角膜上皮幹細胞疲弊症

コンタクトレンズの使用による目のゴロゴロ感や、なかなか治らない目の傷。それを「いつものこと」と見過ごしていませんか?その症状、もしかすると角膜の細胞を新しく作る大切な「幹細胞」が失われ始めているサイン、「角膜上皮幹細胞疲弊症」かもしれません。

この病気は、目のケガや特定の病気だけでなく、コンタクトレンズの間違った使い方が原因で発症することも少なくありません。進行すると角膜が白く濁り、視力が著しく低下する恐れがあるため、症状の背景にある原因を正しく知ることが重要です。

本記事では、角膜上皮幹細胞疲弊症の詳しい原因や見逃しやすい初期症状、そして羊膜移植やiPS細胞を用いた再生医療といった最新の治療法までを解説します。大切な視力を守るため、ご自身の目の状態と照らし合わせてみてください。

角膜上皮幹細胞疲弊症の概要

角膜上皮幹細胞疲弊症は、目の病気やけがが原因です。 黒目の表面にある、とても大切な細胞が失われてしまいます。 その結果、視力に大きな影響が出てしまう病気です。

私たちの目の「黒目」は「角膜(かくまく)」といいます。 光を通すための、透明な窓のような役割をしています。 この角膜の表面は、常に新しく生まれ変わっています。

古い細胞や傷ついた細胞が、新しい細胞と入れ替わるのです。 このおかげで、角膜は透明な状態を保つことができます。 新しい細胞を生み出すおおもとが「角膜上皮幹細胞」です。

この大切な細胞には、主に2つの重要な役割があります。

  • 角膜の細胞を新しく作る
    古くなった角膜の表面を、ピカピカの新しい細胞に生まれ変わらせます。
  • 白目が黒目に入るのを防ぐ
    白目(結膜)の細胞が黒目(角膜)へ入ってこないよう、壁となって守ります。

この幹細胞は、黒目と白目のちょうど境目(角膜輪部)にあります。 しかし、目のケガや病気でこの幹細胞が減ると大変です。 新しい細胞が作れなくなり、白目の細胞が黒目に入り込みます。 その結果、透明だった角膜が白く濁り、見えにくくなるのです。

幹細胞は、体の組織を新しくする力を持つ特別な細胞です。 そのため、動物の医療でも幹細胞治療の研究が進んでいます。 犬のドライアイ治療で、幹細胞を使い涙の量を増やす効果が報告されました。 この病気でも、幹細胞を使った再生医療に大きな期待が寄せられています。

角膜上皮幹細胞疲弊症の種類

この病気は、原因によって大きく2つのタイプに分けられます。 生まれたときからの原因で起こる「先天性(せんてんせい)」。 そして、生まれた後で起こる「後天性(こうてんせい)」です。 患者さんのほとんどは、後天性の原因によって発症します。

種類

主な原因の例

先天性

生まれつき目のつくりに特徴がある病気(無虹彩症など)

後天性

目のケガ、病気、コンタクトレンズの間違った使い方など

後天性の原因は、さらに細かく分けることができます。 自分にも当てはまるものがないか、確認してみましょう。

  • 目のケガ(外傷)が原因
    強い酸性やアルカリ性の薬品が、目に入ってしまうこと。 熱いお湯や火などで、目をやけどしてしまうことも原因です。
  • 体の病気が原因
    スティーブンス・ジョンソン症候群のような、 体の中から起こる重い病気が目に影響して発症します。
  • コンタクトレンズの使用が原因
    コンタクトレンズを長い間使ったり、正しく手入れしなかったり。 そうしたことが、角膜に大きな負担をかけて発症する場合があります。 実際に、特殊なレンズと目薬を一緒に使う治療において、 角膜の表面が薄くなったという研究報告もあります。 このように、レンズの使い方が角膜の状態に影響を与えます。
  • 原因がわからないもの(特発性)
    なぜこの病気になったのか、はっきりとした原因が 見つからないまま発症するケースもあります。

角膜上皮幹細胞疲弊症の原因

この病気の原因は、主に黒目と白目の境目にある部分が、 ダメージを受けることで起こります。 原因は大きく2つに分けられますが、ほとんどは後天性です。

原因のタイプ

具体的な例

後天性(こうてんせい)<br>(生まれた後に起こる原因)

・目のケガ(薬品、やけど)<br>・体の重い病気<br>・コンタクトレンズの間違った使い方

先天性(せんてんせい)<br>(生まれつきの原因)

・無虹彩症(むこうさいしょう)など、<br> 生まれつきの目の病気

後天性の原因

生まれた後に起こる、代表的な原因をいくつかご紹介します。 自分にも当てはまるものがないか、確認してみましょう。

  • 目のケガ(化学熱傷・熱傷)
    理科の実験で使う薬品や、ご家庭の洗剤などが原因です。 このような化学薬品が目に入ると、細胞が溶けてしまいます。 その結果、目の表面に深刻なダメージを与えてしまうのです。 化学的なケガは治りが遅くなることも多く報告されています。
  • 体の重い病気
    スティーブンス・ジョンソン症候群などが原因になることも。 これは、体を守るはずの免疫が、自分自身を攻撃する病気です。 目にも強い炎症が起こり、大切な幹細胞が失われます。
  • コンタクトレンズの間違った使い方
    とても身近で、誰にでも起こりうる原因なので注意が必要です。 レンズを長い時間つけたり、お手入れを怠ったりすること。 そうした行いは、目に酸素が足りない状態を引き起こします。 少しずつの負担が積もり積もって、病気の原因になります。

