ボツリヌス食中毒

ものが二重に見えたり、ろれつが回りにくくなったりしていませんか。ボツリヌス食中毒は、自然界で最強クラスとされる毒素によって引き起こされ、命に関わることもあるため正しい知識を持つことが重要です。

この記事では、ボツリヌス食中毒のメカニズムから、原因となりうる食品、特有の神経症状、検査や治療法まで網羅的に解説します。かつては「いずし」が主な原因でしたが、近年は原因が特定しにくいA型も報告されています。

読み進めることで、どのような食品や状況で注意すべきかがわかり、万が一の際の初期対応にも役立ちます。ご自身と大切なご家族を守るための、具体的な知識を得られるはずです。

ボツリヌス食中毒の概要

ボツリヌス食中毒とは、ボツリヌス菌が作り出す「ボツリヌス神経毒素」によって、命に関わる神経麻痺を引き起こす食中毒です。

原因となるボツリヌス菌自体は、土の中や川、海など、私たちの身の回りの環境に広く存在しています。この菌は酸素が極端に少ない環境(真空パックや缶詰など)で活発になり、強力な神経毒素を産生するのが特徴です。

この毒素が体内に入ると、筋肉を動かすための神経伝達物質「アセチルコリン」の放出をブロックしてしまいます。その結果、脳からの「筋肉を動かせ」という命令が届かなくなり、全身に「弛緩性麻痺(しかんせいまひ)」と呼ばれる、力が入らなくなるタイプの麻痺が広がります。

この神経の働きを止める作用は、美容医療でシワの改善などに使われるボツリヌス治療(ボトックス注射)にも応用されていますが、食中毒として発症した場合は極めて危険です。※

ボツリヌス毒素は自然界に存在する毒素の中でも最強クラスで、ごくわずかな量でも体に深刻な影響を及ぼします。その致死率の高さから、世界的に見ても公衆衛生上の重大な懸念事項として扱われています。※

なお、インフルエンザのように人から人へとうつることはありません。発症のほとんどは、毒素に汚染された食品を食べることが原因です。危険な病気ではありますが、早期に診断し、適切な治療を開始することで回復が期待できます。

ボツリヌス食中毒の種類

ボツリヌス症は、毒素が体の中に入るまでの経緯によって、いくつかの種類に分類されます。

医学的には主に以下の4つの型に分けられ、日本で報告されるボツリヌス症も、時代とともにその主流が変化しています。※

・ボツリヌス食中毒(食餌性ボツリヌス症)

食品の中でボツリヌス菌が増殖し、産生した毒素を食品ごと口にすることで発症する、最もよく知られたタイプです。

日本ではかつて、伝統的な発酵食品である「いずし」が原因となるE型ボツリヌス症が主流でした。しかし、2000年代以降はA型の報告が増加傾向にあり、特定の原因食品が思い当たらない場合でも食中毒を疑う必要性が指摘されています。※

・乳児ボツリヌス症

1歳未満の赤ちゃんが、ボツリヌス菌の「芽胞(がほう)」を口にしてしまうことで起こります。芽胞は熱や乾燥に強い、いわば菌の”休眠カプセル”のようなものです。

大人の腸内では問題になりませんが、赤ちゃんのまだ未熟な腸内では芽胞が発芽・増殖し、毒素を作り出してしまいます。

ハチミツは、この乳児ボツリヌス症を引き起こす唯一確実な食事性の原因として世界的に知られており、予防のために「1歳未満の乳児にハチミツを与えない」という指針が設けられています。適切な治療を行えば死亡率は1%未満とされていますが、予防が何よりも大切です。※

・創傷(そうしょう)ボツリヌス症

事故やケガでできた傷口からボツリヌス菌が体内に侵入し、酸素の少ない傷の内部で増殖して毒素を産生するタイプです。食品の摂取とは関係なく発症します。

・成人腸管定着ボツリヌス症

通常、大人の腸内では、他の細菌との競争があるためボツリヌス菌は増殖できません。

しかし、何らかの病気や手術、抗菌薬の長期使用などで腸内環境が大きく乱れると、乳児と同じように腸の中で菌が増殖し、毒素を産生することがあります。これは非常にまれなケースと考えられています。

