを正しく理解し、重篤な合併症を防ぐための具体的な次の一歩が見えてきます。病気と向き合い、適切な管理を始めるための知識としてお役立てください。
マルファン症候群の概要
マルファン症候群は、遺伝子の変化により全身の「結合組織」が生まれつき弱くなることで、体にさまざまな特徴が現れる病気です。
結合組織とは、体の構造を支え、各臓器を正しい位置に保つ、いわば”体の基礎”となる部分です。この組織がもろくなることで、主に以下のような系統に症状が現れやすくなります。
・骨格:高身長、細く長い指、背骨の曲がり(側弯症)、胸の変形(漏斗胸・鳩胸)など
・眼:水晶体のずれ(水晶体亜脱臼)、強い近視、網膜剥離など
・心臓・血管:心臓の大動脈がこぶのようにふくらむ(大動脈基部拡大)、心臓の弁がうまく閉じなくなる(僧帽弁逸脱症)など
マルファン症候群の患者さん75名を対象とした海外の調査では、自覚症状がない若い方であっても、骨格や眼、心臓・血管に高い割合で特徴的なサインが見つかることが報告されています。
この調査で確認された、主な症状の割合は以下のとおりです。
・皮膚の亀裂(皮膚線条):85%
・背骨の曲がり(脊柱側弯):79%
・大動脈のふくらみ:71%
・手首と親指のサイン(手首を掴んだ時に親指と小指が重なるなど):60%
・中等度以上の近視:57%
・扁平足:53%
・水晶体のずれ:49% ※
このように、一見すると病気とは関係なさそうに思える体の特徴が、診断の重要な手がかりになることがあります。
特に、命に関わる大動脈瘤や大動脈解離といった合併症を未然に防ぐためには、これらのサインに早く気づき、早期診断につなげることが重要です。
日本ではおよそ5,000人に1人の割合で発生すると推定されており、国の指定難病(指定難病167)に認定されています。
マルファン症候群の種類
マルファン症候群には、「〇〇型」といった明確な種類分けは存在しません。これは、同じ病名であっても、患者さん一人ひとりで現れる症状の組み合わせや重症度が全く異なるためです。
専門的には「臨床像が異なる」疾患と呼ばれ、多彩な症状を示すことが大きな特徴といえます。同じ遺伝子の変化が原因であっても、ある人は心臓や血管の症状が中心である一方、別の人は骨格や眼の症状が強く出るなど、まさに千差万別です。
この症状の多様性は、比較的若い患者さんを対象とした海外の研究でも示されています。心臓や血管の自覚症状がない方でも、骨格、眼、心血管系に高い割合でマルファン症候群に特徴的なサインが見つかっています。※
また、マルファン症候群と症状が非常によく似ているため、診断の際に区別が必要な「関連疾患」があります。その代表が「ロイス・ディーツ症候群」です。
両者は似ていますが、特に血管の症状の現れ方や重症度に違いがあり、治療方針にも影響します。
マルファン症候群とロイス・ディーツ症候群の主な違いを、下表に整理します。
比較項目 | マルファン症候群 | ロイス・ディーツ症候群
主な原因遺伝子 | FBN1(フィブリリン1) | TGFBR1, TGFBR2 など
血管の症状 | ・主に心臓に近い大動脈の根元が太くなる ・進行は比較的ゆるやかなことが多い | ・全身の動脈が蛇行したり、こぶができやすい ・大動脈解離のリスクがより高く、注意が必要
外見的な特徴 | 骨格や眼の症状が中心 | ・二分口蓋垂(のどちんこが割れている) ・目が離れている(眼間開離) といった特徴が見られることがある
このように、似ているようでいて、注意すべき点や治療計画が異なります。そのため、遺伝子検査を含めた専門医による正確な診断が、将来の合併症を防ぐうえで極めて重要になります。
マルファン症候群の原因
マルファン症候群は、15番染色体に存在する「FBN1(フィブリリン1)」という特定の遺伝子の変化によって引き起こされます。
この遺伝子は、体中の弾性線維を構成する重要なタンパク質「フィブリリン1」の設計図としての役割を担っています。設計図に誤りが生じると、フィブリリン1が正常に作られなくなり、全身の結合組織が本来持つべき強度やしなやかさを失ってしまうのです。
その結果、体の”基礎”ともいえる結合組織がもろくなり、骨格や眼、心臓・血管など、全身にわたってさまざまな症状が現れます。
この遺伝子変化が起こる経緯には、主に以下の2つのパターンがあります。
・親からの遺伝(約75%)
患者さんの約4人に3人は、ご両親のどちらかから原因となる遺伝子を受け継ぐことで発症します。海外の研究では、実際に患者さんの73%に家族歴が確認されています。※
この遺伝形式は「常染色体顕性(優性)遺伝」と呼ばれ、対になっている遺伝子のうち片方に変化があるだけで発症するのが特徴です。そのため、ご両親のどちらかがマルファン症候群の場合、お子さんに遺伝する確率は性別にかかわらず50%とされています。
・新生突然変異(約25%)