先天性の原因

数は多くありませんが、生まれつきの病気が原因の場合もあります。 目の成長と共に、幹細胞がうまく働かなくなり発症します。 このように原因はさまざまですが、はっきりと分からない場合もあります。

角膜上皮幹細胞疲弊症の症状

目の表面を新しく保つ力が弱まると、さまざまなサインが現れます。 これが角膜上皮幹細胞疲弊症の症状のはじまりです。 初期の症状は、他の目の病気と見分けるのが難しいこともあります。

初期段階では、次のような症状が出ることがあります。

  • 目がゴロゴロする
    目の表面がなめらかでなくなり、デコボコしてくるためです。
  • 目に痛みを感じる
    表面を保護するバリアが弱まり、刺激に敏感になります。
  • 光をとてもまぶしく感じる
    透明な窓が少し曇り、光が正しく通らなくなるからです。
  • 涙がたくさん出る
    目が刺激を感じ、涙で洗い流そうと頑張るために起こります。
  • ものが見えにくくなる
    角膜の透明さが失われ始め、少しずつ視力が下がります。

この病気の大きな特徴は、目の傷がなかなか治らないことです。 健康な目には、傷を自然に治す力(創傷治癒)が備わっています。 しかし、この病気では新しい細胞が作られず、傷が残り続けます。 そのため、しつこい痛みが慢性的に続くことも少なくありません。 研究の世界でも、傷の治りを助ける治療の重要性が指摘されています。

病気が進行すると、黒目と白目の境にある壁が壊れてしまいます。 その結果、白目の細胞が、本来いるはずのない黒目の中に入り込みます。 透明だった黒目は白く濁ってしまい、視力は著しく低下します。 さらに、本来はないはずの血管が黒目の中に伸びてくることもあります。

重症になると、炎症でまぶたと目がくっつくこともあります。 気になる症状があれば、自己判断はせず早めに眼科を受診しましょう。

角膜上皮幹細胞疲弊症の検査・診断

この病気が疑われる場合、眼科で目の状態を詳しく調べます。 多くの場合、痛みがない基本的な検査で診断が可能です。 どんな検査で、何がわかるのかを一緒に見ていきましょう。

目を拡大して見る検査(細隙灯顕微鏡検査)

診断の中心となるのは、「細隙灯(さいげきとう)顕微鏡」です。 これは、目に光をあてて、黒目を拡大して観察する機械です。 この検査で、幹細胞が弱っているサインがないかを確認します。

  • 白目の細胞が黒目に入っていないか
    健康な目では、白目の細胞は黒目に入ってきません。 幹細胞の壁(バリア)が壊れると、白目が侵入してきます。
  • 黒目に余計な血管ができていないか
    黒目は透明な窓なので、本来は血管がありません。 ここに新しい血管が伸びているのは、異常が起きているサインです。
  • 黒目が白く濁っていないか
    幹細胞が働かず、新しい細胞が作られないと濁ってきます。 この濁りが、視力が下がる大きな原因になります。

さらに詳しく調べるための検査

診断をより確実にするため、追加で検査をすることもあります。 今後の治療を決める上で、とても大切な情報が得られます。

検査の種類

どんなことを調べるの?

目の断面図を撮る検査(OCT)

光を使って目の断面図を撮影します。<br>黒目の形や厚さを立体的に詳しく調べます。

視力検査

病気が見え方にどれくらい影響しているか、<br>定期的に確認して進行具合をチェックします。

正確な診断は、今後の治療法を選ぶための第一歩です。 最近では、細胞を育てて移植するような新しい治療も進んでいます。 このような治療のためにも、今の目の状態を正確に知ることが重要です。

角膜上皮幹細胞疲弊症の治療

この病気の治療は、お薬だけで完全に治すのは難しいです。 病気の進み具合や原因に合わせて、治療法を慎重に選びます。 治療の目標は、黒目の表面を健康な状態へ戻すことです。 そして、視力を守ったり、改善したりすることを目指します。

治療法は、主に2つの段階に分けて考えられます。

症状が軽い場合の治療(保存的治療)

大切な角膜上皮幹細胞が、まだ少し残っている場合に行います。 今ある幹細胞の力を助け、目を保護することが目的です。

  • 点眼薬
    角膜の表面を保護する目薬や、炎症を抑える目薬を使います。 目の潤いを保ち、キズが治りやすい環境を整えます。
  • 自己血清点眼(じこけっせいてんがん)
    ご自身の血液から作る、オーダーメイドの特別な目薬です。 キズの治りを助ける成分が豊富に含まれています。
  • 治療用コンタクトレンズ
    目を保護する目的で、特殊なコンタクトレンズをつけます。 外部の刺激から目を守る、いわば「目の保護シールド」です。

症状が重い場合の治療(外科的治療)

保存的な治療で良くならない場合や、症状が重い場合に手術を考えます。

  • 羊膜移植術(ようまくいしょくじゅつ)
    「羊膜」という特別な膜を、黒目の表面に移植する方法です。 羊膜には、キズの治りを早め、炎症や痛みを和らげる力があります。 さらに、感染が起こるリスクを減らす効果も期待できます。 最近では、糸で縫わずに移植する方法も行われています。 この方法は患者さんの負担が少なく、安全だと報告されています。 研究でも、多くの患者さんで角膜がきれいになる効果が示されました。
  • 幹細胞移植
    まだ健康な方の目や、他の人から提供された幹細胞を移植します。 失われた幹細胞そのものを補う、より根本的な治療法です。
  • 再生医療
    ご自身の口の中の粘膜から細胞シートを作って移植する方法や、 iPS細胞から作った角膜の細胞を移植する研究も進んでいます。 これらの新しい治療法が、将来の希望の光となっています。