ボツリヌス食中毒の原因

ボツリヌス食中毒は、ボツリヌス菌が酸素の少ない食品の中で作り出す、強力な「ボツリヌス神経毒素」を口にすることで引き起こされます。

ボツリヌス菌自体は土や川、海の中など自然界に広く存在しており、通常は熱や乾燥に強い「芽胞(がほう)」という、いわば”休眠カプセル”のような状態で食品に付着します。

菌そのものが体内に入っても、健康な大人の腸内では通常問題になりません。しかし、特定の条件下で食品に付着した芽胞が目覚めて増殖し、毒素を産生することが食中毒の引き金となります。

ボツリヌス菌が活動的になる環境と、その増殖が抑えられる環境には、以下のような違いがあります。

ボツリヌス菌が増殖しやすい環境 | 増殖が抑えられる環境

酸素 | 酸素が極端に少ない(嫌気状態) | 酸素が十分にある

温度 | 3℃以上 | 3℃未満(冷蔵)

pH | pH4.6より大きい(酸性が弱い) | pH4.6以下(酸性が強い)

具体例 | ・真空パック、レトルトパウチ ・缶詰、瓶詰 ・自家製の発酵食品 | ・十分な加熱処理 ・酸性の強い食品(酢漬けなど) ・低温での保存

日本では、かつて伝統的な発酵食品である「いずし」がE型ボツリヌス症の主な原因でした。しかし2000年代以降はA型の報告が増えており、原因食品がはっきりしないケースでも食中毒を疑う必要性が指摘されています。※

このボツリヌス毒素は自然界に存在する毒素の中でも最強クラスで、ごくわずかな量でも体に深刻な影響を及ぼすため、世界的に見ても公衆衛生上の重大な懸念事項として扱われています。※

ただし、この強力な毒素は熱に弱いという性質を持っています。真空パックや瓶詰の食品を食べる際は、直前に85℃で5分間以上、または100℃で数分間しっかりと加熱することで、毒素の働きを失わせることが可能です。

ボツリヌス食中毒の症状

ボツリヌス毒素に汚染された食品を口にしてから、通常12〜36時間ほどの潜伏期間をおいて症状が現れ始めます。吐き気や嘔吐などの消化器症状が先に出ることもありますが、多くは下記のような特有の神経症状から始まります。

ボツリヌス毒素は、神経の末端から筋肉へ「動け」という指令を伝えるアセチルコリンという物質の放出をブロックします。その結果、脳からの命令が筋肉に届かなくなり、全身の筋肉がだらんと緩んで力が入らなくなる「弛緩性麻痺」という状態に陥るのです。※