残りの約4人に1人は、ご両親には原因遺伝子がないにもかかわらず発症するケースです。これは、卵子や精子が作られる過程、あるいは受精卵の初期段階でFBN1遺伝子に変化が生じるもので、「新生突然変異」と呼ばれます。
このように、マルファン症候群は遺伝が深く関わる病気ですが、家族歴がないからといって可能性を否定できるわけではありません。特徴的な身体所見に気づいた場合は、遺伝学的検査を含めた専門医による正確な診断を受けることが重要です。
マルファン症候群の症状
マルファン症候群の症状は、体の”基礎”を支える結合組織がもろくなることで、全身にさまざまなサインとして現れます。特に「骨格」「眼」「心臓・血管」の3つの系統に、特徴的な変化が出やすいとされています。
大切なのは、自覚症状がほとんどない若い方であっても、体にそのサインが隠れているケースが多いという点です。海外の研究では、心臓や血管の症状を訴えていない患者さんでさえ、骨格や眼、心血管系に高い割合で特徴的な所見が見つかることが報告されています。※
体に現れる主なサインを、系統ごとに見ていきましょう。
骨格系の症状
骨格は、結合組織によって支えられているため、その弱さが直接、見た目の特徴として現れやすい部分です。
・高身長、細く長い手足・指:骨が過剰に成長する傾向があります。
・胸の骨の変形:胸の中央がへこむ「漏斗胸(ろうときょう)」や、逆に突き出る「鳩胸(はとむね)」が見られます。
・背骨の曲がり(側弯症):患者さんの約79%に見られる、頻度の高い症状です。※
・手首と親指のサイン:手首をもう片方の手で掴んだときに親指と小指が重なる、親指を握りこんだときに小指側からはみ出す、といった特徴で、患者さんの約60%で確認されます。※
・扁平足(へんぺいそく):足のアーチを支える結合組織が弱いために起こり、約53%の方に見られます。※
・皮膚の亀裂(皮膚線条):急激な体重増加がないにもかかわらず、肩や背中、腰などに妊娠線のような線が現れます。これは患者さんの約85%に見られる最も頻度の高いサインです。※
眼の症状
眼球もまた、多くの結合組織から成り立っています。特に、レンズの役割を果たす「水晶体」を支える組織が弱くなることで、特有の症状が現れます。
・水晶体のずれ(水晶体亜脱臼):診断における重要な所見の一つで、患者さんの約半数(49%)に認められます。視界が揺れたり、物が二重に見えたりすることがあります。※
・強い近視・乱視:眼球が前後に伸びやすくなるため、多くの方(約57%)が中等度以上の近視になります。※
・網膜剥離:眼の奥にある網膜が剥がれてしまう状態で、急な視力低下や失明につながる危険があります。
心臓・血管の症状
マルファン症候群の症状の中で、命に直接関わるため最も注意深く観察すべきなのが、心臓と血管の症状です。自覚症状がないまま進行することが多いため、定期的な検査が欠かせません。
・大動脈基部拡大:心臓から全身へ血液を送り出す大動脈の根元が、風船のようにふくらんでしまう状態です。これは患者さんの約71%に見られ、大動脈解離や大動脈瘤の”前段階”といえます。※
・大動脈解離・大動脈瘤:ふくらんだ大動脈の壁が裂けたり(解離)、こぶ状に大きくふくらんだり(瘤)する、命に関わる状態です。突然の激しい胸や背中の痛みが特徴です。
・僧帽弁逸脱症・弁膜症:心臓の中にある弁がうまく閉じなくなり、血液が逆流してしまう状態です。患者さんの約43%に見られます。※
・息切れ・動悸:病状が進行すると、息切れ(13%)や動悸(8%)といった自覚症状が現れることがあります。※
このほか、肺を覆う結合組織が弱いために、肺に穴があいてしまう「自然気胸」を繰り返すこともあります。
これらのサインが複数当てはまるからといって、必ずしもマルファン症候群というわけではありません。しかし、命に関わる合併症を未然に防ぐためには、少しでも気になる点があれば専門医に相談し、正確な診断を受けることが何よりも重要です。
マルファン症候群の検査・診断
マルファン症候群の診断は、国際的に用いられる「改訂ゲント基準」に沿って、身体の所見、画像検査、そして遺伝学的検査の結果をパズルのように組み合わせて総合的に判断します。
診断の決め手となるのは、主に以下の系統の所見と検査結果です。
・心臓・血管の所見
大動脈の根元がこぶのようにふくらむ「大動脈基部拡大」や、大動脈の壁が裂ける「大動脈解離」の有無を評価します。これらは命に関わるため、最も重要な評価項目といえます。
・眼の所見
眼のレンズにあたる水晶体が本来の位置からずれてしまう「水晶体亜脱臼」は、マルファン症候群に特徴的な所見です。
・全身の所見(全身スコア)
高身長や細く長い指、胸の変形、背骨の曲がり(側弯症)など、骨格や皮膚の特徴を点数化して評価します。
・遺伝学的検査
原因となるFBN1遺伝子などに変化があるかを確認します。
・家族歴
血縁者にマルファン症候群と診断された方がいるかどうかも、重要な情報となります。
海外の研究では、マルファン症候群の患者さんに見られる全身スコアの項目として、特に頻度が高いものが報告されています。
▼マルファン症候群の患者で頻度の高い身体的特徴
・皮膚の亀裂(皮膚線条):85%
・背骨の曲がり(脊柱側弯):79%
・手首と親指のサイン:60%
・中等度以上の近視:57%
・扁平足:53%
※
これらの特徴を正確に評価するため、心臓超音波(エコー)検査やCT検査で大動脈の状態を、眼科の診察で水晶体の位置などを詳しく調べます。
特に重要なのは、心臓や血管の評価です。同じ研究では、息切れなどの自覚症状がない若い患者さんであっても、71%の方に大動脈の根元がふくらんでいるのが見つかったと報告されています。※
このことからも、体に特徴的なサインがいくつか見られる場合は、自覚症状がなくても定期的な画像検査を受ける意義は大きいといえます。
また、診断を確定させるために、血液を用いた遺伝学的検査が検討されることもあります。この検査は、専門医による診察と遺伝カウンセリングを受けたうえで、保険適用で受けることが可能です。
体にサインが複数当てはまるからといって、すぐにマルファン症候群と決まるわけではありません。診断は、専門医がこれらの検査結果を丁寧に組み合わせ、総合的に判断します。
最も大切なのは、早期に診断を確定させ、大動脈解離などの命に関わる合併症を防ぐための”道しるべ”を得ることです。気になる点があれば、まずは専門医にご相談ください。
マルファン症候群の治療
マルファン症候群の治療目標は、病気そのものを完全になくすことではなく、命に関わる合併症、特に心臓や血管のトラブルを防ぎ、症状をコントロールしながら日常生活を送ることにあります。
治療は主に以下の3本柱で進められます。
・薬物療法:大動脈がふくらむのを遅らせる
・手術療法:危険な状態になる前に、弱くなった部分を補強する
・日常生活の管理:血管への負担を減らす
自覚症状のない若い方であっても、約7割の方に大動脈がふくらみ始めているという報告もあり、診断された時点から早期に治療へ取り組むことが重要です。※
薬物療法
薬物療法の目的は、血圧をコントロールし、心臓の拍動を穏やかにすることで、大動脈がふくらんでいくスピードをゆるやかにすることです。
血圧を低めに安定させることで、もろくなった大動脈の壁にかかる圧力を常に低く保ち、大動脈解離や破裂といった危険な状態を未然に防ぎます。
主に以下の2種類の薬が使われます。
・β遮断薬:心臓の働きを少し休ませ、心拍数と血圧を穏やかに保つ薬
・アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB):血管を収縮させる物質の働きを抑え、血管を広げて血圧を下げる薬
これらの薬を毎日服用し続けることが、血管を守るための基本となります。
手術療法
薬による治療だけでは大動脈の拡大を十分に抑えられない場合や、すでに一定の太さに達してしまった場合には、手術が検討されます。
▼ 主な手術の種類
対象部位 | 手術の目的と内容
心臓・血管 | 大動脈の根元の直径が一般的に45mm~50mmに達した場合、破裂や解離を防ぐために手術を行います。 弱くなった部分を人工血管に置き換える手術(大動脈基部置換術)が基本ですが、近年ではご自身の弁を残す「大動脈弁温存術(David手術)」が行われることも増えています。 ※妊娠を希望される方や拡大スピードが速い場合は、40mm程度で手術を検討することもあります。
眼 | ・水晶体のずれ(水晶体亜脱臼)による視力低下 ・網膜剥離 これらに対して、視機能を維持・改善するための手術を行います。
骨格 | ・高度な背骨の曲がり(側弯症) ・胸の骨の変形(漏斗胸・鳩胸) これらが日常生活や心肺機能に大きな影響を及ぼす場合に、矯正手術を検討します。
手術は体への負担も大きいですが、危険な状態になる前に計画的に行うことで、より安全に合併症のリスクを減らせます。
日常生活の管理
治療薬を飲むことと同じくらい大切なのが、日々の生活の中で血管への負担を避ける工夫です。
特に、血圧が急上昇するような動作は、弱くなった大動脈の壁に強い圧力をかけ、解離などを引き起こすきっかけになりかねません。
具体的には、以下のような点に注意しましょう。
・避けるべきこと:重量挙げや懸垂といった息を止めて力を入れる運動、ラグビーや柔道などのコンタクトスポーツ
・推奨されること:ウォーキングや水泳などの軽度な有酸素運動
そして何よりも大切なのが、定期検査を続けることです。
心臓超音波(エコー)検査やCT検査で、大動脈の状態を定期的にチェックし続けることが、ご自身の状態を正確に把握し、次の治療方針を決めるための最も重要な情報になります。
マルファン症候群は骨格、眼、心血管系に多彩な症状が現れますが、これらのサインを早期に捉え、適切な治療を継続することで、重篤な合併症は予防できると考えられています。※
ご自身の状態に合わせた治療方針については、必ず専門の医師とよく相談してください。