症状は、左右対称に、そして「頭部から手足の末端へ」と下っていくように進行する傾向があります。

主な神経症状

・目の異常

物が二重に見える(複視)、まぶたが重く垂れ下がる(眼瞼下垂)、視界がかすむ、瞳孔が開いたままになる

・顔や喉の麻痺

ろれつが回らない・言葉が話しにくくなる(構音障害)、食べ物や唾液が飲み込みにくくなる(嚥下障害)、声が出しにくい

・全身の脱力感

首のすわりが悪くなる、手足に力が入らない、立ち上がれない

症状が進行すると、呼吸に関わる筋肉も麻痺し、息苦しさや呼吸困難を引き起こします。これは命に直結する極めて危険なサインです。

また、ボツリヌス食中毒には以下のような重要な特徴があります。

・手足の脱力といった症状がギラン・バレー症候群などの他の神経疾患と似ているため、専門医による迅速で正確な診断が欠かせません。※

・重い麻痺が進行する中でも、意識は最後まで明瞭に保たれることが多く、熱が出ることもまれです。

これらの症状に少しでも心当たりがある場合は、食中毒の可能性を疑い、直ちに医療機関を受診してください。

ボツリヌス食中毒の検査・診断

ボツリヌス食中毒の診断は、特徴的な神経症状から病気を疑う「臨床診断」と、原因物質を特定する「検査」の二本柱で進められます。

治療の要となる抗毒素は、血流を漂っている毒素には効果を発揮しますが、一度神経細胞の中に取り込まれてしまった毒素を無力化することはできません※。

だからこそ、症状が進行する前に診断を確定させ、一刻も早く治療を開始することが、その後の回復を大きく左右するのです。

診断は、主に以下の診察と検査を組み合わせて総合的に判断します。

検査・診断の方法 | 確認する内容

問診と身体診察 | ・ものが二重に見える(複視)、まぶたが下がる(眼瞼下垂)、ろれつが回らないといった特徴的な神経症状の確認 ・何をいつ食べたかという食事内容の聞き取り ・意識ははっきりしているのに、力が抜けていく「弛緩性麻痺」が進行していないか

毒素・菌の検出 | ・患者さんの血液(血清)や便、吐いたもの、原因と思われる食品からボツリヌス毒素や菌そのものを検出します。 ・従来のマウスを用いた試験に加え、免疫学的な手法や遺伝子を調べる分子診断など、状況に応じてさまざまな方法が用いられます※。

筋電図検査 | ・筋肉に微弱な電気を流し、神経から筋肉への指令が正常に伝わっているかを調べる検査です。 ・ボツリヌス食中毒に特徴的な波形のパターンがみられることがあります。

これらの結果から、ギラン・バレー症候群など症状の似た他の神経疾患との鑑別も慎重に行い、最終的な診断が下されます。

ボツリヌス食中毒の治療

ボツリヌス食中毒の治療は、毒素の広がりを食い止める「抗毒素療法」と、麻痺した呼吸筋をサポートする「呼吸管理」の2つが、命を守るための柱となります。

ボツリヌス食中毒が少しでも疑われた場合、検査結果を待たずに直ちに入院し、専門的な治療を開始することが極めて重要です。

治療の最大のカギは、いかに早く抗毒素を投与できるかという点にかかっています。

ボツリヌス毒素は、血流に乗って全身を巡り、神経細胞に取り込まれることで麻痺症状を引き起こします。抗毒素(ウマ由来の血清)は、この血流を漂っている毒素を中和し、無力化させる働きがあります。

しかし、一度神経細胞の中に入り込んでしまった毒素に対しては、抗毒素は効果を発揮できません※。

だからこそ、症状が進行する前に毒素を食い止める「時間との勝負」になるのです。

症状が進み、呼吸に関わる筋肉が麻痺して自力での呼吸が難しくなった場合は、人工呼吸器による呼吸管理が不可欠です。

抗毒素で毒素の広がりを抑えられたとしても、すでにダメージを受けた神経が回復するには時間が必要です。そのため、数週間から数カ月にわたる長期の人工呼吸管理や、機能回復のためのリハビリテーションが必要になることも少なくありません※。

ボツリヌス食中毒の主な治療法を以下に整理します。

治療法 | 目的・内容

抗毒素療法 | ・血流中のボツリヌス毒素を中和し、それ以上神経に作用するのを防ぐ ・ウマ由来の抗毒素血清を点滴で投与する

呼吸管理 | ・麻痺した呼吸筋の働きを補い、生命を維持する ・気道を確保し、人工呼吸器を装着する

その他の対症療法 | ・消化管内の毒素除去 胃洗浄や浣腸で、吸収される前の毒素を体外へ排出する ・抗菌薬(抗生物質) 毒素自体には効果がないため、食中毒の治療では通常使用しない。ただし、創傷ボツリヌス症など体内で菌が増殖している場合に限って、菌の増殖を抑える目的で使われることがある

これらの治療法の進歩により、かつて約30%だった致死率は、現在では4〜10%程度まで低下しています。

さらに、細胞内に取り込まれた毒素に直接アプローチする小分子阻害剤や、新しいタイプの抗体療法など、次世代の治療法に関する研究も進められています※。